げたにれの “日日是言語学”

やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。


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   パンダ こちらは 「後編」 のアタマでござります。 「前編」 のアタマは↓

        http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10222866714.html






  【 「ダルビッシュ」 とはどういう意味か 】



〓ダルビッシュ投手のお父さんは、先ほど申し上げたとおり、イラン人ですね。ドラフト当時 (2004年12月) のスポニチの紹介は次のとおり。



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抜群の運動神経は親譲りだ。イラン人の父ファルサさん(41)は米国留学していた大学時代、フロリダ州の代表メンバーに選ばれたこともある元サッカー選手。


日本文化が好きで22歳で来日して英会話学校で働き、現在は永住権も取得している。イランといえば、97年のサッカーW杯フランス大会アジア最終予選で日本と代表の座を争ったライバル国。


母国では野球はなじみがないが、テレビのプロ野球中継が大好きだったダルビッシュ少年に野球を勧め、少年野球チーム 「ブラックイーグルス」 を探したのも父だった。
────────────────────



〓ネットでは、ダルビッシュ投手のお父さんの名前は、判で押したように 「ファルサ」 さんになっていますが、本来は 「ファルザード」 です。あるいは、ご本人が、略称として 「ファルサ」 を名乗っているのかもしれません。
〓お父さんの名前をペルシャ語でキチンと書いてみましょう。


   فرزاد درويش صفت Farzād Darvīsh Sefat
       [ ファル ' ザード ダル ' ヴィーシュ セ ' ファット ] 「ファルザード・ダルヴィーシュ・セファット」



〓「ファルザード」 が名前で、「ダルヴィーシュ・セファット」 が姓です。


فرزاد Farzād 「ファルザード」 は、純ペルシャ語の名前で 「高貴な家系の」 という意味だとされています。似たような名前には、Farzām, Farzān, Farzad, Farzand, Farsā, Farsād, Farshād があり、すべて別の名前です。


〓姓のほうは2語から成っているように見えますが、そうではありませんで、Darvīsh Sefat 「ダルヴィーシュ・セファット」 で1語です。その意味は、おいおい説明いたしやしょう。



               野球               野球              野球



〓イランは、パフラヴィー朝の創始者、レザー・シャー・パフラヴィーの治世の1930年代に、アラブ式の名乗りを改め、西欧式の 「名-姓」 から成る名前の制度を導入しました。
〓同じく、トルコが姓を採り入れたのが1934年。世界が激動するなかで、できるだけ早く国家を西洋化・近代化しようとしたイスラーム諸国のようすが見てとれます。


〓旧来の 「アラブ式の名乗り」 がどのようなものであったかは、既出の “アラビアのロレンス” の項を参照してくださいましな。


〓お父さんの姓が 「ダルヴィーシュ・セファット」 であることからわかるように、ダルビッシュ投手の本来のイラン姓も 「ダルヴィーシュ・セファット」 でした。長過ぎるので、「ダルビッシュ」 と名乗っているのでしょう。



〓ドラフト当時、ダルビッシュ有 投手は、日本とイランの両方の国籍を持っていました。日本では、子どものうちは二重国籍が許されますが、22歳になるまでに国籍を選択しなければなりません。入団当時は、まだ、どちらの国籍を取るか、決めていなかったそうです。
〓ダルビッシュ投手の場合は、2008年の誕生日 (8月16日) が期限でした。けっきょく、彼は、2007年の10月に日本国籍を選択しています。翌2008年の誕生日がちょうど北京オリンピックの期間に入ること、そして、サエコさんと婚約したことが契機だったんでしょう。


〓ダルビッシュ投手の現在の戸籍上の名前は、アッシは存じ上げませんが、もとのペルシャ語のフルネーム (イラン名) は、


   على فريد درويش صفت Alī Farīd Darvīsh Sefat
        [ ア ' りー ファ ' リード ダル ' ヴィーシュ セ ' ファット ]
        「アリー・ファリード・ダルヴィーシュ・セファット」


ではないか、と思います。あるいは、名前の順序は 「ファリード・アリー・~」 かもしれません。イラン限定で Google 検索をおこなうと、名前のタイプとしては 「アリー・ファリード」 のほうがダンゼン多いようです。


Wikipedia によれば、この名前を日本風に名乗る場合は、順序を変えて、


   ダルビッシュセファット・ファリード・有


としていたようです。

「ダルビッシュセファット」 とはしないで、「ダルビッシュセファット」 としていますね。あとで書きますが、この、わずか、“ひとつの中黒 (・)” が意外に重要です。


〓この名前には、イラン人としても、日本人としても、通用するように、名前に 「チョットしたシカケ」 がしてあります。ひとつ謎解きしてみやしょう。



               野球               野球               野球



Wikipedia では、「有」 という名前は、 “イスラム教のカリフ 「アリー・イブン・アビー=ターリブ」に因む” と書いてあります。つまり、


    「有=アリ」


というシャレですね。


〓実は、この Wikipedia の書き方だと、イスラーム文化にうといヒトには、ビミョーに間違ったニュアンスで伝わります。


   ダルビッシュ投手の 「有」 という名前が、“アリー” にちなむ、と言うより、
   イスラーム圏でもちいられる 「アリー」 という男子名すべてが、“アリー” にちなむ


のです。イスラーム圏では、「アリー」 という名前のヒトがゴマンといます。




〓さて、ダルビッシュ投手のペルシャ語名のどこまでが 「姓」 で、どこまでが 「名前」 かというと、


   ダルビッシュ・セファット = 2語で1つの姓
   アリ・ファリード = “1つに近い感じ” の2つの名前


です。






  【 「アリー・ファリード」 という名前 】



〓ダルビッシュ投手のペルシャ語名が 「アリー・ファリード」 2語で “1つに近い感じ” の名前とはどういうことでしょうか?


〓世界で唯一の 「シーア派イスラーム教国家」 であるイランでは、「シーア派の初代イマーム」 であるアリーが、ムハンマドと並ぶほどの尊敬を集めています。
〓そもそも、シーア派というのは、ムハンマドの後継者として、「アリー」 を推した人々の末裔であり、「シーア派」 の語源も 「アリーの派閥」 という表現から来ています。つまり、アラビア語で


   الشيعة علي ash-shīʻatu ʻAlī [ アッ ' シーァアトゥ ァア ' りー ] 「アリーの派閥」


という句の


   شيعة shīʻa [ ' シーァア ] 「党派、派閥」


      ※女性名詞・の語尾にあらわれる ة 「ター・マルブータ」 は、“結ばれたター” という意味で、
       ت 「ター」 という文字の女性語末形である。「アリーの派閥」 のような属格関係の句では、
       語末のター・マルブータの t があらわれて -tu となる。しかし、口語でこの単語を
       単独で発音するときは、ター・マルブータの t は落ちる。



という単語を抜き出して、「シーア派」 と呼んでいるわけです。なので、日本語の “派” は、実は 「冗語」 (じょうご) なんですね。「派閥派、党派派」 と言っていることになります。Mt. Fujiyama と言うのと同じですね。



〓ところで、シーア派イスラーム教国家 イランでは、とりわけ、アリーに対する尊敬の念が強いために、「アリー」 という名前の男性がたくさんいます。これは、日本語で言えば、「タロー」 という名前のヒトがたくさんいるようなもので、名前で呼び分けることができません。なので、


   「アリー・~」、「~・アリー」


というふうに、もう1つ名前がつくわけです。ダルビッシュ投手の名前もそのタイプですね。彼の名前につくのはこれです。


   فريد farīd [ ファ ' リード ] [ ペルシャ語 ← アラビア語 ]
          <形容詞> 唯一の、比類なき、唯一無二の。


〓つまり、「アリー・ファリード」 على فريد というぐあいに名前を並べると、


   「比類なきアリー」

         ※ただし、この意味の場合は、綴りは同じままで Alī-ye farīd と読む。


という 「シーア派初代イマーム、アリーを称える句」 になるんです。だから、2語で1つの名前、という感じなんですね。


〓ネットには、


   ダルビッシュ選手のミドルネーム 「ファリード」 はペルシャ語で 「栄光」 を意味する


という情報が多いんですが、ペルシャ語でも、アラビア語でも、farīd に 「栄光」 という意味はありません。ペルシャ語で 「栄光」 は、


   جلال jalāl [ ヂャ ' らーる ] 「栄光」。ペルシャ語 (←アラビア語)


と言います。





  【 「ダルヴィーシュ」 とは? 】



〓こんどは姓にとりかかりましょう。


〓「ダルヴィーシュ」 درويش というペルシャ語の単語には、次の意味があります。


   درويش darvīsh [ ダル ' ヴィーシュ ]

     <形容詞> 貧しい、貧乏な
     <名詞> 修行僧、托鉢僧 (たくはつそう)。


       ※ダリー語 (アフガニスタンのペルシャ語)、あるいは、少し古い時代のペルシャ語では
         darwēsh [ ダル ' ウェーシュ ] という発音です。なので、ネット上では、
         Darwesh, Darweesh, Darvesh, Darveesh などの語形もたくさん見つかります。



〓何ぢゃそりゃ? かお でがしょ……


〓ネットの情報をツラツラと見るに、 「ダルビッシュは “貧乏人” という意味」 という記述がママ並んでいるわけですが、あまり感心しません。


〓時と所が変われば物の考え方も価値観も変わる。古い時代のペルシャでは 「貧しい」 は必ずしも悪い意味じゃなかったようです。日本語にも 「清貧」 というコトバがある。


〓イスラーム圏では、預言者ムハンマドを賞賛の意味をこめた様々な別称で呼びますが、ペルシャ語では 「スルタンの心を持った貧者」 という言い方があるようです。


   درويش سلطان دل darvīsh-e soltān-del 「スルタンの心の貧者」
        [ ダル ' ヴィーシェ・ソルターン ' デる ]


〓「ボロは着てても心は錦」 みたいなことなんでしょう。もっとも、現代語ではあまり使わないようですが……

〓さらに、「ダルヴィーシュ=修行僧、托鉢僧」 には、さらに深い意味があります。






  【 「スーフィズム」 と 「ダルヴィーシュ」 】



〓9~10世紀、中世のイスラーム圏に 「イスラム神秘主義 (スーフィズム)」 という一派が誕生しました。官僚化したウラマー (イスラーム神学者) によるイスラームの体系化、シャリーア (イスラーム法) の形式化に異議を唱えた原理主義者たちです。
〓「スーフィズム」 は、禁欲的な難行苦行の末に、アッラーと一体になれるという 「禅の修行」 に通ずるような考え方をします。


〓イスラム神秘主義の修行者 「スーフィー」 は、毛糸で編んだ粗末な衣一枚で、砂漠などで苦行を積んだといいます。アラビア語で、صوف ṣ-w-f という語根は、


    صوف ṣ - w - f  「羊毛、毛糸」。アラビア語語根


という意味を持っています。ここから派生した単語が、


   صوفى ṣūfī [ スー ' フィー ] 「スーフィー教徒」。アラビア語
      ※形容詞としては、「毛糸の、羊毛の」


   صوفية ṣūfīya [ スー ' フィーヤ ] 「スーフィーヤ」、スーフィズム
      ※「スーフィズム」 は西欧の造語。


です。


〓このスーフィズムの修行をする托鉢僧のことを、ペルシャ語で 「ダルウェーシュ」 (貧者) と呼んだわけです。




   げたにれの “日日是言語学”-19末もしくは20初のペルシャのダルヴィーシュ
    19世紀末もしくは20世紀初頭のペルシャのダルヴィーシュ。

    テヘランに赴任していた、コーカサス系のロシアの大使館員、

    アントン・セヴリューギン Antoine Sevrugine が撮影したもの。




   げたにれの “日日是言語学”-1920年代スーダンのダルヴィーシュ

    1920年代のスーダンのダルヴィーシュ。




   げたにれの “日日是言語学”-17世紀インドのダルヴィーシュの集団

    17世紀、インド。 ダルヴィーシュの集団。

    インドのムガル帝国は、イスラーム王朝であったことを忘れてはならない。



〓かつては、ペルシャ文学、あるいは、イスラーム文化の一大中心地であった 「ホラーサーン地方」 (現在のイラン東部から、中央アジア、北部アフガニスタンにおよぶ地域) に、スーフィズムの拠点の1つがあったため、「修行僧、托鉢僧」 を意味する 「ダルウェーシュ」 というペルシャ語彙が生まれました。
〓そして、一般に、ペルシャ語が影響をこうむることの多い、同じイスラーム圏のアラビア語、トルコ語に、この 「ダルウェーシュ」 というコトバが輸出されました。


   درويش darwīsh [ ダル ' ウィーシュ ] 「スーフィズムの修行僧・托鉢僧」。アラビア語
   derviş [ デル ' ヴィシュ ] 「スーフィズムの修行僧・托鉢僧」。トルコ語


〓トルコ語で dar- → der- と変化しているのは 「母音調和」 のせいです。つまり、i に引きずられて a → e と変化したのです。ゲルマン語のウムラウトに似ていますね。


〓手元に比較的大きな英和辞典があったら、dervish という単語を引いてみてください。


   dervish [ ' dɚvɪʃ ] [ ' ダァヴィシュ ] 「イスラム神秘主義の修行者」。英語


などと載っているハズです。この単語は、トルコ語 dervish を介して、西欧世界に広まりました。



〓「ダーヴィッシュ・ダンス」 あるいは 「ワーリング・ダーヴィッシュ」 Whirling Dervishes という舞踏を見たことがあるでしょうか。トルコなどで行われている、なかば興行としての舞踏です。白い衣裳をまとったダンサーが、カサのように広がる裾の長い衣裳を着てコマみたいに回るダンスです。




   げたにれの “日日是言語学”-ダルヴィーシュ・ワーリング

    トルコ、イスタンブール

〓これは、もともと、スーフィーの祈禱 (きとう) の形式でした。スーフィズムの一大教団 「メヴレヴィー」 の始祖と仰がれるルーミー Rūmī Jalālu-d-Dīn ar-Rūmī جلال الدين الرومي [ ヂャらーるッ ' ディーン アッルー ' ミー ] ) は、やはり、ホラーサーン地方の出身でしたが、モンゴル帝国の襲撃を避けて、現在のトルコのアナトリア地方 「コンヤ」 Konya に逃れ、終生をここで過ごしました。
〓この土地で修行を続けたルーミーが編み出したのが、このコマのように回りながら行う祈禱です。一心不乱に回転することでアッラーとの一体感を得るものでした。ですから、本来は、ショーではなく、宗教儀式なんです。



   げたにれの “日日是言語学”-ルーミー
    唯一残ると言われるルーミーの肖像。





  【 なぜ、「セファット」 が付くのか? 】



〓どうですか? スーフィズムの修行僧 「ダルヴィーシュ」 のイメージがわいたでしょうか?


   「ぢゃあ、ダルビッシュ投手の先祖は “托鉢僧” だったの?」


と、そう来まさぁね。ところが、どっこい、そうぢゃない。


〓ダルビッシュ投手の姓は、「ダルヴィーシュ・セファット」 でしたね。ならば、「セファット」 は何か、というと、これは、


    صفة ṣifat [ ' すィファ ] 「質、特質、属性、特徴、“形容詞”」。アラビア語
       ※語根は وصف w-ṣ-f


というアラビア語の単語の借用形です。語末の ة 「ター・マルブータ」 を、普通の ت t に綴り変えています。アラビア口語では、「スィファ」 と発音し、語末の -t を発音しません。ペルシャ語でも発音しない場合は、これを ه h 「ヘー」 で写します。しかし、 -t で発音する場合は、「ター・マルブータ」 を ت に開きます。


〓ペルシャ語では、アラビア語と綴りが異なりますが、意味は同じです。


   صفت sefat [ セ ' ファット ] 「性質、特質、“形容詞”」。ペルシャ語


〓「ダルヴィーシュ・セファット」 が2語で1つの姓だというのは、ここを言うわけです。つまり、ペルシャ語姓に、ただの Sefat صفت というのはありません。だいたい、「性質さん、形容詞さん」 なんてヘンでがしょう。


〓ペルシャ語では、名詞のあとに、この -sefat を付けると、 「~のような」 という形容詞になります。英語で言うと -like です。「ビジネスライク」 businesslike の “ライク” ですね。 babylike 「赤ん坊のような」、jellylike 「ゼリー状の」 などというふうに使いますね。これのペルシャ語版です。つまり、


   درويش صفت Darvīsh-sefat [ ダル ˌ ヴィーシュセ ' ファット ] 「スーフィズムの修行僧・托鉢僧のような」


というような意味になります。つまり、ダルビッシュ投手の先祖は 「スーフィズムの修行僧」 だったワケではなく、


   “風貌” (ふうぼう) もしくは “生活態度” が 「スーフィズムの修行僧みたいだった」


ということなんでしょう。




〓ということで、今日は、これにてゲームセット。




――――――――――――――――――――


【 付記 】



   げたにれの “日日是言語学”-マフムード・ダルウィーシュ


〓「ダルウィーシュ」 という家名は、アラブ人にも見られます。有名なのは、パレスチナの西ガリラヤのアル=ビルワという村の出身 (1948年の中東戦争で無人となった) の詩人


   محمود درويش Maḥmūd Darwīsh [ マふ ' ムード ダル ' ウィーシュ ]

       マフムード・ダルウィーシュ

           1941. 3. 13~2008. 8. 9


です。パレスチナの国民的詩人と目されていました。この詩人の先祖は 「ダルヴィーシュ」 だったんでしょうか。


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