「琉球独立論」は中国の謀略宣伝 歴史を俯瞰した賢明な判断を | Samurai Post

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 明治12(1879)年の「琉球処分」、すなわち琉球藩の廃止と沖縄県の設置によって沖縄は名実ともに「日本の一部」となった。が、朝貢関係があった清国は反発した。日本の領土と認めさせるには日清戦争の勝利を待たなければならなかった。

 

 第二次世界大戦後、沖縄は米軍に統治された。沖縄を本土と異なる民族と考え、琉球語(沖縄方言)や英語での教育を考えていた。しかし、後に県知事になる屋良朝苗(やら・ちょうびょう)ら沖縄の教育関係者によって、日本語(標準語)教育が守られた。また、多くの人々が本土復帰を渇望した。沖縄は本土とルーツを同じくする。日本という「祖国」への復帰以外には考えられなかった。

 

 復帰が実現したのは昭和47(1972)年5月15日のことだが、米国との復帰交渉を行った佐藤栄作首相は同40(65)年8月19日、現職首相として戦後初の沖縄訪問をした。那覇空港に降り立った佐藤首相は「沖縄同胞の皆さん」と語り掛け、「私は祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって『戦後』が終わっていないことをよく承知しております。これはまた、日本国民すべての気持ちでもあります」と述べた。

 沖縄県民を「同胞」と呼び、「祖国復帰」と述べた。現在も多くの国民が共有している思いだ。

 

 今日、沖縄と本土とは時として不幸な関係になることがある。在日米軍基地の集中を「沖縄差別」とし、その発展で沖縄の人々を「先住民族」とし、「琉球独立論」が語られる。

 

 しかし、沖縄は本土とルーツを同じくし、沖縄の祖国は紛れもなく日本だ。琉球独立論は沖縄の領有をも主張しつつある中国の、国民党、共産党を問わぬ、沖縄と本土との離間を狙った謀略宣伝であることは学術的にも確認されている。中国は近年、沖縄戦を日本軍による「琉球大虐殺事件」とまで煽っている。

 

 沖縄は世界の歴史の転換期に常に日本の最前線だった。沖縄の地理的要因によるところが大きく、構図は今も変わらない。中国はその突破を狙う「第一列島線」(=九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島を経て南シナ海全体を囲む軍事ライン)の下半分の南シナ海をほぼ掌握し、上半分の東シナ海に触手を伸ばしている。

 

 中国の海兵隊は2年後までに3倍に拡大される計画だ(米国防総省年次報告書)。わが国唯一の同盟国が沖縄戦の相手国であるのは皮肉だが、現在の東アジア情勢における在沖縄米軍基地の存在意義は大きい。沖縄県民には謀略宣伝に惑わされず、歴史を俯瞰(ふかん)した賢明な判断を求めたい。

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