週一、五回で終了の卓球教室の最後の日だった。レッスン前に伊藤美誠選手が、パリオリンピック選考に落ちたことが話題にあがった。東京オリンピックでは、大活躍だった伊藤選手は、このところ不振でシングルス代表にもダブルス代表も選ばれなかったのだ。若手が次々と現れて競争の厳しい卓球の世界である。どのスポーツでもそうだと思うが、ずっと同じ地位でいるということは、難しいことなのである。

 

 若干、話が飛躍するかもしれないが、平家物語の冒頭の文章をご存知だろうか。あの有名な「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し。猛き者もつひには滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ」である。私は、枕草子の「春はあけぼのー」というくだりも大好きで、冒頭部分を愛する人間なのである。どちらも冒頭部分がすべてを物語っていると思い込み、実は本文はよく読んでない。

 

 平家物語の解釈は、諸説あると思うが、総じて「どんなに勢いの盛んな人も必ず衰えるときがくる」という意味にとらえられている。私は他にも、この名文を、たとえば、今、恋愛や結婚、子育てや仕事でつらい状況にある人も、その状態はいつまでも長く続かず、変化すると、とらえることが出来るように思う。永遠に今が続くわけもなく、私たちは確実に死に向かいながら、状況は良くも悪くも変化していくことを知る。それが、この世の常である。だから、いま幸せな人は、その幸せをかみしめながら大切に生きればよいし、いまちょっとつらい人は、その苦しみはいつかなくなると思えば救われるのである。

 

 そう考えると、伊藤選手は今はゆっくり休んで、次の流れに乗ればいいのだと思う。彼女はまだまだ若いのだから、また活躍できると私は思っている。かく言う私は、ではどうなの?ということであるが、目標の球をこするという地点には、到達できていない。しかーし、平家物語のくだりによると、私はいつまでもそこにいないので、変化していくということになるので、希望はあるのだ。

 

 卓球の後、練習仲間の68歳の男性からみんな、100円コーヒーをおごってもらい、談笑した。いつもは、それぞれみんな練習場所が違うので「また、どこかで会いましょう」と手を振って別れた。その後、もも子の保育所お迎えに行ったので、夫の了解も得て、今日の病院面会はお休みしました。

 

卓球仲間の男性が口ずさんだ曲です。なつかしい。

ヘドバとダビデ 「ナオミの夢」

いつも読んでくださりありがとうございます。

あなたの幸せを祈ってます。