「われわれは、われわれの歴史の中にわれわれの未来の秘密が横たわっているということを本能的に知る」 

岡倉天心

2016年12月13日記述

 

金曜からPCがネットにつながらないという一大事が起きて以来、本日までネット作業ができなかった。せっかくネタを仕入れたのに何も書けずにいて、かなりのストレスを強いられた。

元部下のN君のおかげで救われたのだが、10月にPCが限界に達し、11月にはiPhoneが動かなくなったり、どうも2016年はデジタル厄年なのかもしれない(泣)。

 

さて、本日は急激な西洋化の荒波が押し寄せた明治という時代の中で、日本の伝統美術の優れた価値を認め、美術行政家、美術運動家として近代日本美術の発展に大きな功績を残した岡倉天心の言葉だ。

 

僕は高校生になるまで岡倉天心のことは知らなかった。

知ったきっかけはフェノロサ。アメリカ人の東洋美術史家、哲学者で、明治時代に来日したお雇い外国人なのだが、この人が法隆寺の夢殿の下に千数百年も隠されていた幻の秘仏「救世観音」を無理やりに引っ張り出した時にいたのが、かの岡倉天心だったというので知ったのだった。

 

ちなみに、なんで日本に仏教を広めた聖徳太子の偉功が詰まったお寺に、救世主」が隠されていたのかということでよく覚えていた。

 

前置きが長すぎた。

 

歴史は必ず繰り返される。

だから歴史を知るということは、未来に起きる出来事の雛形がそこにあるということなのだ。

 

日本の歴史、海外の歴史、古今東西で起きた出来事と、歴史として書物に残っているものにはには必ず「意味」がある。

意味のないものは残らないからだ。

 

最近は日本史と世界史を見直すことがビジネスに役立つ的な意味で、「歴史」関連の書物が人気だ。同じように宗教、哲学、地政学というのが2016年の人気ジャンルだが、結局はそのどれもが関係しているから、全部に目を通すことが大切だ。どの分野も人類の「歴史」だからだ。

 

海外に出るとよくわかるが、日本人は自国の歴史や文化をきちんと説明できない人間が圧倒的に多い。

「お寺と神社はどう違いうのか?」とか「なんで武士は切腹したんだ?」とか、いろんなことを聞かれるのだが、それにきちんと答えられないケースが多い。

 

知っていることと言えば、TVでやってたドラマの中の歴史や人物像。

相当な脚色があるから、そのまま覚えてしまうのはかなり危険だ。最近のNHKの大河ドラマなんかは、全く史実とは異なる話が捏造されているから、エンタメとして見ていないと危険なのだ。

 

歴史を見る目を養うことで、今日を読み、明日を見る目が育つ。

 

自らの未来を描いてゆく知恵は、歴史を学ぶことによってこそ産まれることを忘れてはならない。

そうしないと、国や官僚にいとも簡単にだまされて、あわれな老後を迎えなければならないという、悲しい顛末が将来に待ち受けることになるのだ・・・