今日の愛ルケ(#446) -最終話- | にっけいしんぶん新聞

今日の愛ルケ(#446) -最終話-

この記事は渡辺淳一先生の連載小説「愛の流刑地」を記者が個人的な視点で読み解く記事で、性的な描写かなり出てまいります。そのような記述を好まない方、ストーリーをブログ上で知りたくない方、並びに15歳未満の方はご遠慮ください。
と断っておりましたが、最近は性的な描写はほとんどでてこないまま最終回となりました。性描写を期待されていた方、残念でございました。
なお、記者がまとめたあらすじ中の灰色文字部分は、作品のテイストをできるだけ伝えるために原文をそのまま引用した部分です。



雪女 二十六

あらすじの転載が多めになりましたが、関係者の方々、もっとも重要な最終回ということでなんとかご容赦ください。

こんな理屈があるのか。ママは冬香を死ぬほど、元に戻れないほどに快くした罪で、八年間、刑務所におし込まれるのだという
菊治は「違う…」といいかけるが、そのほうがあの法律しか知らない裁判官や検事の理屈より当っているかもしれないし、余程、真実を伝えていて納得できる
「そうか…」
ようやく刑を受け入れることを考える。法律でなく、冬香の愛の掟で自由を拘束されるのなら仕方がない
「わかったよ、冬香、もう控訴はしないよ」
ここまできたら逆らっても無駄かもしれない。
往生際悪く控訴するより、冬香の定めた刑に従うと思うほうが余程納得できて心も安らぐ
それにしても、優しくおっとりとした冬香のなかにそんな欲望と執着が潜んでいたとはいや、もの静かな女だからこそ、その奥に一途な情念の激しさを秘めていたのか。
いまはっきりしたことは、冬香を知るほど冬香が秘めていた闇の迷路に入り込んだようである。気がつくと、もう戻れない深さで閉じこめられたようである
ならば冬香の願うとおりここで落ち着き、冬香のことを思い続けよう。夜がきたら雪女になった冬香がでてきて、優しく自慰を手伝ってくれるに違いない
それでいい、それを八年間続けたら、冬香も少しは自由にしてくれるかもしれない。
「冬香、俺はこの流刑地にいるよ、だってここは狂ったほどお前を愛して、死ぬほど女を快くした男にだけ与えられた、愛の流刑地だから」
(了)



#終わりました・・・。

とうとう、終わりました・・・。

ほんとうに、ほんとうに終わりました・・・。

ちょうど連載1年の10月末でまったく終わりそうになかったときは、もしかしてもうずっと終わらないんじゃないかとさえ思いましたが、ようやく終わりました。

まずはこのコーナーに最後までお付き合いいただいたみなさま、


どうもありがとうございました。


ここまでやってこれたのは、読んでくださるみなさまがいてくださったからです。
まあ、正直いろいろ犠牲にしましたし、ここまでやってきたのがよかったのかどうかはわかりませんが・・・。

でもいろいろ今までになかった経験もさせていただきましたし、やはりよかったと思っています。ちょっと大げさですが、人生の中でのひとつの大きな記念碑となることでしょう。
そういえば連載当初・・・


なーんてすっかり 絞め 締めに入ってしんみりしちゃいそうでしたが、まだ今話を見ていませんでしたね。
それでは「今日の愛ルケ」最終回、まいりましょう


最後ということでさすがに先生も気合を入れられたのか、文章がいつもと違います。
なんだか今までにない、小気味よいリズムで進むくだりもあったりしたのですが、ただこれは記者の気分の問題なのかもしれないのでなんともいえません。

しかし最後にきて文章のリズムは変わっていたとしても、最後の最後まで菊治は変わりません。
これで最後の菊治っぷりを見てみると・・・


「もしかすると当っているかもしれない真実」とやらで懲役8年を納得する菊治、「裁判官や検事は法律しか知らない」という菊治、「愛の掟」などとまたまた「愛のフレーズ」を繰り出す菊治、「『ここまできたら』逆らっても無駄かもしれない」と相変わらずどこまできたのかわからない菊治、「おっとりした冬香の中にあんな欲望と執着が潜んでいたとは」といまさら驚く菊治、「いやそれはむしろもの静かな女だからだ」と持論を広げる菊治、「いまはっきりしたことは・・・闇の迷路に入り込んだようである」と全然はっきりしていない菊治、続けて「・・・閉じこめられたようである」とやっぱりはっきりしていない菊治、「冬香のことを思い続けよう」なんてできそうもないことを宣言する菊治、「夜が来たら冬香が自慰を手伝ってくれる」と刑を受入れるポイントもやっぱりオナニーの菊治、「『愛の流刑地』にいられるのは死ぬほど女を快くできる男だけの特権」だと「性のエリート」論で締めくくる菊治・・・


ぜーんぶ期待を裏切らない、在庫一層セールの菊治っぷりです。


でも菊治・・・


ムショに押し込まれるのは「快くしたから」じゃなくて、殺したからですから。
懲役8年は「冬香の愛の掟」じゃなくて、裁判長が決めたことですから。
「ここまできたら逆らっても無駄」じゃなくて、逆らうんなら今しかないですから。
「8年間冬香のことを思い続けよう」なんて、「朝まで寝かせないよ」と同じくらい信じられませんから。
「雪女になった冬香が出てきて」って、コスプレの意味わかりませんから。
それで「優しく自慰を手伝ってくれる」って、ぶっちゃけただのオカズですから。
しかもムショにいったら、たぶん雑居房ですから。
それでそれを8年間続けたらって、どうせそんなに続きませんから。
そしたら冬香も少しは自由にしてくれるって、そうしなくても8年経ったら刑務所の人が嫌でも解放してくれますから。

そして「俺はこの流刑地にいるよ、だってここは・・・愛の流刑地だから」って・・・


やっぱりベタ過ぎますから!!


ていうか、あんたが8年間いるところは愛の流刑地じゃなくて、どう見ても・・・


自慰の流刑地 だし。
百歩譲ってただのムショ。


だいたい、うっかりしてたけどそもそも、あんたが納得した「冬香の愛の掟」からなにから全部・・・



マコママの戯言なんだって!!



すっかりその気になってますけど、それは冬香の陳述でもなんでもなく、赤の他人の出たがりオバハンの思い込みですから。

まったく、「これまで、冬香の気持を考えたことはほとんどなかった」っていってたけど、またちっとも自分で考えないでオバハンのいうことそのまま信じ込んじゃって・・・。

もういいよ、菊治。
いまさらお前にそんなこといっても無駄だよな。
どうせお前は記者たち読者の手も声も届かない場所に行ってしまうんだ。
永らくつきあってきて、ちょっと淋しくなるけど、しかたないよな。
じゃあな、菊治。



愛の流刑地でお元気で!

チャオ!











・・・それでは、連載も無事終了し、記者も記事も書き終えたということで、記者自身にお疲れさん、みなさんにもお疲れ様そしてありがとう、くわえて渡辺先生にもお疲れ様&ありがとうの意味を込めまして、ここで乾杯をしたいと思います。
乾杯の音頭は、記事の中ではほかに誰かというわけにも参りませんので、僭越ながら記者自らがとらせていただきます。


記者宅ダイニングテーブル上 23:39



乾杯のワインはこの日のために記者が用意した「CHATEAU PEYROUQUET=シャトー・ペイルケ(惜しい)、そして乾杯のセリフは主人公の村尾菊治さんが去年の正月の最高級フレンチコースの際に冬香に言ったセリフにあやかってとりおこないたいと思います。

え?
グラスが2つあるけど女でもいるのか?ですって?

なにをおっしゃる。
ひとつは記者、そしてもうひとつはもちろん、読者のあなたさまでございますよ。

よろしいですか?
それではみなさん・・・



「乾杯、僕等の『愛ルケ』のために・・・」