夜の森は今日も靜寂と息吹きが混じりあい、より深く濃くなつていくやうでした。
そこに暮らすふたりにとつて夜の森は彼らの世界でした。
夕暮れから夜明けまでふたりは狩りをして語り合つてゐました。
狩りの後、トマーゾとヨハンはいつものやうに話しをしてゐます。
トマーゾは小さなネズミを一匹くはへてヨハンに差し出します。
「今日はダメだつたんだろ」
「くそっ、四度も失敗しちまつた」ヨハンは地團駄を踏んで悔しさうです。
「まあ、そんな日もあるさ」トマーゾが慰めます。
「なんかいつも惡いな。もらつてばかりで」少ししょげたヨハンが言ひます。
「困つた時はお互ひさまさ。ボクたちはともだちだろ。なに、その毛が生え變はるまでの辛抱さ」
「さうかなぁ、なんか腕が鈍つたやうな氣がして落ち込むよ」ヨハンはすつかりと意氣銷沈してゐました。
「なんなら手傳はうか?」トマーゾが言ひました。
「手傳ふって何をさ?」ヨハンが訊き返します。
「狩りの手傳ひだよ」
「狩りの?」
「さうさ、考へてみたんだよ。ボクが空から獲物を追ひ立てるから、君は待ち伏せをするんだ」
「そんなにうまくいくもんかなぁ」ヨハンは自信なさげにつぶやきました。
「うまくいくよ。ともかくやつてみようよ」トマーゾは嘴をキュッと歪めて笑つてゐます。
「さうだな、明日はそれでやつてみよう。うまくいつたら獲物は山分けだな」ヨハンもその氣になつたやうです。
それからふたりは夜明けまで念入りに打ち合はせをしてから、それぞれのねぐらへと歸りました。
陽が傾く夕暮れの頃、トマーゾの鳴き聲が森に響きます。
トマーゾの目は夜の闇も見通せます。
早速獲物を見つけました。
大物のヤブノウサギが野草を忙しさうに食べてゐます。
トマーゾは驚かすやうに鳴き聲をあげ、脅すために音を立てて羽ばたきを繰り返しました。
ヤブノウサギがビクッとしてトマーゾを見つけるとタカと勘違ひしたのか金切り聲をあげ、一目散に逃げ始めます。
トマーゾは少し先回りをしてヤブノウサギをヨハンの隱れてゐる茂みへと追ひ立てます。
どんどんとヤブノウサギはヨハンの元へと近づいていきます。
急に鳴き聲と羽音が聞こえなくなるとヤブノウサギは立ち止まつて振り返りました。
その時、茂みからヨハンが飛びかかり暴れるヤブノウサギの首に噛みつきました。
ピクピクと震へていたヤブノウサギが動かなくなると、ヨハンの側にトマーゾが降り立ちました。
「うまくいつたね」
「あーすごいぞ、こんな大きなのは久しぶりだ」ヨハンはすつかり昂奮してゐます。
「これからは、ひもじい思ひをしなくてもすみさうだね」トマーゾも嬉しさうです。
「ああ、トマーゾ、オマエは大したヤツだよ。ありがたう」
「さあ食べなよ。ボクはもう蟲を食べて、そんなにたくさんはいらないからさ。遠慮なく」
「さうかい、でも山分けの約束だから、トマーゾが食べ殘したらそれをもらふよ」
ふたりの晚餐が始まりました。
滿腹になつたふたりは、いつものやうに話し始めました。
「この森はやつぱり、フクロウのゴロスケじいさんの言つてた、ゆーとぴあなんだなあ」
「オレは赤キツネのをばさんに、ぽうたらかって聞いたぜ」
「どつちにしろ、いいところだよ。ここにゐれば暢氣に暮らせるよ」
「さうだな、名前なんてどうでもいいや。でもトマーゾには感謝してるよ」
「まあ、そんなにかしこまらなくてもいいさ。これからも助け合つていかうよ」
「ああ、トマーゾ、オマエって本當にいいヤツなんだな」
「それはヨハンがいいヤツだからだよ」
この森の闇の中に、語り合ふふたりのやさしさが溶け込んでいくやうでした。
森が語り繼ぐ物語りは、ふたりと共にこれからも紡がれていくのでせうか。
