2006年07月22日(土) 00時30分55秒

No.516 天災とボランティア

テーマ:自然災害

森村@NMAです。

ここ数日、梅雨前線の影響で全国的に大雨が降り、各地に被害が出ています。
被害に遭われました方に、お見舞い申し上げるとともに、
一日も早く復興出来る事をお祈りいたします。

近年は地震や台風などによる天災の被害が世界的に相次いでいますよね。
幸いにも、自分自身や周囲では阪神大震災以来は被害に遭っていません。
しかし、明日はわが身の状態は誰にでも有り得ると思っています。

天災が起きるたびに何か自分でも手助けできることがないだろうか・・。
それが募金だったり、必要としている物資を送ったり、
人手が必要なら自分自身が出向いたらと考えたりします。


自分自身が出向く・・さらりと書きましたがとても勇気が要ることですよね。
まだその勇気が出せない事が殆どです。


勇気が出なくても、自分が出来る事で協力する行動をとることが大事です。
そう思って、自分なりに一念発起しています。


皆さんも、ほんの少しでも良いから勇気を持ちましょう。
その手助けが出来る活動をNMAは行っていきたいです。


NPO法人NMA ~No More Accident ~

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2006年06月26日(月) 14時45分55秒

No. 490 水害から車を守る

テーマ:自然災害

西村@NMAです。西日本地方では梅雨前線の活発化により各地で大雨が降っています。

私の住む熊本でも午前中から断続的にバケツをひっくり返したような雨が降り続いています。

このまま雨が降り続くようならば、河川の氾濫や更なる土砂災害も心配です。


今日はこういった水害から車を守るための予備知識について。



車は高台に避難させる

事前に水害が予想される場合は、車をできるだけ高台に避難させる。

市街地などの地下駐車場などは要注意です。排水があふれたときなどは、

一気に水が地下に流れ込む可能性があります。


水の中を走らない

地上が浸水しているような時は、原則として車で走らない。

水の深さが確認できずに立ち往生してしまったり、急な増水で車に閉じこめられたり、

車ごと流されてしまう危険があります。


たとえば、水深10cm~30cm程度の冠水で、ブレーキが水に濡れて性能が低下します。

さらに水深が30cm~50cm程度になると、エンジン内に水が入ったり、電装部品に

水がかかり、停止して動けなくなってしまうことがあります。50cm以上ともなると、

車が浮いてドアを開け閉めするのが難しくなり、クルマごと流される可能性が高まります。

やむをえず水たまりの中を走らなければならない時は、道路は中心が高くなっているので、

中央線寄りを低いギアで速度を落として走る。


冠水した車はエンジンをかけない

冠水した車は、エンジンをかけるとシリンダー内に残った水がエンジンを損傷させることが

あります。また高潮によって海水に冠水した車は、電気系統のショートで発火してしまい、

炎上することもあります。車を動かす前に、まずはJAF等のロードサービスに救援を依頼

しましょう。




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2006年02月24日(金) 17時45分24秒

No.368 阪神大震災を振り返る 4

テーマ:自然災害

森村@NMAです。

阪神大震災の事を振り返って書いています。
1/191/30  2/10 と続き今回で四回目になります。


今回は神戸に住む友人のお見舞いに行った時の事を書きます。
しかし、かなり記憶が曖昧になってきています。
当時一緒にお見舞いに行った父の方が、交通手段などを覚えていたので
父の記憶と、私の記憶をたどって書きました。


兵庫区に住む友人が、湊川中学 に避難生活をしている事が分かり
1月下旬に父と兄に連れてもらい避難所に向かいました。
当時、伊丹市に住んでいたのですが、もちろん伊丹からスムーズに神戸に向かう
交通手段は有りませんでした。


その当日、JRで乗られる行き先は、神戸市内の東の地は神戸駅、大阪から見て西の地は
芦屋駅で、芦屋駅から神戸駅の区間は不通になっていました。

阪急電車の方が避難先の最寄り駅(新開地駅)だったのですが、阪急はJR以上に
不通区間が多く困難でしたので、JR神戸駅まで向かい、そこから湊川中学まで歩く事にしました。


兄に車で、神戸の北側、三田市を経由してJR明石駅 まで送ってもらいました。
普通に出発したら道が混雑するかも知れないということで、日が昇らないうちに
出発した事を覚えています。

幸いスムーズに明石駅に着く事ができました。
そして父と二人でJR明石駅から、JR神戸駅まで、列車に乗りました。


火災の被害が酷かった、鷹取駅、新長田駅付近 を通ったときの事です。
テレビでその被害を見てはいたものの、実際に自分の目で見たら・・・
いたたまれなくなりました。自然と車内は静まり返り、皆、固唾を呑んで
車窓を見入っています。思わず涙ぐむ方もいらっしゃいました。

まるで、教科書の写真で見た、戦後の日本の姿の様で・・・
今でも煙が上がってきそうな、生々しいリアルさが有りました・・・。


神戸駅に到着。
神戸駅からは、湊川中学まで歩いていきます。街行く人は皆、慌しかった。
新開地の商店街では、所々でお店が営業されていて、
そんなお店の明かりが心強かったです!!

無事中学に到着し、名簿で友人の名前を捜し、再会する事が出来ました。
不自由を強いられながらも、家族全員無事ということが分かり胸をなでおろしました!!



帰りは、JR三宮駅 まで歩きます。
元町商店街を歩き、こちらの商店街でも、所々営業している店舗を見ては
頑張らなくてはと心が弾みました。人々が放つ明かりは心が安らぎますよね。

そして三宮より、JR芦屋駅に向かう代行バスに乗る為に長蛇の列に並びました。
バスは・・・高速道路が倒壊した現場付近、国道43号線を走り、芦屋に向かったと思います。

JR芦屋駅より、通常に運転しているJRに乗りましたが、
帰宅した頃は、すっかり日も暮れてしまっていました。
普段なら半日で済む事が、一日がかりでの移動となりました。


今でもJR鷹取駅辺りを通過するとき、当時見た荒れ果てた風景を思い出し胸が痛くなります。

あの風景は忘れる事が出来ないし、忘れてはいけないと胸に刻んでいます。


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2006年02月10日(金) 01時42分27秒

No.354 阪神大震災を振り返る 3

テーマ:自然災害

森村@NMAです。

阪神大震災の事を振り返って書いています。
1/191/30  と続き今回で三回目になります。

今回は地震を体験して得た事、思った事を書きます。

申し訳ございませんが、科学的根拠などを調べて書いておりませんので
それを踏まえて読んでいただけたらと思います。

■防災訓練は、日常茶飯事のように行わないと役立たないかもしれない

体験した震度が結局はどれ位だったのかは未だに分かりません。
今でも覚えているのは、まるで飛行機が直ぐそばで飛んでいるような激しい轟音と
地面から突き上げるような揺れでした。

なすすべも無く、そこにいるのが精一杯で、危ないから起きて机の下に非難するなど
思いも浮かばなかったし、身体が硬直してしまいました。いざとなると頭が空っぽになる。


■懐中電灯、ラジオは必需品


電気が通じない事がいかに大変か、身にしみました。
電化製品が使えないという意味もですが、何よりも災害時に外部から情報を得る事が
出来ない事が、精神的不安を大きくしました。

■大きな揺れの場合は直ぐに外に出る

当時は呑気に寝なおしていましたが、建物が倒壊するかもしれないと認識を持つ。


■電気類のスイッチを入れない、ガスは触らない

当時は呑気にガスを開いてましたが・・・ガスが漏れているかもしれないと認識を持つ。
漏れていた場合、電気類のスイッチを入れることで、モノによっては火花が散り
引火する恐れがあると認識を持つ。

■避難の必要が無い場合、まずは水を汲んでおく

建物の無事が確認できて避難の必要が無い場合、水が出なくなるかもしれないので
水が出ていたら水を汲み貯めておく。
(しかし、これも危ない行為になるのかもしれない・・・。どうなのでしょうか??
次回までに調べておきます。)

何よりも水が出ないと分かった時が、一番精神的不安が大きくなりました。水は命に関わる。


長くなりましたので、神戸の友人に見舞いに行ったときの事は次回にします。
まだまだお付き合いください。

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2006年01月30日(月) 23時23分55秒

No.343 阪神大震災を振り返る 2

テーマ:自然災害

森村@NMAです。 前回1月19日(木) の続きです。


娘が呑気に布団に入って寝ようとしている中、母は片付けなきゃとブツブツ言いながら
散乱した物をかき集めていました。
私は布団の中から「危ないからやめときー明るくなってから片付けたらええやんー」
みたいな事を言ったのを覚えています。


夜が明けてきて、辺りがハッキリ見えるようになった頃、片付け開始。
家の外にも出てみると、家の屋根瓦や外壁が落ちてたりしそれに驚きました。
ご近所の方々も外に出始めていて、お互いの無事を確認しあいました。

近所のおばちゃんがそのうち水が出なくなるかもしれないから
今水をくんでいるのと言ってたので我が家もバケツに水をくみ始めました。

ガスはつくのか? 試してみるとちゃんと火がつきました。良かったー。
(この行動も今思うととんでもない事です。)


しかし電気は相変わらずつかず、テレビが見られないので情報がさっぱり分かりません。
そんな中、呆然とした気持ちで片づけを行っていました。

余震は続いていたのですが
最初に遭った揺れが余りにも大きすぎたので、何とも感じない気分になっていました。

昔ながらの地域の良い所でしょうか、近所のおばちゃんは情報伝達係りのごとく
ご近所に色々情報を伝えておられました。
「神社が倒壊してる」 「駅が潰れているらしい」 「食べ物を買いにいっとかないと無くなるよ」とか。


駅が潰れていると聞いて、自転車に乗って阪急伊丹駅まで見に行ってしまいました。
駅舎の下に三和銀行(当時)が入っていたのですが、銀行のショーウインドウのガラスが

見事に割れていて道路に飛び散り、へしゃげている駅舎を見て衝撃を受け涙が・・・。

その後営業していたコンビニに寄るも、店内は食料、飲料水がスッカラカンの状態でした。

そしておばちゃんの言ったとおり、水が出なくなりました。


給水車から水を貰いに長蛇の列に並び・・そうなって初めて現実的に切羽詰まった
気持ちになったのです。それまでは漠然と何とかなるわよと思っていた気がします。



ただひたすら片付けを行っていたのですが、昼過ぎでしょうか、ようやく電気が通じました。
・・・・・テレビに映る神戸の風景が信じられませんでした。神戸の被害に比べれば
私の住む街の被害は微々たる事だったかもしれない、と当時思ったんです。


次回は地震で得た教訓と神戸に住む友人の見舞いに行った事などを書きます。

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2006年01月19日(木) 19時27分43秒

No.332 阪神大震災を振り返る 

テーマ:自然災害

森村@NMAです。

1月17日がやってくると、引き締まった何ともいえない気持ちになります。
私は被災者ですが、幸い家族や周囲の友人、知人とも人身被害は有りませんでした。

震災が起きてから数年間、1月17日の5時47分になると、黙祷をささげていました。
しかし何時からか震災が起きた時間に起きて黙祷をささげなくなっています。
何時でも頭の片隅にあった大震災の事が1/17が近づかないと思い出さなくなったりしました。

絶対に忘れる事は無いのですが、自分の中で風化していってるのは感じます。
風化してはいけない、大震災で体験した事、学んだ事をブログで書いていこうと思います。


地震発生当時は、あまりの揺れに飛び起きました。かつて体験した事のない揺れで
最初それが地震であることが分からなかったです。上からモノが落ちてきてタンスが
倒れていく・・ただそれをなすすべもなく見ていただけでした。

揺れが治まり、まず最初に電気を付けようとしました。しかし付きません。
そんな大きな家では無かったので両親、兄も直ぐに居間に集まり全員の無事が分かりました。

そして散乱した物をかきわけて、懐中電灯を探す。見つからない・・・・。
真っ暗闇の中、遠くでサイレンの音が鳴り響いていました。
今思うと信じられない事をしていたなと思うのですが・・・真っ暗で何も分からないし
眠たいし・・歩き回ると危ないと思い、もう一度布団に入り寝なおそうと思いました。

布団の前には倒れ掛かかったタンスと、タンスの重みで少し曲がってしまった
タンス前に置いていた移動する洋服ハンガーが。
これ・・このハンガーがあったからタンスが完全に倒れなかったんだ。
ハンガーが無かったらタンスの下敷きになったかもしれないわぁとハンガーに感謝。
よいしょっとタンスを押して直しました。

そして布団に入り再び目を閉じました・・・。
今思うと本当に信じられない行動ですが、現実を認めたくなかったのかも知れないですね・・・。
もちろん寝られるはずは無かったのですが。でも布団に潜る。夜が明けるのを待つ。

次回に続きます。


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2006年01月18日(水) 02時05分24秒

No.331 阪神大震災から11年

テーマ:自然災害

浅川@NMAです。


阪神大震災 から昨日で11年が経ちました。
6500人近くの尊い命が消えたあの大惨事から、もう11年になります。


兵庫県内の被災地では、追悼行事が各地で行われた様子です。
10年一昔と言いますが、防災の意識に薄れも出ているようです。


人間の性なのでしょうか、歴史は繰り返すと言いますが、
備えあれば憂い無しという気持ちは、喉もと過ぎても熱さ忘れないようにしたいものです。


大震災の教訓は、惨事を忘れないだけでなく、それを生かしていかなけば
被災地で亡くなられた方々にしめしがつきません。


残された私達はしっかりと教訓を胸に刻み、時々思い出す作業が必要です。
日々の忙しさに、つい目先の事しか考えない時があります。
そんな時にこそ、気を引き締めていきたいものですね。



昨今、専門家によるマンションの耐震偽装問題などの事件が起きていて、
誰を信じたらいいのか、また信じられるのかが、わからなくなってしまいました。


人間は不完全な生き物です。
だからこそシステムやその他で完全になるように知恵を絞ってきたはずと思います。


天変地異による惨事を防げないのであれば、被害を最小限に食い止める知恵を
きちんとやらなければいけないと考えます。



我々NMAは、NPOとして惨事の際には交通整理を含む道路復興作業を行います。
そういう目で日ごろから道路などを見ています。


例えば被災地になった時、危ない道路になるなと思ったりした場所は、
その旨を役所の方へ連絡しています。


大きなことはできなくても、小さいことなら身近にたくさん出来ることは
転がっていると考えて、毎日を過ごしたいですね。


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2005年12月22日(木) 23時43分57秒

No.304 寒波

テーマ:自然災害

八尋@NMAです。


日本全国大寒波に襲われ、各地で被害が出ている様ですが皆さんの周りでは如何でしたでしょうか?


仕事上で北陸方面の方とお話する機会があったのですが、

車の準備という面で地方性がかなりある様に思いました。


北陸方面の方々は積雪が日常なのでシーズンに合わせて
スタッドレスタイヤを履くことが殆どで、夏タイヤのまま走行することはありえないと仰います。


私の周りの九州や西日本地方の方ではスキーに行かれる方や、比較的高地に住んでおられる方

しかスタッドレスタイヤやタイヤチェーンを持っておられない方が多い様に思われます。


実際、勤務する会社の駐車場を見ても、殆どが夏タイヤのままの車が多かったです。
九州の周りの知人友人に聞いてみると、そもそもスタッドレスタイヤというものの存在を知らなかったり、

チェーンを買っていも装着したことがない・できないという方が結構おられました。


No.301で西村さんが雪道を走る際に役立つサイトを紹介されておられますが、
自分から積極的に情報収集を行わない人々への周知活動を何らかの形で

考えられないかと今回感じた次第です。




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2005年12月05日(月) 23時52分41秒

No.287 憤り

テーマ:自然災害

齋藤@NMAです。

昨今、マンション・ホテルの構造計算書偽造問題のニュースが
世間を賑しておりますが、新しい事実が報道されるたびに
憤りを感じております。

後手に廻ってしまう行政側の対応、責任逃れとも受け取れてしまう
メーカーの会見・・・数年前にあった某自動車会社のリコール隠し
問題を思い出してしまいます。

双方、似たような事件だと個人的には感じておりますが、
自分達の利益の為に客の安全を脅かすような行為や、万一の事態
が起きたとしても、多分大丈夫であろうと言う様な安全を軽視する
ような事は決して許されない事だと思います。

しかし事件は現に発生していますし、今後も起きる事かと思います。
安全に対するメーカの真摯な姿勢、万一の事態に備えた行政側の施策整備
を強く求めるのは当然かと思いますが、いつ被害者となるかもしれない
私達個人も「本当に安全なのか?」
といった角度からの情報収集等が必要なのかもしれません。


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2005年10月26日(水) 23時00分58秒

No.247 中越地震等に学ぶ防災対策

テーマ:自然災害

浅川@NMAです。


去年、我々NMAも募金活動を行った「新潟県中越地震」から一年以上が経ちました。ニュースを見る限りでは、まだインフラの復旧作業が続いているようです。食料や水も外部からの支援でまかなっているエリアもあるようで、現地の方々は休まらない日々が続いているとわかります。


住宅関連や失業関係などの問題も大きく、まだまだ元に戻るには時間がかかりそうです。我々も何かしらアクションができないかと、その後を考えています。


去年我々が行った支援は、募金活動により集まったお金を使って、安全ヘルメットを買えるだけ送りました。一般家庭や避難所の方へ、一人一個を渡せたらという県の対策委員会の方とのお話で、品を決めました。



閑話休題。阪神や中越の震災教訓を、私たちはどこまで本気で考えているでしょうか。私の住んでいる東京は城南地区でも、最近は震災難民にならないようにという本が、よく売られています。職場から自宅まで、どのようにして安全に帰るかは、とても大切な話です。シミュレートしている人はどのくらいいるでしょうか。


私は震災を想定して、家には各階に非常用グッズを完備しています。数日は生きられるように用意しています。しかし職場ではそうした事はできていません。職場には職場のルールもあり、個人の範囲でどこまでを備えておくか悩みます。


一日程度は我慢できるように、水とお菓子はストックしていますが、それにしても本当に震災がきたら、役に立つかわかりません。なぜなら、私以外の誰一人として、震災対策などはしていないからです。その水を回しのみしようと言われ、断るわけにもいきません。


いつどこで自然災害に出くわすかわかりませんので、本来ならあれもこれも持って移動したい所ですが、実生活でそれは厳しく、現実的ではありません。これについては、自分でもまだベストな対策を考えきれていません。



そして災害があれば、必ず交通関係がマヒするという事です。公共の乗り物はもちろん、タクシーやマイカーも不自由になるでしょう。そうした場合、機動力となるのはオートバイや自転車です。これは中越震災時に活躍した事が記憶に新しいです。


家にいる場合に限りますが、それら機動力のある物を使って行動できるようにもしています。普段あまり乗らないのですが、緊急時用も兼ねて、オフロードタイプのオートバイを時々始動しています。何かあった時、遠出する足はそれしかないだろうと考えてみました。(近所用に自転車も用意しています)


防災グッズなどは、安い物ばかりでないため、買うのに勇気がいる事もあるのですが、非常時用に思い切って買っておくように心がけています。使わないなら使わないでいいのですが、そういう意味では自動車保険と似ていると思いました。

使わないなら使わない方がいいのですが、いざという時無いと困る。自動車保険も自賠責の他に、ほとんどの方が、任意保険に加入していると思います。何かあった時に、生活基盤が崩れないようにです。その発想から連動させてみると、防災グッズも何かあった時のため、ちょっと無理しても揃えておくべきと、私は思います。



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