パース/オーストラリア!国際レズビアンカップルの日々

パートナービザを取得し、西オーストラリアのパースに移住しました。現在は永住権を取得し、同性パートナー制度のあるオーストラリアで国際同性カップルとしての生活や、日々の出来事を綴っています。


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今朝、義実家にて義父の父方の姉Cと話していました。


アデレードから義父に会いに来たCには実娘の他に、パースに住むステップドーターがいます。(再婚したのは20年以上前)


そのステップドーターの夫は義父が診断を受けたのと同じような時期に、仕事中の事故で首から下が麻痺となってしまいました。


なのでパースにやって来る時は、必ずステップドーター夫妻と義父母の両方を訪れます。


Cの父親は、ハーフブラザーである義父の父親。(義父の両親はそれぞれ連れ子2人を伴って再婚し、義父が誕生)


今日はそのCと初めて2人だけで話す機会が持てました。


これまではどうしてもMJや義母達が常にそばにいる状態だったので、顔を合わせる機会はたくさんあっても個人的に話すことはありませんでした。


その生い立ちからは想像出来ないほど面白いC。


けれどなんとなく時々、「すごく頑張っている感」みたいなものも感じる。


子供の頃に母親を病気で亡くし、子連れ再婚同士の両親の元で育ち、若くして難病で父を亡くし、そして自分も子連れ同士で再婚をしたC。


とても複雑ながらも何かキラキラとした輝きが、その内側から溢れ出ているのが目に見えるような人。


そんなCとはChickpeaのことも話しましたが、大半は義父の病ALSについてでした。


以前にも書きましたが、Cと義父の父親もまたALSで亡くなっています。


そしてその話をMJ以外の人から聞いたのは、今日が初めてでした。


義父の父親がALSを発症したのは70年代のこと。


腕から筋力が弱まり、次に口と喉が動かなくなり、最後に脚が動かなくなったという。


だから亡くなる少し前まで自分の脚で歩くことができ、犬の散歩にも行っていたらしい。


しかし何と言ってもコミュニケーションが取れないのがとても辛かったそうな。


当時はパソコンも携帯もなかったし、そもそも手も指も動かないので意思を伝える術が何ひとつ無かった。


本人はもちろん家族や周りの人達にとっても想像を絶する苦しさだったはず。。。


そんな話の中で、実はオーストラリアの中ではパースが最もALS(MND全般)患者に対するサポートが充実しているとCは言う。


確かに朝・昼・夜と来てくれるヘルパーさん達は無料だし、作業療法士さんや各種看護師さん達もしょっちゅう来てくれる。


動かなくなった体を吊るして移動させるクレーンみたいなのも貸してくれるし、医療用ベッドも車椅子も貸してくれる。(電動のは購入しました)


家族を含めてインフラエンザの予防接種も無料だったし、本人と家族に対するカウンセリングも無料(指定サイコロジストが対象)。


上を望めばキリがないだろうけど、かなりのありがたさではないだろうか。


しかしCは言う。


「できればあまり長引かずに終わって欲しい。」


最近の義父は以前のような明るさがなくなっていて、気持ちが内向きになっているのが見えるのだと。


前回Cが来た時と比較すると、ほんの数ヶ月前のことなのに確かにその差は歴然。


とは言っても、ほぼ全身が動かなくなった現在もまだ笑顔が出るし、AFL観戦も楽しめているけれども。


本当に義父は底知れなく強い人だと思う。


そんな義父と義父を見つめるCを見ながら、人生について考える。


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