彼女の目の前に見える、素敵な笑顔を浮かべている男・・・・・間違いなく、ミョンオン公主の殿閣で会った、その文官だった。ラオンが女人(ヨイン)だという事実を見抜いた謎の男。
「あぁ、あなただったのですね。」
男の微笑がさらに深くなった。
「なぜ・・・・・文官(ムングァン)がなぜ、こちらにいらっしゃるのですか?」
「礼曹参議(エジョチャムイ)が礼曹(エジョ)の書庫(ソコ)にいることがそのように驚かれることでしょうか?」
驚いているラオンがむしろ変わっているとでも言うように、ユンソンが椅子へと腰かけて言った。
「そうですよね。礼曹参議が礼曹の書庫にいらっしゃることは少しもおかしなことではありませ・・・・ちょっと待ってください(チャムシマンニョ)何ておっしゃいましたか?どなたですって?」
「礼曹参議(エジョチャムイ)。」
ユンソンがすっきりとした笑みを口元に浮かべた。何て素敵に笑う人なんでしょう。しかし、いざその微笑を見たラオンは、自然に笑うことなどできなかった。
「うっ。」
ラオンは今にも出そうになっている悲鳴を防ぐために拳で口を塞いだ。
この人が礼曹参議(エジョチャムイ)ですって?
これってこぶを取ってもらいに行ったのに、こぶをつけて帰って来た(ミイラ取りがミイラになる)ってことなんじゃない?トギの問題を解決しようとして、自ら危険の入り口に頭を突っ込んでしまっているのと何も違いない状況だった。余計なことに踏み入れたという後悔が満ち潮のように押し寄せた。困難にぶつかる度に浮かんできたお爺様(ハラボジ)の言葉でさえも、このような状態に合う助言はなかった。
こんな時、どうしたらいいの?逃げてみる?
いつの間にか書類に顔を埋めていたユンソンの目を避けるように、ラオンはそろりそろりと後ろに退き始めた。一歩目は無事で、二歩目は少し危なかったと言え成功。ラオンが会心の笑みを含めたまま、散歩目を出した時だった。
「ところで、どのような御用件ですか?」
「はい?」
無意識に立ち止まってしまったラオンは、まん丸い目でユンソンを見つめた。ユンソンはまだ書類へと目を通したまま、ラオンへは関心を寄せていないようだった。彼はさっきと同じように机に置いてある書類に、何かを熱心に書き込んでいる最中だった。
なにかしら?さっきの彼の言葉は本当にこの人が言ったのよね?じゃなかったら幻聴?
そうして暫くの間書類に没頭していたユンソンが、ついに顔を上げた。
「どのような御用でいらしたのかお聞きしました。」
「で・・・ですから・・・。」
私がここにどうしてきたのかって?用意があってきたことは確かなんだけど・・・・。
ユンソンにまた会ってしまった衝撃で、頭の中が真っ白になってしまった。
この人、私が女人だってことを知っていた。この人が口を少しでも開けば、私の首は切られるのね。なのに、よりにもよって礼曹参議(エジョチャムイ)だなんて・・。
ラオンは本当にその言葉の通り、泣いてしまいたかった。そんなラオンをじっと見つめていたユンソンが、笑みを浮かべた顔で、聞いた。
「内侍府(ネシブ)所属ですよね?」
「え?は、はい。」
「ちょうどよかったです。」
何がちょうどよかったの?まさか・・・・。
怖ろしい考えに、自然と身体が震えてきた。ユンソンの言葉が続いた。
「ちょうど、この書状を内侍府(ネシブ)へと持って行ってもらうよう誰か呼ぼうと思っていたところでした。」
ユンソンが先ほど書き終えた文書をラオンへと渡した。
よかった。あのことじゃなかった。
安堵のため息をついて文書を受け取ったラオンに、ユンソンが言葉を付け加えた。
「内侍府(ネシブ)で何か誤りがあったようです。」
「誤り・・・ですか?」
「礼曹(エジョ)では、最近の講經(カンギョン)試験の成績順で太平館(テピョングァン)に入る宦官を選ぶように言ったのですが、内侍府(ネシブ)は全く伝わっていなかったようです。全く違う者が推薦されるとはどういうことでしょう。ですから、私が先の講經(カンギョン)の成績を参考にして太平館(テピョングァン)に入る宦官の名前を書いておきました。そのままかどうかもう一度確認していただけますか?」
「私がですか?」
「私が清国から帰っていくらも経っていないため、宮中の事情に明るくないのです。もしや間違いでもないか、ホン内官に確認していただきたいのです。」
「・・・・・!」
私がホン内官だとはっきりと分かっている。
うっかりと書類を広げて読んでいたラオンの両手がブルブルと震えてしまった。それが分かっていると言うことは、彼女について調べたということだった。ラオンは不安げな目でユンソンを見た。しかし、どうしたことか、ユンソンは相変わらず特にほかに考えていることはないとでもいう表情でラオンを見つめているだけだった。彼がラオンの持っている書状を指さした。
「確認、なされないのですか?」
「あ、はい。」
内侍府(ネシブ)に送る書状には、マ・チョンジャが意図的に抜いたトギの名前もしっかりとした字で書かれていた。
「間違いなく・・・・作成されているようです。」
「良かったです。それではそれを内侍府(ネシブ)のソン内官へとお渡しいただけますか。」
「・・・・・それだけですか?」
もしかして、私にされるお話はございませんか?
「他に議論すべきことでもありますか?」
逆に質問を投げたユンソンは、また机に向かって座り、山のように積み上げられた書類に視線を向かわせた。どうすればよいのか分からないラオンは、暫くその場で戸惑ってから、書庫の扉を開けた時だった。
「あ、そうだ。ホン内官!」
ユンソンの声に、ラオンは石像になったように扉を開けたそのままの姿で固まってしまった。どっきんどっきん。心臓が狂ったように高鳴った。その間に、席で仕事をしていたユンソンが、ラオンの後ろにそっと近づいた。そして、凍ってしまったラオンの耳元へと、低い声で、囁いた。
「少し忘れていたのですが・・・昨日、私が伺ったことです。」
ごっくん、唾を飲み込んで、ラオンは次の言葉を待った。
「いくら考えてもあれは、秘密ですよね?」
「・・・・。」
「その秘密、守って差し上げます。」
意外な言葉に、ラオンは顔を上げてユンソンを見つめた。朝の光を背に受けたまま立っていたユンソンは、ラオンを目を合わせると、口元に笑みを浮かべた。それは、春の日のように温かく、だから頑なだった警戒心も、さっと溶かしてしまうほど、柔らかく穏和な微笑みだった。おかげで少し緊張の解けたようだった。少しは緊張の解けたラオンに向かって、ユンソンが優しく微笑みながら、言った。
「その代わり・・・・ひとつ、条件があります。」
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ひゃああああああああ☆彡
やっぱりね~~~忘れるわけないユンソン!!!Σ(~∀~||;)
条件って・・・なんでしょう??