初めて坐禅に行ってきました

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こんにちは、西山美紀です。

 

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(写真は、8月に撮った、子どもたちの夏の戦利品。もう絞んじゃいました。夏もあっという間でしたね…)

 

先日、坐禅に行ってきました。生まれて初めての体験です。

 

いつかやってみたい…と思いながら、ついつい先延ばしにしちゃっていて。

 

ふと「やりたいときに、やっておかないでどうする!」と思い立って、一人で行ってきました。

 

 

サラリーマンの男性、おじさま、おばさまなど、たくさんの方が集まっていました。

 

こんなに坐禅をやっている方、たくさんいるのね…。

 

 

最初にやり方をとても丁寧に教えていただけるので、初めても大丈夫。


一番気になっていたのが「心を無にするって(?)、すごく難しそう…」ということだったのですが、とてもいいヒントをいただきました。

 

「『お腹が空いたな』と思うのは、人間だから当たり前。

 

でもそこで、『じゃあ何を食べようかな』などと、思考をつなげていかないことが大切です。


ただ『お腹が空いたな』と、そこで思考を止めるのです」とのこと。

 

 

そういうことか。

 

 

“思考を止める”ということ。

 

普段自分がやっていることとは、正反対です。

 

仕事上、さまざまな事柄を頭のなかでつなげてつなげて、考えて考えて、関係ないことまでくっつけて増幅させて、アイデアがわいて、原稿の素ができていく。

 

それを文章にする際には、思考をつなげてつなげて、ここは違う言葉がいい、こういう言葉を使うとこういう人を傷つけるのではないか、以前はこんな言葉を使ったら結果こうだった、こういう表現がよいのではないか、などと思考を絶え間なく張り巡らせていきます。

 

ところが、坐禅では、思考つなげずに、感じたら一度置くようなイメージかな。

 

 

果たして自分にできるだろうか、と興味がわいてきました。

 

 

「お腹が空いたな」「足がしびれたな」などと、「ただそれだけを感じる」ことが大切なのだそう。

 

例えばヨガで「自分の呼吸を感じる」「身体の温かみを感じる」などということはやったことがありますが、ヨガは体を動かすけれど、坐禅は止まったまま。

 

 

身体も気持ちもぴたっと止めることができるだろうか…と、少しびくびくしつつ、はじまりです。

 

はじまる少し前、隣のおじさんが、ものすごくゴソゴソと大きく激しく動く人でした。

 

「坐禅が始まってもこんなに動いていたら、私、きっと気になるんじゃないか…そこを果たしてこらえられるか」

 

などと、申し訳ないことに思ってしまいました。

 

ところが、いざはじめてみたら、そのおじさんは別人ようにピタッと止まって、微動だにしません。(視界に入っているので何となくわかる)。


この変わりよう、すごい・・・。


一方で私は・・・何かしら動いてしまうし、肝心の“思考”はぐるぐるとめぐるばかり。

 

 

もうすぐ、娘のバレエの発表会なのですが、その音楽がぐるぐると頭の中で回り、止まりません。

 

思わず、体まで動かしてしまいそうです(発表会で踊るのはむすめ)。

 

そうではなくて、「あ、バレエの音楽だな」と、思考を止められるとよいのですが、

 

「バレエ大丈夫かな」「発表会が終わったら、バレエを週2でやりたいかも、なんて言い出しているけどどうしようかな」「さてどうしよう…」「プールの方が好きそうだから、そんなに習い事は増やせない」

 

などと、連動ゲームのように思考が動いていくのが、よくわかります。

 

いつものクセですからね…。

 

「むすめだけじゃなくて、お兄ちゃんの習い事は…」「学校の勉強は…」「他の子はこれができているけど、うちの子はできる気配が…」「私の言い方が悪いのか、それともこれはDNAか…」などと、どんどん悩みモードに…。

 

 

いけないいけない。

 

我に返り、「それはそれ。今は今」と、再び、ぼーっと前方(斜め45度下)を見つめつづけます。

 

 

そして足がしびれはじめました。

 

ここで、「しびれたな」と思えばいいんですよ。本当は。

 

ですが、「しびれた場合、どうすればよいか聞いておけばよかった」「しびれて、組んでいる足を崩す人はいるんだろうか」「しびれすぎると、いったいどうなっちゃうんだろうか」「足のしびれは、どこまでいったら限界か」「加圧トレーニングを普段やっているけど、それに確か近いんだったんだよな」などと、またまた思考が止まりません。

 

 

いけないいけない。

 

「足がしびれた」、ただそれだけ。

 

 

と思いなおします。

 

そうやって、40分。

 

ものすごく長い時間のような、あっという間のような。

 

 

他のみなさんがいるのかいないのかわからないほど静まり返っていて、こんなに思考を巡らせてしまっているのは私くらいなんじゃないかなと思いました。

 

 

初めての体験でしたが、自分のこととひたすら向き合い、「思考をつなげない」「ただそのことだけを受け入れる」ことを繰り返したことは、素晴らしい体験でした。

 

 

悩みは、思考をむやみにつなげることで増幅してしまうのではないか。

 

 

たった一つの悩みだったはずなのに、勝手に思考をつなげて「そういえば昔もそうだった」「このケースでもそうじゃないか」「ということはこんなに大問題なのでは?」などと、悩みを膨らませていくのは、何を隠そう、自分自身の気持ちなんじゃないか、と。

 


 

特に私は最近、子育てで悩み始めていたので(仕事は自分でがんばればなんとかなることもあるけれど、子どもは自分の思うようにいくわけがなく)

 

少し、ヒントをいただいたような気がしました。

 
 

 ありがたい坐禅体験でした。

 

また、行ってみたいと思います!