再会 柒 − あやめなりはひ − | 永劫回帰

永劫回帰

価値なき存在



 檜隈は部屋に残されたロッカーや机などを使って積まれた段ボール箱の後ろに遮蔽壁を作り、グロック17cを扉に向けて構えた。


 宇佐木は扉を内側へ全開にし金具で固定した。

扉の内側に立ち開け放した出入り口から顔を出すと左側にある階段を確認する。

宇佐木の耳に工作員達の静かな足音が聴こえた。


 部屋に顔を戻すと宇佐木は檜隈に頷いた。

檜隈が肘をロッカーに立て扉に拳銃で狙いを着ける。


 宇佐木の聴力は廊下と階段へと集中した。

工作員達の気配を全身で感じ取っていた。


 宇佐木が肩の辺りへ右手を上げハンドサインてカウントダウンを始める。

宇佐木の指数字の合図に合わせたかの様に、扉の左側中央からスタングレネードを握った黒い左手が現れた。


 その瞬間に檜隈は拳銃の引鉄を絞った。

サプレッサーを通した鈍い銃声と同時にスタングレネードを持った手が廊下へ反り返り、悲鳴と怒号が響きスタングレネードが炸裂した。


 檜隈は射撃後直ぐに即席の遮蔽壁の後ろに耳を押さえて隠れた。

宇佐木はスタングレネードの炸裂と同時に刺殺用ナイフを手に廊下へと出る。


 悲鳴と叫びが混じる格闘の音が数秒で静寂へと変わった。


 檜隈は立ち上がると拳銃を構え、ゆっくりと警戒しながら扉へと近付いた。


 意を決っして廊下へと飛び出した檜隈の眼に八人の工作員の転がった死体が映った。

中には未だ痙攣している者もいたが、死ぬのは時間の問題だろう。

八人は喉や脇腹等から大量に出血していたが、彼等の中央に左手にナイフを持って立つ宇佐木は全く返り血を浴びていなかった。


 「耳は大丈夫なのか?」檜隈が左手で自分の左耳を指差して宇佐木に訊いた。


 「ええ、大丈夫です。聴覚を遮断していましたから」宇佐木は普通に返事をする。


 「あんたには驚かされてばかりだな」檜隈は自分を納得させる様に頷いた。


 「四人足りませんね」宇佐木が工作員の一人から自動小銃を取り上げながら言う。


 「ああ、下で待機しているんだろう」


 「では残りを始末しに行きましょう」宇佐木の言葉に檜隈も自動小銃を拾い上げ、工作員の血の付いていないタクティカルベストをはぎ取ると身に着けた。




 宇佐木と檜隈の二人は自動小銃を構え周囲を警戒しながら階段を降りていた。


 「銃を扱えるのか?」檜隈は周囲に眼を配りながら宇佐木に訊いた。


 「ええ、動画サイトで見ました」宇佐木も階下を確認し降りながら答えた。


 「冗談だろ?」檜隈は呆れ気味に言う。


 「いえ、実銃を撃つ動画でしたから基本操作は一通り記憶しています」宇佐木はいつもの口調だった。


檜隈は返す言葉もなく頭を振った。




 廃ビルの出入り口を入って直ぐの階段の両壁に一人づつ工作員が立ち階上の様子を窺っていた。


 出入り口の外にも二人がグレネード付きの自動小銃を持ち壁際に立っていた。


 「mueos-eul jujeohagoissda?(何をぐずぐずしている?)」右側のリーダーらしき男が呟く。


 「yeogieneun issji anh-euljido moleubnida(ここにはいないのかもしれません)」左側の男が応える。


その時階段をスタングレネードが二個転がり落ちて来て炸裂した。


 階段の両壁の二人が無力化され、外の二人が驚き自動小銃を構えて出入り口に軀を向けた時、背後に二階から飛び降りた宇佐木が音もなく立った。


 二人が気配に気付いて振り向くより早く、宇佐木の自動小銃が連続的に火を噴き二人を薙ぎ倒した。

即死した二人に見向きもせず宇佐木は出入り口を入り、反撃しようとしていた階段脇の二人も射殺する。


 檜隈が自動小銃を構え警戒しながら階段を降りて来た。


 「大丈夫か?」宇佐木に訊く。


 「僕は問題ありません」宇佐木は至って平静だった。




 檜隈は藻蔵に連絡をすると、宇佐木と死体をビルの中に運び込み、二台の車両を廃工場内へと移動させた。



 「後始末はどうする?小呂知のオッサンを呼ぶか?」檜隈は携帯電話を取り出す。


 「いえ、連中の仲間に任せましょう。彼等も自分達の行動を公にしたくないでしょうから」宇佐木はそう言いながら携帯電話を取り出し発信する。


 スピーカーに切り替え檜隈にも聞こえるようにすると田貫が出た。


 「何かわかりましたか?」宇佐木が問う。


 「祢津実さん達が目的の物を見つけましたよ。メモリースティックなんだけどね、パスワードがかかってて開けないそうですよ」田貫が眠た気にボソボソと答えた。


 「そうですか。連中は主体人民共和国の人民軍偵察総局です。こちらは殲滅しましたが、これで諦めるとは思えません。彼等の活動については阿蛭さんが詳しいと思います。これから阿蛭さんの所へ向かいます」宇佐木は端的に言う。


 「わかりましたよ。祢津実さんも阿蛭さんとこへ行かせますよ。あとね、必要な物があったら木常さんとこで手に入れてくれたらいいですからね。じゃあ後の事はよろしく頼みましたよ」田貫はもう就寝の時間だと言うように欠伸をして電話を切った。


 「その目的の物って何だ?」檜隈が訝し気に宇佐木に訊く。


 「秘密資金です。詳しくは車の中でお話しします」宇佐木が答えた時、藻蔵のタクシーが敷地に入って来た。




 藻蔵のタクシーが走り始めると宇佐木は今回の出来事のあらましを話し始めた。


 「北の狙いは反主体統一戦線の秘密資金です」


 「北の反政府組織と俺達に何の関係がある?」檜隈が訊く。


「僕ではなかったんです。僕としたことが迂闊でした。狙いは中山実生です。それを勘違いしてしまった」宇佐木の声は感情がこもっていない。


 「中山実生?誰だそれは?」檜隈の知らない仕事だった。


 「以前、彼女の両親と祖母を始末しました。ですが今回の件とは関係ありません。中山実生の父である中山実は反主体統一戦線の秘密資金の管理を任されていた土台人です。恐らく祖母実早の代からの違法な帰化人でしょう」


 「北の連中は漸くその事を突き止めたが、金庫番が死んじまったんで娘に狙いを付けたってことか」檜隈にも話しの筋が見えて来たようだ。


 「恐らくそうでしょう。連中は僕達を反政府組織の人間だと思っています」


 「でどうする?一文にもならない仕事にもう命は掛けられないぜ」檜隈がボヤいた。


 「心配ありません。秘密資金の鍵は祢津実さんが回収したようですから。それを確認したら反政府組織の指導者アン・ジュヒョクと話しをしましょう。今回の経費と手数料は払ってもらいます」宇佐木の頭の中には今後の計画が既に出来上がっているようだった。





つづく