惰性に流された中には、息吹は生まれない…！

　　昭和35年10月2日に羽田空港を飛び立ち、世界広布の第一歩をハワイに、そしてサンフランシスコ、更にシアトルへと足を運びました。その間の、移動距離は長く、過密日程、大きな時差、地域による寒暖の差等々によって、山本伸一会長に体調の変化が顕著になりました。もともと若いときから結核を患っていて、医者からも「30歳までは生きられないかも…⁉」と言われた身体でした。日本にいる時も、微熱との闘いながも戸田先生の下で厳しい薫陶を受け、そして常に広布の先頭を走り続けてきました。その山本伸一もさすがに、いくつもの悪条件が重なると、身体の免疫力も下がり、高熱にうなされ、身体に蕁麻疹ができ、全身に悪寒が走り、起き上がることができないとい状況になりました。しかも折り悪く、シアトル近辺の各地から伸一を求めて皆集まって来ている座談会の日。伸一としては、「何としても座談会に出て、皆を喜ばしてあげたい、励ましてあげたい」という気持ちで一杯。しかし、身体が悲鳴を上げている。同行の幹部達は、そんな伸一の姿を見て驚き、先々のことを考えて「座談会を欠席して、体調管理を第一に」と懇願しました。伸一も、今の自分の姿を多くの人に見せたなら余計な心配をかけるだろうと、断腸の思いで座談会の出席を急遽取りやめ、会の運営を同行の幹部達に任せ、休養をしました。同行の幹部達は、事前の綿密な打ち合わせ通りに、会を進行し、組織の結成も無事済ませました。しかし、どうしてもその座談会が盛り上がりに欠けていて、一生懸命にやればやるほど、その状況が大きくなり、どうしてだろうという疑問をもちました。譬えは悪いかもしれませんが、メッシやロナウドなどのスーパースターがサッカーの試合会場に来ているのに、怪我しているからといってベンチにはいるけれども、試合には出ない親善試合のような感じに似ています。観客は、高額なチケットを購入しメッシやロナウド等のスーパープレーを楽しみにして、スタジアムに来ています。実際来てみたら1分も1秒も出場することなく、ベンチに座ったままとなれば、観客は落胆と怒りなどで、全く盛り上がりが欠けるでしょう、実際に、そのようなことが起こりました。ある国で出場しなかったのに、違う国では出場し得点したとして、出場しなかった国の人びとやマスコミが大騒ぎをしました。やはり、スーパースターの代役は、簡単にできるものではありません。本物には、本物にしか醸し出せない、威光や存在感があるとしか言いようがありません。この代役の行った座談会のことが書かれているところがありますので紹介します。

　一方、ホテルを後にした副理事長の十条潔らは、まず、シアトルの連絡の中心になってきたメンバーの家で、地区結成の打合せをした。それから座談会場となっている集会所に向かった。会場には、四十人ほどの人が集まっていた。シアトル初の座談会としては、盛会というべきだが、会場が個人の家とは違い、比較的大きなホールだけに、どこか寂しく感じられた。最初に、十条から、山本会長は都合により、座談会に出席できなくなった旨が伝えられた。参加者の顔には、ありありと落胆の色が浮かんだ。日本から来た幹部が次々とあいさつに立ち、懸命に会場の雰囲気をかえようとした。だが、重く沈んだ雰囲気を変えることはできなかった。参加者の中には、日系婦人の夫で、未入会のアメリカ人も多かった。それだけに十条たちは必死だった。しかし、力を込め、声を張り上げて叫べば叫ぶほど、皆も表情はますます暗くなっていくのである。伸一が出席した座談会に漂う、和気あいあいとした温かい雰囲気も、あの弾けるような喜びの表情も見られなかった。”これではいかん。何かが違う。どこが違うのだろうか…”　十条は、内心、焦りを覚えながら、伸一の出席した座談会での様子を思い起こしていた。続いて、日本語と英語のグループに分かれて懇談が行われた後、再び全員が集い、十条から、シアトル地区の結成が発表された。拍手は起こったものの、やはり、どこか盛り上がりに欠けていた。終了後、十条は一人の婦人から、これから夫の転勤に伴い、アフリカのエチオピアに出発するという報告を受けた。山本会長から、地区結成の全責任を託されてきた彼は、この婦人をシアトル地区エチオピア班の班長に任命した。盛んな拍手が起こったのは、その発表をした時だけだった。夜、ホテルに戻った十条は、伸一の部屋に座談会の報告に訪れた。伸一の蕁麻疹は次第に引き始めていたが、下痢はまだ続き、熱も下がらなかった。しかし、伸一はベッドから起き、十条の報告に耳を傾けた。十条は、座談会の様子を詳しく伝えた後、伸一に尋ねた。「私たちとしては、一生懸命にやったつもりです。しかし、先生が出席された座談会とは、どこか雰囲気が違うのです。先生、この違いはどこにあるのでしょいうか」伸一は静かに頷くと、強い語調で語り始めた。「私も、何か特別なことをしているわけではない。ただ”大切な仏子を不幸にさせてなるものか” ”この人たちを幸せに導くチャンスは今しかない”との思いでいつも戦っている。その一念が、皆の皆の心を開いていく力になる。わが子のことを常に思い、愛する母親は、泣き声一つで子供が何を欲しているかがわかる。また、子供は、その母の声を聞けば安心する。同じように、幹部に友を思う強い一念があれば、みんなが何を悩み、何を望んでいるのかもわかるし、心も通じ合うものだ。そのうえで、何を、どう話せば、皆がよく理解できるのか、心から納得できるのか、様々な角度から考えていかねばならない。大事なことは、そうした努力を重ねていくことだ。私も、会合に臨む時には全力で準備にあたっている。考えに考え、工夫している。それが指導者の義務だからだよ。幹部の話が、いつも同じで話題に乏しく、新鮮さがないというのは、参加者に対して失礼です。それは、幹部が、惰性に流されている無責任な姿だ」十条は、伸一の話を聞きながら、自分の姿勢を深く恥じた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　＜第一巻」錦秋　P160～＞

　思い返すと、鎌倉時代の日蓮大聖人は、多くの弟子門下に手紙を書いて激励につぐ激励をされました。主君から所領を没収されたり仲間から讒言をされたりして、苦境に追い込まれて苦しむ門下には、腐らずに今まで同様に心から宮仕えし、短気な性格だから、直情的な行動に走らずに、慎重に行動するようにと具体的に助言をしました。また、親から勘当されて苦境に立っている門下には、親の謗法の誘いには乗らないように、その弟には、欲に眩んで信心の心を捨てないようにと助言しました。また佐渡に住むある婦人には、留守を守りながら老体の夫をはるばると身延まで送り出したことの健気さをほめ讃える手紙を、夫に持たせて帰らせています。更に、小さい時に父親をなくしたが、立派に成長した青年には、信心を全うすることが親孝行になると励まし、更に自分も生きるのに厳しい状況の中で、身延に度々ご供養の品々を送ってくることに深く感謝し、賢人と讃えたりしています。そこには、自分の門下が、どのような状況に置かれ、苦労して信心を守り、妙法のために戦っているのだろういるだろうかと、思いをはせ、その折々に素早く手紙を返し、激励をしました。しかし、大聖人が亡き後、弟子の中には、幕府からの迫害から逃れるためもあろうが、大聖人が書かれたこうしたお手紙を、「安易なひらがなで書いてあるから、先師の恥」といって、紙を漉き返したり焼却したりしてしまいました。いくら日蓮大聖人の直弟子で南無妙法蓮華経と唱え、教学を学ぶ僧侶といえど、そこには、門下を深く思いやる”大聖人の心”までは学びとることのできなかったのです。ただ一人日興上人だけは、大聖人の書簡は全て”御書”として大切に扱いました。方々に散っている重要な法門を説いた書簡を書き写し取ったり、紙に漉き直したり焼却処分される前に取り戻ししたりして、令法久住のためにご尽力されました。そうして集め残されたの書簡が、現代に伝わっているのです。更に現代には、会長日蓮大聖人のご遺命である「末法万年の広宣流布」を果たすために、戸田城聖会長の発願で、日蓮大聖人立宗７百年の記念事業として「日蓮大聖人御書全集」が作られました。当時、日蓮正宗は「御書編纂を認めるけれど協力はしない」と言い切り、記念事業として「鐘楼」の製作に力を注いだのです。更に、令和に入って池田大作名誉会長のもとで、より分かり易く読みやすくするために「新版日蓮大聖人御書全集」が作られました。そして、今では世界各国の言語に翻訳版も作られました。確実に世界広布が現実のものとなっていきました。権威や形式のみにとらわれた宗門の輝かしい業績である”お寺の鐘”は、ただの記念品に過ぎず、いくつ後世に残しても、仏法への理解は深まらず、世界広布にもつながらないのです。本末転倒でしょう。

　新人間革命の錦秋の章で書かれた、「ただ ”大切な仏子を不幸にさせてなるものか” ”この人たちを幸せに導くチャンスは今しかない” との思いでいつも戦っている。その一念が、皆の皆の心を開いていく力になる。わが子のことを常に思い、愛する母親は、泣き声一つで子供が何を欲しているかがわかる。また、子供は、その母の声を聞けば安心する。同じように、幹部に友を思う強い一念があれば、みんなが何を悩み、何を望んでいるのかもわかるし、心も通じ合うものだ。そのうえで、何を、どう話せば、皆がよく理解できるのか、心から納得できるのか、様々な角度から考えていかねばならない。大事なことは、そうした努力を重ねていくことだ。」という山本伸一の心情は、日蓮大聖人のお振る舞いが根底に流れています。思い返せば、大聖人も、弟子・門下にたくさんの手紙を書きました。主君に所領を没収され疎まれた門下には、主君あっての宮仕え、腐ることなく感謝して仕えなさい、そして直情的な性格を指摘し、何事も慎重に行動するようにと激励されています。佐渡から老夫を身延まで送り出した夫人には、留守を守り、路金を工面し、ご供養まで用意し持たせ送り出した老婦の労をねぎらい褒めたたえる手紙を書かれました。また、父親を早くに無くし苦労したであろう青年が立派に育ち、自身も苦しい生活を送る中、身延へ度々ご供養の品々を届け続け、しかも法難の時には、信者を命を懸けた外護した勇気を讃える手紙を書きました。各地で、各様に悩みを抱える信者にその時々に個々に合わせて、細やかな指導や激励をされました。当に、”何を悩み、何を望んでいるのか”が分かり、”痒いところに手が届くような”内容の手紙を残されたのです。書いてある字が”仮名であるかどうか”は問題ではないのです。その内容に、必ず幸せにしてみせるという”魂”こもっているかどうかです。古来より、権威・形式にとらわれ、こだわってきた姿や構造の中からは、喜びも、発展も、自発性も生まれないということですね。

魂が抜けたような座談会に深く反省…‼