猫の毛ブラシを用意した。一つは合成樹脂でできた手に握るタイプのもの。もう一つはキュートな猫型フレームに細い櫛の歯が並んだ庭箒のような形のもの。人間の手際が悪いからなのか、どちらのブラシも猫たちは喜んでいない。はっかは一応ブラシを使うことは受け入れたようだけれど、「いいかげんにしてね」という反応歴然。にっきの方は「なにするの、やめてよ」とばかり身を翻す。猫と暮らすみなさんは、どのようにブラッシングしているのだろう。話によると、これから冬毛になる猫たちは、全体にふっくらしてくるとのこと。抜け毛も多くなると聞いた。(今でも掃除ロボットが猫の抜け毛をたくさん集めてくる。)

 

  

「あたらしいねこじゃらしくれた?」  / 「たべるとこみてるの」

 

猫たちだってこの家に来て初めての季節を過ごしている。人間があれこれ次々に妙なものを取り出すのに、付き合っていられない気分なのかもしれない。限られた空間の中で、毎日何かしら面白いことを見つけて楽しく暮らすには、そうそう人間の言いなりになんかなっていられまい。猫たちの方がいろいろ試しては、人間を驚かす。存在そのものが驚きというべきか。

 

  

「だんだんねむくなってきたかも」 /   「もうおきてられない...」

 

にっきは天真爛漫と言おうか、およそ(人間で言うところの)自我などというものに邪魔されていないところが、見ていて本当に愉快だ。調理台と食卓にだけは乗らないよう、しつけようとする人間の思惑などどこ吹く風。何度抱き下ろされても、「こりゃー!」と叱られても、また何度でも同じことを繰り返す。全ての行動原理は「食欲」にあるのではないかと思しく、食べる人・料理する人にまとわりつくこと際限なし。だのに、眠くなると急におとなしくなる。どこででも無防備な姿で丸まって眠る様子はいじらしい。

 

  

「おそうじろぼっとがうなってる」「みはってるわ」

 

ケージは猫たちの食堂(2F, 3F)とトイレ(1F)1に展望ラス(R)。時々食事やトイレの時以外にも

上り下りして遊ぶ。とりわけはっかがテラスで昼寝したり、「高みの見物」と洒落込むのが好きらしい。ケージに扉は付いているけれど、人間はこれを上手に活用していない。少なくとも猫たちを閉じ込める役には立っていない。せっかく付いている「にゃんモック」にはにっきが一度だけ乗ってみた。以来一向に使わない。居間の一角にデンと設置されたケージは、この家をシェアする猫たちの城か、砦か、別荘か。檻でないことだけは確実だ。