昔から不思議に思っていたのだけど、「障害があります」というと、それが本人の全人格みたいにとらえる人がいるんだよね。

「言葉が話せなくてかわいそうな人」とか「家族に障害者がいるかわいそうな人」という存在に勝手に位置付けられる。

そういう人に限って、「障害があることがそんなに大きな位置を占めていません」と言っても大抵気が済まない。

自分と同じカラーにしようとする。
モノクロの世界に入れようとする。

障害があっても、それなりに別の方法で生活しているわけで、それを普通に暮らしてる人に対して、意地でも「障害があることが辛い」「治ってほしい」と言わせたい人がいつの時代もいる。

何なんでしょうか。
善意のつもりなのでしょうか。
子供のころは「かわいそうねえ」とか「気の毒に」と言われることがものすごく嫌でそれに対して愛想笑いするのに凄まじいエネルギーを使った。

自分が「障害があることが辛い」「治ったらいい」と思うのはその人の自由だけど、本人にまでその感情を強要しなくていいと思うのですよ。

私からしたら、五体満足で目が見えるのにいじめを見て見ぬ振り、耳が聞こえるのに聞こえない振り、手足を自由に使えるのに困ってる人に差しのべることが出来ない人、流暢に喋れるのに言葉で人を傷つける人のほうがよっぽどかわいそうな人だわ(^^)♡

12/9【障害者の日】でした。

今日のお陰様クローバー

経験は単なる時間の積み重ねではないということに気づけたことに感謝

ありがとうございます*:..。o○☆