先週のテレビドラマ『大化改新』で、
ちょっとだけ気になったことがありますキョロキョロ

舟恵尺(ふねのえさか)は百済王から遣わされたと言って、韓国語を交えて話していました。
百済は朝鮮半島にあった国なので、それを表現するには、演出としては韓国語で正解だったと思いますが、、、。
視聴者には、百済は韓国語を話していた国、または、百済はそのまま韓国になった、というイメージが、自然に頭の中に刷り込まれてしまったかもしれません。
と言っても、もともと、場所があちらなので、普通に、百済人は外国人のイメージですね。特に考えたこともない日本人が大半だと思います。

倭と百済は、それぞれの王家が親戚関係にあって、言ってみれば、連邦国のようだった、というのは、まだまだ一部の人が控えめにしか言わないかもしれませんが、(気を使う話ではありますから汗) 私はそう思っているので、ドラマで、百済人役が韓国語を話すことに、ちょっと違和感を感じました。

少し調べてみたんですが、、、
要するに、簡単に言いますと、
高句麗、百済、(加耶)、倭は、同じ扶余系の言語を話していたようです。
現在の朝鮮半島は、ベースが新羅人で、その後モンゴル系の人が入ってきた国なので、朝鮮語は百済語とは別だそうです。
百済と新羅は地形的に、山で隔たれていたので、人はあまり混ざらなかったと、専門家から聞いたことがあります。

高句麗の王子が百済を建て、百済の王子が倭の大王となり、、、(?)で、大王様を慕って人々は移住しますし、それで、自然と言葉は通じたんですね。ウインク

もし、リアルな演出にするなら、百済の使者 舟恵尺役は、普通に日本語で台詞を話してもよかったわけです。

「愛と友情の物語」がテーマのテレビドラマだったのは理解していますので、別に批判しているのではありませんウインク

百済語は関西弁。私もそう思います。
だから、私の物語の持統天皇は、使い慣れない関西弁です。あきんど風ではなくて雅な関西弁って難しいですねチュー
歴史のリアルは、関西弁がベースになっていて、お公家さんが話すような、「まろは~でおじゃる」という言葉の方が、百済語に近かったのでしょうか爆笑

私は、専門家ではなくて、ただ普通に考えて、思うことですが、、、

日本の近代でも、明治に、日本の標準語を作って国語の教科書にしました。
たぶん、古代、百済語とやまと言葉は似ていたけれど、方言があったり、その他にも、言葉はあったので、それを古事記や万葉集で、漢字を使って残せるよう工夫して、言語を統一することによって、ひとつの日本という国家の体裁を整えて歩み出したのではないでしょうか?
特に万葉集は教科書だったのかも、と思います。どうでしょうか?ニコニコ

今日も、いつものように、思いつくまま綴ってしまいました。
お読みいただいて、ありがとうございましたクローバー