京都甘味処 月が瀬 祇園店「祇園いちむら」
イチジクがのった、あんみつ氷です照れ
 
音譜音譜音譜音譜音譜
 
写真とは関係ありませんが、
 

今日は、私が経験したことをお話します。


数年前、我が家の隣の空き地が整地されて、売られました。
販売する会社が、我が家の駐車場のすぐ横に、売り土地の「のぼり旗」を立てたので、嫌だな、と思っていたら、やはり、近所の人からも、我が家が売り出されているように見える、と言われたので、メールで、旗を移動するように不動産会社にお願いしましたが、そのまま、放置されていました。

 

しばらくして、台風の前日に、その会社の人が来て強風に備えて、その、赤い布に白抜きで字が書いてある、のぼり旗を、一時的に回収していきました。
ところが、翌日、車に、傷がついていることに気付きました。買ったばかりで、まだその前日に乗っただけの新車でしたショボーン 私は助手席でしたが、車体に傷がつくようなことはありませんでした。


赤い傷だったので、のぼり旗を回収する時に付いた、とわかりました。足元の傾斜になっている所の土に、足を滑らせた跡が残っていましたから、バランスを崩して、旗の布の上から支柱の先端か何かでこすりつけて傷になったのでしょう。

会社に、苦情の電話をしました。
すると、担当者が、お菓子を持って来ました。

それで、新車だったので、傷を直して欲しい、と言ったら、「警察に行ってきていいですか?」と言われたので、会社に報告する関係などで、必要な手続きかな、と思って承知しました。

ところが!びっくり 間もなく連れて来た警察官は、

「当て逃げしてる、と聞いたんですが、、、」と言ったんです!ガーン
ビックリです!びっくり
でも、傷は、「し」の字になっているし、サイドミラーの後ろですから、車が走っていて付くような傷では、100%あり得ないし、赤い色が、のぼり旗の布の地色と同じでした。

それらを、私は警察官に説明しましたが、そういう物的証拠で、見方を改めてくれる様子はありませんでした。

警察にとっては、
初めに被害を訴えてきた人が、被害者、

私が、当て逃げと、修理代金詐欺・恐喝(・・?の加害者だったんです。
ビックリでした!プンプン
 
そこに、本部から無線があって、その、おまわりさん、
白なんです。棒も、旗も、全部白なんですよ
と報告したので、また、ビックリ!ガーン
私は、おまわりさんの目の前で、旗を指差して、
赤、赤、赤。見て!赤!
と言いました。
ちらっと目をやって、
「あ、はぁ、はい、はい、、、」
と、上司か同僚かに返事をして、無線は終わりました。
 
はーっ?!目
 
と、呆れてしまいました。
 
人間の脳のメカニズムって、そんなものなんでしょうか?
被害者の話は簡単に信じてしまって、赤が白に見えてしまうのでしょうか?!
 
いかつい顔のオッサンの訴えを聞いておく方が、面倒じゃない、と思われたのもあるのでしょうか?! 一見、善良な市民に見えるオバハンは、おとなしそうだから、こっちを、悪者にした方が楽だと思われたのでしょうか?
女だと思って、甘く見られた、と思いましたショボーン
 
ここまで、長くてすみませんでしたが、
 
 
国と国にも、ありますね。
 
支那や朝鮮と、日本と世界の間には、昔、日本が戦争するに至った経緯や、
戦後の謝罪と賠償の問題に、
「被害者になられてしまった・・・?!」
「加害者にされてしまった・・・?!」
「被害者の訴えを信じられてしまった?!」 
 という関係があるように思います。
 
 
車の傷の件は、
私は、こんな人には、もう関わらない方がいいと思って、それで終わりにしましたが、
本当は、若くて人の良さそーな、その おまわりさんに、
「あんたねぇ、警官なのに、簡単に騙されたらダメじゃないの!!しっかりしてよ」
と、お説教したかったんですけれど、おまわりさんに説教する勇気も無いので、さっさと終わりにしました。
 
のぼり旗は、別の場所に移動してくれたので、それで用は済みました。
車の傷は、手で擦ったら消えたんです爆笑爆笑
 
勉強させてもらいました汗
 
 
日本の隣にある、大陸と半島の国々は、数千年、王朝が入れ替わり立ち替わりの歴史でしたから、島国育ちで王朝の交代がない、お人好しな私たちには、計り知れないものがあるのでしょうね。
 
国と国は欺し、欺され、話しあいも約束も意味がなく、証拠や理屈が通じない。裏切りも、嘘も、殺すことも、生き抜く術。 
日本人のように、論理や証拠を重んじる国とは、もう、
次元が違っているんですね、きっと。 差別じゃないですよ。ヘイトしているのではなくて、客観的に歴史が違うから、そうなんだなって。
 
先に被害を訴えた方が、被害者になって、
訴えを聞いた国も騙されるから、安倍総理が世界中を飛び回って、日本に好感を持ってもらえたのは、すごく良かったと思います。
 
 
「日本」と国名を名乗った頃の日本は、「白村江の戦い」の直後だったので、正直なお人好しではなくて、大国の唐、(東西突厥も、百済も高句麗も飲み込んで拡大しようとする国)を相手に、騙すか騙されるか、の戦いの最中だったのかもしれません。
半島には、したたかに生き残った新羅があって、唐への緩衝国として、うまく付き合っていく必要がありました。
 
そんな中で、「日本書紀」は編纂されたのですね。
 
 
お読みいただいて、ありがとうございました🍀