前回に続いて「ジョジョラビット」の感想その2です!!

今回のテーマは「成長」です。

 

*今回は特にネタバレを多く含むので今後見る予定のある方は閲覧なさらないように!!

 

 

 

 

成長物語

 

作中では主に二人の登場人物の成長が描かれます。

 

一人目はもちろん作品の主人公・ジョジョ

ナチスに心酔する内気な少年。

靴紐が結べません。ウインクもできない。

ですが心根は優しい性格です。

 

そしてもう一人は

母・レイジーが匿うユダヤ人少女 エルサです。

物語唯一のadlescentです。

(エルサ役の女優さんはトーマサイン・マッケンジー。美しさと可愛さを兼ね備えた方ですね。)

 

 

幼心とイマジナリーフレンド

 

内気で人気のない彼ですが、二人友達がいます。

 

一人はヨーキー

 

 

カワイイ人物がたくさん出てくる「ジョジョラビット」の中でも屈指の可愛さです。

彼は「ユダヤ人が自分たちアーリア人とそんなに変わらないのではないか」という疑問をジョジョに抱かせてくれた人の一人でもあります。

 

そしてもう一人は…

 

 

ヒトラーです。

ヒトラーはジョジョののイマジナリーフレンド

ジョジョに内面化されたファシズム的精神の象徴です。

同時に父性的権力としてジョジョの内面に君臨します。

 

 

ゲシュタポのシーン

 

ある日ユーゲントの仕事から帰ってきたジョジョはエルサをお風呂に入れてあげます。エルサが入浴しているのを待っている間、ジョジョは彼女に対する自身の恋心に明確に気付きます。

 

入浴後エルサはジョジョの亡くなった姉インゲの服を着ておめかしをします。

このシーンは少女から大人への成長を表しています。

 

そうこうしているうちにゲシュタポの男5人が家宅捜索にやってきます。

 

家にはキャプテンKたちもやってきます。

2階で物音がしてエルサの存在が彼らにバレてしまうかと思いきや、エルサは彼らの前に堂々と姿を現し、亡くなったジョジョの姉のインゲと名乗ります。

 

ゲシュタポが二階を捜索するうちに、エルサはジョジョの書いたユダヤ人に関する本に描かれているネイサン(エルサの婚約者)を悪く書く絵のことを知ります。彼女はジョジョが彼に嫉妬していることに気が付きます。ここでジョジョの自分に対する恋心を知ったのでしょう。

 

それでも怪しむゲシュタポたちは身元証明を行います。

キャプテンKは姉インゲの身分証明書を手に、誕生日をエルサに聞きます。

答えた誕生日は「5月1日」でしたが、本当のエルサの誕生日は「5月7日」でした。

ここでキャプテンKだけは、この女性がインゲでないことに気づきますが、ゲシュタポにバレないように合っているふりをします。

 

おそらくキャプテンKは少女が匿われたユダヤ人であることに勘づいたのでしょう。

日頃のジョジョのキャプテンKに対する質問もユダヤ人に関するものばかりでしたし。

 

キャプテンKは自分がマイノリティであるゲイであることもあり、同じくマイノリティであるユダヤ人迫害政策にも疑問を持っていたのでしょう。

 

ところで作中のゲシュタポのリーダーを演じたスティーヴン・マーチャントさん非常に気味の悪い感じがお上手でしたね。

 

 

 

母の死

 

ユーゲントの職務としていつものように金属回収を行うジョジョ。

そんな中反逆者の死体が逆さに吊るされているところに、母ロッジーの遺骸を発見しています。ショッキングなシーンでした…。

 

スカーレットヨハンソン扮するロッジーは自宅でユダヤ人のエルサを匿うのみならず、反戦メッセージの書かれた小さな紙を民家の前に置くという密かな反ナチ活動を行っていました。

 

この後ジョジョは母親なしにエルサと二人で生活することを強いられます。

 

ネットで「10歳の子供が一人で暮らしていることに誰も何も言ってこないのか」という指摘をしている方がいらっしゃいました。私はナチ側がジョジョが行政上「一人暮らし」となることを認識していなかったのだと考えます。

ロッジーがいつもの服装のまま処刑されていることから、いつものように反戦活動をしている最中に連行され身元を詳しく調べられることなく絞首刑に処されたのでしょう。

そうすると、遺族が10歳の子供ひとりであることを体制側が認識していないのではないか、という推論が成り立つのです。

 

母の死によってジョジョと両親を失った過去をもつエルサは急接近します。それと同時にジョジョは子供から大人への脱皮を遂げます。

 

 

ヒトラーとの訣別が持つ意味

 

少女への恋と一定程度自立した生活を経てジョジョは大きく成長します。

ロッジーは恋は成長の重要な条件であることを語っていました。

 

イマジナリーフレンドとの訣別は彼の成長を象徴するシーンです。

イマジナリーフレンドは作中で彼の幼さを象徴するものとなっています。

 

<参照>

 

 

イマジナリーフレンドであるヒトラーとの訣別は同時に別の意味を持っています。

 

それはジョジョの中の内なるファシズムの放棄です。

 

エルサへの恋情を募らせるにつれ、ヒトラーとジョジョは衝突するようになっていきます。これらのシーンはユダヤ人である彼女への恋慕とジョジョの信条とするナチズムとの葛藤を表しています。

 

しかしドイツの壊滅的状況を知り、や親友であるヨーキーによってヒトラーが無責任にも自殺したことを聞かされ、ジョジョは完全にナチズムに見切りをつけます。

そして徹底抗戦を唱えるヒトラー(イマジナリーフレンド)をついに窓から蹴飛ばします。

 

 

成長したジョジョ

 

ジョジョは序盤のシーンでウサギを殺すよう要求されましたができませんでした。

 

焼け野原となった街でウサギを見つけた彼はウサギを笑顔で見つめます。

確かに彼は成長しましたが、

その成長はヒトラーユーゲント的なマッチョイズムな形ではなかったということです。

 

ジョジョは終戦を知りネイサンを偽りエルサにネイサンのいる外界に出るよう促します。彼女が婚約者であるネイサンのところに行ってしまえば、ジョジョは今度こそひとりになってしまうわけなので彼の行為は非常に勇気ある行為だと言えます。

 

しかしエルサはネイサンは既に亡くなっていることを告げ彼の優しさに感謝します。

 

ジョジョはついにエルサに愛の告白をします。これも以前の彼であれば考えられないような勇気ある行動です。

エルサは弟としてジョジョを愛している旨を告げ、やんわり断ります。

 

この「愛している、弟として」のセリフには優しいお断りの意味だけでなく、ジョジョに対して「これから君の家族として歩んでゆく」というメッセージが込められていると言えます。

この一言はジョジョの初恋にピリオドを打った言葉でもあります。ここで彼の成長物語にも一応終止符が打たれます。

 

ジョジョはロッジーの遺体を見つけた際ほどけた靴紐を結んであげることができませんでした。

しかし成長を遂げたジョジョはエルサの靴紐を結んであげることもできます。今や彼女に対してウインクもできます。

 

外に出た二人がダンスをして物語は幕を下ろします。

ダンスが二人の体から自然に出てきたシーンで、

ダンス=生命賛歌であるというこの映画のスタンスを窺い知ることができます。

 

 

ただ一つ

 

成長をテーマにこの映画を概観して一つ疑問に残った点があります。

それは「少女から大人の女性に」という物語を否定していないことです。

否定どころか肯定的に描いています。

 

暴力性を帯びるマッチョイズムと「男らしく」成長するという物語を否定しているのとは対照的です。ここが一つだけ気になったところです。

 

ですが総じて素晴らしい作品なのでまだ見ていない同志の方にはぜひ見ていただきたい!

たとえこの記事を読んでしまったとしてもね!!