一日ドック

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 例年業界で企画していただいている健康診断を受けていた。

 昨年は都合で受けられず、市主催の健康診断を受けた。

 そこで胃のバリウム検査をした際、左肩の五十肩のためにとても痛い思いをした。

 これを機に胃カメラの検査をして頂こうと思い立ち、そしてまた脳ドックもしていただこうと思い、丸の内病院に申し込んだ。なんと予約が取れたのは11か月後の今日であった。

 

 さて胃カメラの検査。周りの人から聞いていたのと違って、全く苦しくなく、すんなりと終わってしまった。多分担当の先生が上手かったのだろう。画像を見ながら逐一場所と状態を説明して下さった。

60を超えてバリウム検査しかしていない人に食道がんが見つかりやすいので少し緊張したと後で先生が仰った。

 胃壁はとても状態が良いそうで、そのためのポリープがあるとのこと。ややこしいが、ポリープありと記入されても良い状態と解釈してくださいとのことだった。

 のどにスプレーで麻酔をしたところが1時間ほど違和感があったのが少し不快だった。

 担当の先生曰く、バリウムでは食道の状態が良く分からないとのことだった。

 直ぐに説明していただけて良かった。

 

 私は小さいころから頭痛持ちである。60を超え、やはり一度は脳のCTを撮ってもらおうと今回お願いした。

 10分ほどMRIの器械に頭を突っ込んでじっとしているだけの検査だった。こう書くと簡単だが、その音のうるささには驚いた。工事現場に頭を突っ込んでいる状態の様。

 私の若い時、少し不安神経症で閉所恐怖症のような時だったらやれなかっただろうと思った。

 脳ドッグの結果は後日ということだが質問に電話で答えて下さるとのことだった。

 最後に病院の食堂で美味しい食事が出され、それを頂いて帰路に着いた。

 設備、人員、手順等素晴らしいと思った。

 

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4日月曜日夜、アートセンターへ

 

前回の銅版の本刷り。

と思ったが中々満足が行かず、もう一度次回トライ。

 

北澤先生は、明日から2週間イスタンブールで展示会に参加するとのこと。

芸術家は忙しい。体力が無ければ全うできない、と思った。

 

そのような雑談を私と先生がする隣で高校生のA君は黙々とデッサンをしていた。

 

美術に情熱を注ぐ若者はいったいどんな未来を切り拓くのだろう。

若さを羨む自分は老いてきたのだと認めざるを得ない。

しかし負けるつもりもない。

 

 

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28日夜、アートセンターへ

父の葬儀後少々疲れ気味。

気力を振り絞って出かけた。

前回の2枚のプレートの本刷り。

それとお盆前に彫っておいたプレートの試し刷り。

これはかなり修正しなければ。

 

刷る作業の合間に北澤先生と、25日での第68回アートカフェの内容について意見を交わした。

このところアートカフェの内容を載せていないが、かなり北澤先生の専門分野のため素人の私には消化できないところが多々あり、北澤先生の詳しい説明が無ければどうにもならず、まして記述するとなると大変な労力がいる。

「フォンタナ以前」「モノ派」が最近のテーマである。

美術史は頭の良い人が後から作り上げて出来てゆくものらしいが、その状況下にある人は、まったくそれとは別次元で苦闘していたりするのが面白い。北澤先生は、美術史として括られたもの以外に見落とされたものはないか、と丹念な考察を主張されている。

 

 

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チワトラ

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「チワワとトラ猫」というブログ名で掲載されているブログのファンである。

インターネットに接続した当初から唯一継続して読ませていただいている。

 

先代の猫の正宗君が亡くなった時もショックだったが、今回チワワの凉さんが亡くなられたとのこと。

ご冥福をお祈りいたします。

 

宗太君と凉さんには結構癒されておりました。残された宗太君のためにもチワトラのお母さん、何とか早く立ち直ってくださいね。

陰ながら応援しております。

父 死す

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ブログに時々父のことを書いていたが、97歳でついに亡くなった。

 

8月15日夜8時55分に上條記念病院から電話。

様態が急変したのですぐ来てほしいと。

9時25分、家内と共に到着し話しかけると同時に急激に脈が低下。47分に心臓停止。

8時まで看護師さんと会話していたという。ドクターは「老衰」と診断書に書かれた。

 

3日前、故郷小川村から本家の叔母さんが見舞いに来てくださった。その時は故郷の話で盛り上がり、これはまだ大丈夫と叔母さんは思ったとのこと。

 

しかし7月初めからすでに栄養はすべて点滴で取っていたし、ついに口から物を摂取できることはなかった。

 

15日はお盆である。方丈様は大忙し。

お盆明けも葬式が2件すでに待っているという。

えにしホールの通夜室に運んでいただき、枕経をあげていただいたのは翌日の午後3時。

19日通夜・20日葬儀と決まり、親戚に連絡。

 

19日午後5時通夜。親族20名が集まった。戒名を頂く。

20日、えにしホールから8時半に出棺。9時火葬。午後1時から葬儀。

約100名の会葬者に見守られ無事葬儀を終え、精進落としの席へ。

(葬儀の流れが中信地区独特のもの)

葬儀では父の詩吟の仲間の一人、今井さんが弔吟をして下さった。(暁岳流)

精進落としの席では父の趣味であった水墨画を数点並べさせていただいた。(写真は89歳で描いた遺作)

人生最後の3年間は病院と施設での生活になってしまったが、頭はすこぶるしっかりしており大往生と言っても良いと思った。

 

皆様のおかげで本当に良いお葬式ができたと感謝である。

 

翌日午前9時お寺さんへ挨拶に行く。その足で市役所へ。

全く目まぐるしい1週間だった。

父を新たな視点で見ることができたのが自分で驚きだった。