岩瀬昇のエネルギーブログ #935 OPECはカルテルか? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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(カバー写真は「平成13年(2001)アメリカ同時多発テロ」と題するNHK動画からのものです。平成13年(2001)アメリカ同時多発テロ|平成 -次代への道標|NHK NEWS WEB))

 

 本稿は、前稿「#934 パイオニアCEOはエクソンとの合併会社役員にはなれないってよ」の続報である。

 

 独禁法違反を監視、取り締まっている米連邦取引委員会(FTC)が、大手国際石油「エクソンモービル」(エクソン)が米国最大のシェール生産企業「パイオニア・ナチュラル・リソーシーズ」(パイオニア)を約600億ドル(約9兆円)で買収する案件を承認する条件として、パイオニアの前CEO、スコット・シェフィールドが新会社の役員にならないことを要求している、というのが前稿の要点だった。

 

 その後、筆者は「FTC」の訴状(Complaint、*1)を読んだ。

 さらに「ロイター」コメンテーターRobert Cyranの「Trustbusters target poor man’s John D. Rockefeller」と題されたCommentary(*2)を読む機会を得た。

 

 これらから判明したことは、「FTC」がOPECは「カルテル」だと認知していることだ。そして、スコット・シェフィールドはOPECや他の同業他社と共謀して意図的に減産を行い、油価を引き上げ、消費者に経済的不利益を負わせている、という。だからより大きな石油会社の役員になることは反トラスト法に反することになる、と。

 

 これは重大事件だ。

 

 もし、この議論が通るならば、これまで何度となく廃案となった「NOPEC法案」、すなわち如何なる政府も提訴されないという免責特権があるのだが、その「特権」をはく奪し、たとえサウジアラビア(サウジ)政府であろうとも独占禁止法違反で訴追できるようにする法案が再度可決され、大統領にVetoしないよう要求する動きが加速することになるのは間違いないだろうからだ。

 

 もし「NOPEC法案」が成立すると、米国だ多彩な事業を手掛けている国営石油「サウジアラムコ」も訴追対象となりうる。

 今でも米国の中東政策に深い影を落としている2001年の「911事件」(アメリカ同時多発テロ事件)の被害者家族が、アメリカでサウジ国営石油「サウジアラムコ」を被告として賠償請求することが可能になるのだ。

 

 2019年12月「サウジアラムコ」は、世界最大のIPOを実行した。

 ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子は当初から、世界最大の株式市場であるNYSE(New York Stock Exchange)での上場を希望していた。

 同年3月に訪米し、政財界要人との会合を数多く行ったが、最大の狙いは「NOPEC法案」が可決されても「サウジアラムコ」は対象外となることを米国政府に法的確約をさせることにあった。だが、その確証は得られなかった。

 そこで止むを得ず、地元リヤドのタダウル証券取引所に上場したのだった(*3)。

 

 そもそもOPECは「カルテル」だろうか?

 

 法的解釈は専門家の判断に委ねるが、OPEC設立の経緯(弊稿『石油支配を我が手に OPECを創った男たち』「文藝春秋SPECIAL」2017年秋号「世界近現代史入門」所収参照)および「OPEC憲章」(OPEC Statute,*4)を読んでも、意図はあるとしても実行能力を備えていないので「カルテル」だとは言えないのではないか、と筆者は判断している。

 OPEC創設者の一人、ベネズエラの石油相(当時)ペレス・アルフォンソは強制力のある「テキサス鉄道委員会」の国際版が必要だと認識していた。だが、OPECにはメンバーを強制する力はない。

 

 反トラスト法の番人は約100年前、ジョン・ロックフェラーが作り上げた「スタンダードオイル」を解体させたことがある。

 だが、紹介したロイター記事にあるように「スタンダード石油」は当時、米国の90%以上の精製能力を所有していた。アメリカの原油生産量は世界の約6割を占めていた。

 「スタンダードオイル」の独占率はかくも高いものだったのだ。

 一方、「パイオニア・ナチュラル・リソーシーズ」の原油生産能力は世界全体の1%程度だ。「スタンダードオイル」のような独占力があるわけではない。

 

 OPECは創立こそ1960年だったが、1973年の第一次オイルショックが近づくまで、その存在が石油業界に大きな影響を与えることはなかった。

 なぜか。

 需給バランスが圧倒的に供給過多だったからだ。

 

 需給バランスが供給過多の状態では、産油国が思うように市場を動かすことはできない。

 

 事例はいくつもある。

 1951年のイラン政府によるアングロペルシャ石油(「BP」の前身)国有化が失敗したのも、1967年の第三次中東戦争でアラブ諸国が石油を武器化しようとしたことが失敗したのも、当時の需給バランスが圧倒的に供給過多だったからだ。

 だが1973年の第四次中東戦争時は供給不足の状態だった。だから「OAPEC」は石油を武器として使用でき、「オイルショック」を招来したのだった。 

 

 では「需給バランス」を一手に調整することが可能だろうか?

 

 1930年代の「テキサス鉄道委員会」が生産制限を実行せしめたときのように、生産量の過半数をコントロールできる状態であれば可能だが、そうでなければ不可能だと言わざるを得ない。

 OPECは罰則規定を持たない紳士協定に基づく組織だ。減産合意を破っても、何か具体的な罰則が適用されるわけではない。サウジ等の「指示」に不満がある加盟国は、OPECを脱退する選択が可能だ。

 最近でもアンゴラ(2024年1月)やカタール(2019年)が脱退している。

 つまりOPECは、1930年代の「テキサス鉄道委員会」国際版ではないのだ。

 

 Robert Cyranが記事の中で指摘しているように、参加者が多岐多様にわたる市場はアダム・スミスのいう「見えざる神の手」が支配しているのである。

 

 有料版なのでご不便があるかもしれないが、ぜひ「新潮社フォーサイト」に寄稿した『「OPEC」には本当に「油価コントロール力」があるのか』(2019年3月15日、*5)をお読みいただければ幸甚である。

 

⋆1 Exxon/Pioneer: Complaint (Redacted Public Version) (ftc.gov)

*2 Trustbusters target poor man’s John D. Rockefeller | Reuters

*3 サウジアラムコ上場、ストップ高に 時価総額世界最大1.88兆ドル | ロイター (reuters.com)

*4 OPEC Statute.pdf

*5 「OPEC」には本当に「油価コントロール力」があるのか:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)