5月29日、東京上空をブルーインパルスが航過飛行しました。

 観ていた人々(特にナマで見た人)の多くが感激・感動し、医療従事者でなくても勇気をもらったことでしょう。 「久しぶりに空を見上げた!」という人も、実際にはいつも見ているのだろうが、意識的に空を見上げたのは久しぶりと云うことで、下を向いていた心を上に向けることができたことでしょう。

 さて、標題の件ですが、この取り組みに批判的な考えも報道されています。その金で何とかかんとか・・・と。しかし、そうしてしまうと、5月29日の感動は誰一人得られないことになります。

 

 音楽も同様で、人々の心の健康を担っています。ウチの定期演奏会では少々入場料をいただいておりますが、それは演奏会への価値付けや経費負担ということであり、実際に演奏会にいらした方々からは、それが高額だとかボッタクリだとかいうご批判は頂いたことがありませんので、ご理解いただけていると考えています。それ以上に、「明日からのエネルギーをもらった」「心洗われた」などという温かい励ましの言葉を多く頂戴しております。

 

 ブルーインパルスを飛ばさないで何かの費用に充てるのか、飛ばして多くの人々に心の栄養を補給するのか、金銭で測れるものではないのです。

 

 それにしても、今回の飛行ルート、東京23区のうち中野と杉並を除く21区の上空を網羅しているように見える。大臣支持らしいが、大臣が飛行プランを作るわけでもあるまい。便数が激減していたとはいえ、羽田の発着空域を考えると、絶妙のルートです。実際のプランナー、恐るべし!

 

 例年5月3日に定期演奏会を開催しているので、現役はもちろん、その家族やOBOGも、今日家にいることが何だか不自然な感じがするようです。今年は卒団を迎える団員がいなかったのですが、小学校合唱部の旧6年生のことが心残りです。

 

★備忘録も兼ねて、これまでの流れを整理してみたい。(くだらないと思ったら読み飛ばしてください)

2月上旬

・演奏会のための印刷物発注・納品

2月23日(日)

・演奏会のご案内、一部発送

2月26日(水)

・3月末まで学校施設が使用できなくなるという情報を非公式ながら入手

2月27日(木)

・練習で小学校が使えなくなるので、今後の事は別途連絡として、練習場(音楽室)から必要な楽譜など一切合切持ち帰る。

・首相より学校臨時休業の要請

2月28日(金)

・学校休業になるため、小学校合唱部が練習できなくなることが確定。

2月29日(土)~3月1日(日)

・3月後半の練習場を確保(この時点では「感染拡大防止に重要な2週間」であった)

3月15日(日)

・練習再開

3月20日頃

・演奏会を安全に開催する方法を検討する。(健康状態の確認、年齢制限、座席配置の分散

・予約していたスタジオから、“合唱お断り”でキャンセル。

3月25日(水)

・都知事会見を受け、予約していた区民施設の使用中止の連絡

3月26日(木)

・学校使用停止の延長により、定期演奏会中止の判断、練習等活動もしばらく停止

4月7日(火)

・緊急事態宣言

4月8日(水)

・第一生命ホールから使用取消し・返金についての書簡受領

4月29日(水)

・テレワーク演奏の方法が解ったので、取り組んでみる。

5月3日(日)

・テレワーク演奏2曲のネット公開

 こうして整理してみると、事態に対処するための手を打つが効果がないので、更に強硬な手を打つことの繰り返し。旧日本軍が失敗した「戦力の逐次投入」に似ている気がするし、そもそも「緊急事態宣言」を予告することは謎である。

 合唱団では「事態が変わる毎に方法を考えては潰されて」の繰り返しであった。また、これまでにかかった演奏会のための費用は約8万円(印刷費・郵送費・ぴあ委託料など)を計上した。招待カードは裏紙にできるが、厚くて枚数も多い・・・

 

さて、これから・・・

 現在の事態が収束しなければ何もできないのであろうが、何よりも心配なのは「合唱が悪者」にならないかどうかだ。合唱という活動は、いわゆる『3密』のすべてに該当してしまう。聴き合って声を出すためには、響きのある室内で分散せずにやらなければならない。本日アップしたテレワーク演奏は、イヤホンを付けて一人で歌っている音声データを重ねたものなので、ヘナチョコな演奏になりました。そもそも、一人で歌うこととみんなで歌うことは違う技能と精神が必要なのです。

 当初は『3つの密が重ならない』が目標だったと記憶しているが、いつの間にか一つでもダメな風潮に変わってきている。実際に岐阜県の合唱団でクラスターが発生しているが、これは平均年齢が高い集団である。子供の合唱団場合には呼吸器官を丈夫にする効果があり、新型コロナに関する限り若い世代の感染が極めて少ない現状もある。よって、収束後に社会活動が再開されたら、それほど神経質にならずに合唱活動をはじめてもよいと思う。心配ならば、練習前後や合間で手洗い・うがい・消毒・換気などを行えばよいのではないだろうか。それでも、風評による観客減は免れないだろうな。

 

学校9月新学期説を現実的に考えると・・・

 ・卒業式、入学式は灼熱の体育館で実施? 校長以下クールビズ服装で登場! 卒業式で制服の第二ボタンをもらうイベントも消滅。

 ・寒冷地の学校では、運動会・文化祭・地域関係の行事が6~10月前半に集中して開催するため、そこに高校入試も含めた年度替りの行事が入ることになる。

 勢い(何だか聞いたことがない外国語を使っている知事がいましたね)で変革もよいが、極論を言えば「運動会をやらない」くらいのダイナミックな覚悟が必要になってきます。

 もし、9月新学期になったら合唱団の年間スケジュールはどうすればよいのだろうか? GWは受験シーズン直前? 単純に5ヵ月後ろ送りにしたところで、10月前半頃に鉄板で開催できる日などないだろう。5月3日がよいのは、新年度のドタバタから一段落する時期にあり、その日に行事を入れる学校が皆無であることです。演奏会のための会場予約は1年~1年半前に決めるのだが、学校の行事は2月頃になってから平気で土日行事を突っ込んでくる。でもGWは、よほどのことがない限り休みになるのである。

 

今年度の活動

・未定、、、

・来年の定期演奏会は、同じく5月3日・第一生命ホール予約済みです。

 

 

「緑のキップ」は、あるメロディが全曲を通して何度か現れます。勝手に「海のテーマ」と名付けています。

 

まず、第1曲の最後の部分で、主人公の少年が海に出会ったときに合唱とピアノで演奏される。ピアノは波を表している。

続いて第2曲の前奏・間奏で登場し、最終の第7曲の前奏で使われ、最後はこの第7曲の終盤で奏でられます。

調性はどうだろうか? まず、F-dur、中間の3回はD-dur、そして最後にF-durです。

 

ピアニストの立場で考えてみると・・・

最も魂が入るのは最後です。、コーラスが背景となって重なり、音楽的な主役はあくまでもピアノ。しかしコーラスには歌詞があり物語を進めていく。決して大音量で盛り上がる派手な場面ではないが、しっとりと心の中の描写と海の情景を表現している。この8小節が、一番の泣かせどころだと思う。

 

この「海のテーマ」の存在に気がついたのは、初演から15年ほど経ってからだ。自分は現役団員当時にこの曲をやっておらず、ピアニストになってからも演奏機会は皆無、昔のレコードでたまに聞くくらいだった。一応音楽大学らしいところを卒業して、楽曲の構成だとか何だとかがわかるようになった頃、この曲はCD化された。そこで聴いてみたらわかったのである。

 

さて、定期演奏会のプログラムには「緑のキップ」の歌詞を掲載しています。

どうか、この部分は、“読む”のではなく、“聴く”時間にしていただきたいと願います。

音楽の演奏にはそれなりの道具が必要で、それは主に楽器である。

最も安い物は何だろうか? 学校で使うリコーダーで千円台だ。木製には及ばないが、そこそこ安定していい音が出る。

最も高い物は弦楽器である(ピンキリだが)。オーケストラ全員分の楽器代は億単位になるらしい。

声楽家は道具がいらないが、楽器奏者よりも衣装代がかかりそうだ。

指揮者の道具は指揮棒だが、これは高くても数千円で、なければ素手でやればよい。

素材は、木・グラスファイバー・カーボンなど、軽量で丈夫なことが求められる。

私は合唱団用に、ムラマツK16という650円の木製指揮棒をカスタムして使っている。最初の頃はいろいろ試してみたが、前述の物が一番しっくりくるのだ。随分前にまとめて何本か買ったが、譜面台に引っかけて折れたり、どこかの現場に置き去りにしたり、経年劣化したりと、その数が減ってきた。買い増ししようと楽器店に行ったら、何と生産中止という宣告を受けた。残りの2本、大切に使わねば・・・

 

緑のキップの舞台となる、特急「しおさい3号」に乗ってみました。

楽曲が発表されたのは1980年。当時は183系だったが、現在はE255系で運行されています。

 

曲と同じ、4号車7番D席を求め券売機へ・・・何とグリーン車ではないか。

記憶が正しければ、千マリの183系9連のグリーン車は2号車だったはずです。調査不足というか、鉄分不足とでもいうべきか・・・

しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかず、銚子まで片道購入です。おかげで静かな車内を過ごすことができました。

 

自分が小学生のとき、同じように一人で電車に乗って旅に出たことがありました。それも183系に乗り(千葉とは反対方向でしたが)、出迎えに来たおばさんが改札口で手を振り迎えてくれて、そして駅からバスに乗る。行き先が違うだけで、この合唱曲の主人公と同じような体験をした記憶がよみがえってきました。違うことは、旅のお伴に缶ビールがあることです。

 

さて、乗ってみた所感ですが、

1.Moderato ~ molto accer. ~ Vivace ~ poco a poco rit.

先行の快速電車を市川で追い抜くまでは、「これ、本当に特急?」というくらい結構ゆっくり走ります。しかし、その後は全速力で千葉へ向かいます。千葉から先は、佐倉まで早いのですが、だんだん速力が落ちていきました。後で調べると、区間の最高速度も段階的に下がっていました。

 

2.山川啓介氏が見た景色と違うのだろうなぁ・・・

特に駅の周辺を中心に、築40年に満たないであろう住宅がたくさんあります。約40年前に山川啓介氏が見た景色は、もっともっとのどかな風景だったのだろうと、勝手に想像する。

 

3.八日市場で降りようか迷う

曲は八日市場で降りることになっています。降りるべきか迷うのですが、無計画な旅が故に、その先が“路線バス乗り継ぎの旅”のようになってしまったらどうしようという、どうでもよい不安に苛まれ、また、せっかくここまで来たのだから終点まで行ってみようと乗り鉄根性が出てきて、終点まで乗ってしましました。これも後日調べですが、八日市場からバスに揺られて海までというのはハードル高そうでした。

 

というわけで、久しぶりの鉄道旅を過ごしたのでありました。

紀行モノは帰り道を描写しないのがセオリーなので、銚子からどうやって帰ってきたかは割愛します。

 

2018定期演奏会の見どころ・聴きどころを少しずつですがアップしていこうと考えています。

 

こどものための旅のうた「緑のキップ」(山川啓介 作詞・南 安雄 作曲)

まず、クリエーターの名前を見てみれば、作詞は歌謡曲等の大御所、作曲は放送音楽の第一人者、そしてチコタンの作曲者です。残念ながらお二人とも故人です。合唱に詳しくない人からしたら、この二人のコンビで児童合唱曲が作られていたことは知らないのも無理ないのではないかと思います。

 

作品は合唱組曲としては珍しいロードムービー型になっています。夏休みの一人旅に少年が出発するところからはじまり、旅先(千葉県九十九里の海辺)での様々な出来事が綴られていきます。

ロードムービー型は映画に限らずドラマでも小節でも、「帰り道を描かない」ことが多いものです。高倉健主演の「海へ~See you~」は、パリ・ダカールラリーを舞台にしていますが、ダカールからの帰り道は描かれていませんし、旅モノのドラマも、帰り道の入口で終わることが多いようです。逆に「幸福の黄色いハンカチ」においては、帰り道が舞台と考えられます。

さて、「緑のキップ」はどのように終わるのでしょうか?

 

この組曲は、西六郷少年少女合唱団25周年記念委嘱作品(1980年)です。この38年間に、世の中の時間進行も早くなってきました。

例えば、当時のドラマは1年間かけて放映されていましたが、最近では概ね3ヶ月クールで話を完結させることが多くなっています。1982年制作の「スチュワーデス物語」をいま視聴すると、何とも時間進行が遅く感じることを禁じ得ません。ですから、もしかしたらこの組曲も、ちょっとモタモタした進行に感じてしまうことがあるかも知れません。そこを演奏力で何とかカバーしたいと練習に励んでいます。

 

楽曲に、L特急しおさい号が登場します。写真は1981年(だと思う)、東京駅の地下ホームで私が撮影したものです。よくネガが残っていたものです。写っている183系も廃止されてしまいましたが、当時の特急列車の加速を演奏で再現できるよう研究中です。

2月19日に、大田区・六郷特別出張所というところで演奏します。

これまで、全国各地で演奏をさせていただきましたが、おそらく合唱団の歴史上、初となる「雑色」での演奏です。

 

さて、みなさん、「雑色」読めますか?

京浜急行(私はケイキューと呼ぶのは好きじゃない)本線にある駅で、普通しか止まりません。品川から来ると空港方面にはバンバン列車があり、そして川崎から先も本数多く、雑色と六郷土手の2駅は狭間にあり、何となく見捨てられた感があります。

 

今回は、大田区制70周年記念事業の一環として行われる一日がかりのイベントの一部ですが、実行委員長が西六郷二丁目町会長で、真っ先に合唱団に演奏の打診がありました。何ともりがたいことです。

 

そして、町の掲示板に貼りりだされているポスターは、「あの、西六郷・・・」になっています。
ついに「あの」が付きました! 

 

演奏は10時20分から30分ほどです。(チラシ等にある10時00分からは開会式が行われ、引き続き演奏になります)

 

会場はホールではないのであまり広くありませんが、みなさまのご来場をお待ち申し上げます。

 

「久しぶりのブログになりました」が定型句のようになってしまい、恐縮です。

 

 アンサンブル“タンポポ”と聞いてわかる人は、西六の古いファンか、西六マニアか、あるいは関係者です。

 どこかの楽団でも何でもなく、楽器の得意な団員とOB数名が合唱の伴奏をやっていたもので、アンサンブル“ポンポコポン”とも言われたり。編成はアコーディオン・ピアノ・グロッケン・バスマスター・打楽器(SD、シンバル、タンバリンが中心)が基本で、たまにメロディオンや木琴系あくまでも合唱を邪魔せず華やかにする。言うなればラーメンが五目ラーメンになるようなものでしょうか。1970年代の後半から1999年まで、主に定期演奏会の第1ステージ(小学校合唱部との合同)が出番でした。近年では演奏に取り入れていないのですが、多くの録音物が配信されています。

 アコーディオンは吉田雅博氏でほぼ固定でしたが、1990年代になって私がピアノ担当になると、ピアノとアコーディオンの楽譜はあってないようなもので、2人でアドリブでした。というより、この両名とも楽譜通りに演奏することが我慢できない質なのであります。アコが前、ピアノが後の配置なので、ピアノの私はアコの動きをみながら弾くわけです。「次やるな」と思えばピアノは一歩引き、逆の様子が見られればピアノが前に出てといった感じです。まさに職人芸の世界で、こればかりは人に教えようがないですね。 毎年演奏していた「花のまわりで」は、一応楽譜はあるのですが、毎年のように違う演奏を繰り広げています。あれだけ好き勝手にやって指揮者には何も言われない。信頼なのか放任なのか・・・

 

 さて、22日に「花のまわりで」のアコーディオンをやることになりました。他の楽器はピアノだけなので一工夫必要です。関係者以外非公開なので、皆さんにお聴き頂けないのが残念です。

 

実に久しぶりの投稿になってしましました。

下書きは何本か書いていたのですが・・・


さて、2016定期演奏会を開催します。

みなさまのご来場をお待ち申し上げます。





60周年記念2015定期演奏会には、全国各地から多くの皆様にご来場いただきありがとうございました。



さて、一週間経って振り返ると・・・・・・


演奏は、ちょっとちぐはぐな面がありました。

やはり、現代合唱曲はピアノが重要なファクターです。

練習回数が少し足りなかったか。いや、いつもと同じ回数なんだけどな。

ピアノ合わせの練習は、全体の終盤でやってきます。指揮者は合唱とピアノ、つまり音を出す人たちの整理をして歩み寄らせ、お互いのよいところを引き出す構成を造っていくのですが、、、

今回は歩み寄り過ぎて越えてしまった感があります。


いつもそうですが、演奏会は「上手い」ことは目指していないので、全体的にはまずまずな会だったのではないかと思います。OBOGもきちんと練習をして参加できたし、周年記念という思い出を現役の団員・部員が得られたことであろう。


60周年といっても、実際には一年一年の積み重ねです。

目指すのは70周年ではなく、来年の春です!