鈴鹿サーキット51歳 | 寝言は寝て言え!!

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今日は、鈴鹿サーキットの誕生日。

オープンしたのは、1962年の9月20日でした。 もう51年も昔の事なんですね。


個人的には、ここ数年、なかなか予定が合わず、現地観戦が難しい状況となっていますが、中学3年(1985年)、初めて現地観戦した頃から数え、その後自分がレースを引退するまでは、数え切れない程通っていた場所なので、凄く思い入れの有るサーキットです。


沢山の楽しい思い出は数え出すとキリが無いけど、逆に、未だに残念でならない事は、2003年の加藤大治郎選手の事故以来開催されなくなってしまった世界GP(MotoGP)ですね。

現在の日本GPは、毎年10月に、栃木県のツインリンクもてぎで行われていますが、それまでは、GPの開幕戦として、ここ鈴鹿で数々の激戦が繰り広げられていました。

鈴鹿での活躍をキッカケに、その後世界に羽ばたいた日本人ライダーも沢山いたんですよ。



1987年、鈴鹿で22年振りに二輪の世界GPが復活。
ヘビーレインとなった決勝レースは、GP250で、味の素ホンダの小林大選手が、GP初出場ながら、ブッちぎりの優勝。

当時は、現地で観戦していましたが、春の大雨の寒さと、日本人選手が初出場で優勝した事の興奮で、体中鳥肌が立ったのを覚えています。


その後、3年間は日本人の優勝は有りませんでしたが、1991年、現在MotoGP中継の解説でもお馴染みの上田昇さんが、ワイルドカードで初出場ながら優勝を飾った時も凄く興奮しました。

鈴鹿の歴史と共に、自分が長年レースを観てきた中で、沢山の思い出深いレースが有りますが、その中でも、特に印象深いレースの1つですね。


今の若いライダーは、幼い頃から、ポケバイやミニバイクに乗っていて、そのままレーサーとしてキャリアを積んだ人が殆ど。
なので、年齢は若くても、みんなレース歴は長いんですよね。

ですが、上田さんが初優勝を遂げた この時代は、高校生になってから普通に免許をとって、一生懸命バイトしてバイクを買って・・・、と言う人がまだまだ多かったですからね。

上田さんの場合は、高3でバイクを買って、その2年後からレースを始め、レース歴僅か2年(3年目のGP開幕戦)で、世界GP優勝(ちなみに、その前年には、全日本で1勝をあげてます)。

それまでのレース経験は、たったの15戦しか無かったんですよ。

「天才」 と言う言葉は、正にこの人の為に有るんじゃないかと思いました。



上田さんは、現在、若手の育成に忙しい毎日を送っておられます。

いつか鈴鹿でのGP開催が復活し、上田さんに育てられた若いライダーが、表彰台の真ん中で日の丸を掲げてくれたら・・・、こんなに嬉しい事はないですね。