間三郎と邦代のレコード店物語 | レッツゴー!元日本洋楽研究会

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1970年。
藤原間三郎は14年間勤めていた会社を辞め、
かねてからの夢だったクラシックを中心とする
レコード店を始めた。
妻の邦代は音楽にはまったく興味がなかったが
それでも家事育児に追われながら
「私が手伝わなきゃどうにもならない」と店に立つことにした。
 
当初はクラシック以外にポピュラーも歌謡曲も置いていた。
すぐによく動く商品、動かない商品が見え始め
歌謡曲が消え、カントリーが消え、クラシックが消えた。
間三郎はさすがにクラシックを止める時は悩んだが
ロックの輸入盤に可能性を見つけた。
今にして思えばその後の経営に大きな影響を与える
ニッチなマーケティングに踏み込んだ瞬間だった。
 
「新宿レコード」の原型ができあがった。
 
ある客がイタリア旅行で見つけたというLPを
「これはいいよ」と教えてくれた。
確かにいいので大阪のインポーターに大量に注文を出した
PFMだった。
「ヨーロッパのプログレは新宿レコード」と呼ばれるようになった。
 
ある若手音楽評論家が
「これは日本で絶対に売れる」と持ってきてくれたLPは
彼を信じて聞きもしないでその日のうちにオーダーした。
伊藤政則さんが持って行ったのはアイアン・メイデンだった。
「メタルは新宿レコード」との評価が定着した。
 
BCRの小冊子をイギリスから輸入した時は
予約で電話がパンクしそうになり電話局から怒られた。
 
昔は俵孝太郎も5代目小さんも来ていた。
酒井康さんはまだ学生だった。
いずれCBSソニーに入る田中章さんも学生で
ビートルズを買いに来ていた。
ある宮様はバイクでピンクフロイドだけを買って行った
メイデンのスティーブ・ハリスや、マイケル・シェンカー、
大リーガーのランディ・ジョンソンなどもよく店に来てくれた。
 
創業43年目に入っている新宿レコード。
山野楽器より帝都無線より石丸電気よりも
日本の洋楽ロック史上に果たした役割は大きい。
この輸入レコード店を知らなければ業界のもぐりだ。
 
そんな「新宿レコード」の藤原夫妻の話を引き出すのは
伊藤政則さん。
 

 

(マダム、政則、おじちゃん)

夏の特番ともいえる今回の放送は、
貴重かつたまらなく面白いはずだ。
8月18日(日)午後8時~10時
FM Cocolo「パイレーツロック」
 
 

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