【怒り心頭】なぜ悠仁殿下の家庭教師に半藤一利がww!? | 戦後体制の超克

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■秋篠宮後嗣殿下ご夫妻と、悠仁親王殿下


■半藤一利(はんどうかずとし)氏


 

 

 秋篠宮悠仁親王殿下の「家庭教師」に、なぜあの「半藤一利」が??

 日本の将来の天皇陛下に対して、誰が一体このような危険な工作を仕掛けているのでしょうか!?

 まったく不可解であり、怒りを禁じえません!

 以下、「FRIDAY」より引用します。

 


悠仁さまが秋篠宮家の「家庭教師」半藤一利に問うた難しい質問
半藤一利スペシャルインタビュー

https://friday.kodansha.co.jp/article/53220


<はんどう・かずとし/昭和5(1930)年生まれ。東大文学部を卒業後、
文藝春秋入社。専務取締役を経て文筆業に。
『日本のいちばん長い日』は終戦の日を描いたベストセラーとなり、
映画化もされている。『ノモンハンの夏』『昭和史』『文士の遺言』など著書多数>


「昨年、当時の天皇陛下の侍従から、『秋篠宮悠仁(ひさひと)殿下に、太平洋戦争はなぜ起こったのかを、わかりやすく話してください』という依頼があった。ですが、私は最初断ったんです。だって相手は小学校6年生の坊やですよ。そんな幼い子に単純明快に話せるようなことじゃない、無理です、と。だけど何度もお願いされて、じゃあさわりだけでも話しましょう、と出かけていったのが、8月15日でした」

秋篠宮悠仁親王は、まさに次代の天皇家を背負って立つ。その進講役として白羽の矢が立ったのが、昭和史研究家でもある作家・半藤一利氏(89)だ。
秋篠宮家の”家庭教師”になったのが「終戦記念日」だったのは、偶然ではないのだろう。平成から令和へと新時代を迎えた今、半藤氏がその日のことを本誌に明かした。
(中略)

要するに、この国は、戦争になったら守れっこないんですよ。さらに現在は、原発が海岸線沿いにずらっと並んでいる。ますます守れないじゃないですか。こんな日本が戦争をしていいわけがない。これが本当のリアリズムであり、地政学というんです。

こう話したら、同席していた父の秋篠宮が、幼い殿下に『地政学』とはこう書くんだよ、と紙に書いて教えてあげていましたね」

休憩時間になり、紀子妃が淹(い)れてくれたお茶を飲みながら半藤氏が「質問がありますか?」と聞くと、
悠仁さまは手を挙げて「アメリカはなぜ広島と長崎に原爆を落としたんでしょうか?」と質問した。

「質問を受けて、これはなかなか難しいぞ、と思いながらも丁寧に答えましたよ。細かいことは忘れてしまいましたが。

あの戦争は片一方だけが悪いんじゃない、向こう(アメリカ)も悪いんだという説が当節盛んです。ですが、少なくとも戦争の状況に持って行くまでは、日本の責任が大きいと私は考えています」

父・秋篠宮からも質問が
悠仁さまへの説明を終えた時、今度は父の秋篠宮が「私からも、質問をいいでしょうか?」と切り出した。


「彼は私の著書を読んでいて、統帥権(とうすいけん)について、もう少し詳しく教えてください、と言われたんです。

統帥権は非常に難しい概念です。日本国憲法施行までの大日本帝国憲法は、明治22年に公布されています。ですが、『軍人勅諭』の原形ができるのは明治11年。憲法より11年も前なんです。そこには大日本帝国陸海軍は大元帥である天皇直属の軍隊である、とあり、大元帥(=天皇)の指揮権を統帥権と言ったのです。

つまり、軍隊は後から成立した憲法の埒(らち)外にあると、少なくとも一部の軍人どもは考えた。明治から戦前の時代は、一人の中に天皇陛下と大元帥陛下という二つの役割があり、これが日本という国を非常に難しくしていたんです。

統帥権にまつわるややこしい話、当時のさまざまな事例を理解してもらうため、結局、後半の1時間半は、私と父宮との会話になりました。

それでも殿下は、居眠りもせずじっと傍らで聞いていましたよ」
(以下略)


 

 

 ハンドウは、まず皇室に対する言葉遣いから勉強すべきです。

 悠仁親王殿下を「小学校6年生の坊や」と呼んだり、秋篠宮後嗣殿下を、「秋篠宮」「彼」などと呼んだり、敬意のカケラもありません。

 皇室に対する敬意のかけらもないハンドウの日頃の発言をみれば、共産党シンパだということがよくわかります。

 


■しんぶん赤旗(2018年5月6日号)
https://www.jcp.or.jp/akahata/web_weekly/201110/180506/


5月3日は憲法記念日、5日はこどもの日です。作家の半藤一利さんと憲法学者の木村草太さんに、安倍9条改憲や憲法の意義、子どもの人権、安保政権などについて聞きました。
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■しんぶん赤旗(2019年1月25日号)
https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2019-01-25/2019012503_02_0.html


安倍政権の原発輸出が総崩れ
「この人に聞きたい」 作家・半藤一利さん


 安倍政権が「成長戦略」に位置付け「トップセールス」を展開してきた「原発輸出」が総崩れになりました。経済産業省元官僚の古賀茂明さんは「原発はコストがあがり、競争力を失った」とズバリ指摘します。

 「この人に聞きたい」は、ベストセラー『昭和史』で知られる
作家の半藤一利さんです。松本清張などとのかかわりや戦争体験をふまえ、「73年間、日本は憲法のもとで平和だった」と語ります。

 厚生労働省の毎月勤労統計をめぐる不正問題。アベノミクスの成果を誇示するために統計データを偽装した疑いも浮上しています。
(以下略)

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■東洋経済オンライン(2018年1月27日)

https://toyokeizai.net/articles/-/205960


半藤一利「明治維新150周年、何がめでたい」
「賊軍地域」出身作家が祝賀ムードにモノ申す


「明治維新」という言葉は使われていなかった
――そもそも「明治維新」という言葉が使われたのは、明治時代が始まってからずいぶん後のようですね。

私は、夏目漱石や永井荷風が好きで、2人に関する本も出しています。彼らの作品を読むと、面白いことに著作の中で「維新」という言葉は使っていません。特に永井荷風はまったく使っていないのです。

漱石や荷風など江戸の人たちは、明治維新ではなく「瓦解(がかい)」という言葉を使っています。徳川幕府や江戸文化が瓦解したという意味でしょう。「御一新(ごいっしん)」という言葉もよく使っています。

明治初期の詔勅(しょうちょく)や太政官布告(だじょうかんふこく)などを見ても大概は「御一新」で、維新という言葉は用いられていません。少なくても明治10年代までほとんど見当たりません。

そんなことから、「当時の人たちは御一新と呼んでいたのか。そもそも維新という言葉なんかなかったんじゃないか」と思ったことから、明治維新に疑問を持つようになりました。


調べてみると、確かに「明治維新」という言葉が使われだしたのは、明治13(1880)年か14年でした。
(以下略)

 


 次にハンドウは、「日米安保」の果たしてきた役割と、東アジア情勢における「地政学」を勉強すべきです。

 悠仁親王殿下に対し、「地政学」を教える資格などまったくありません。

 

調べてみると、確かに「明治維新」という言葉が使われだしたのは、明治13(1880)年か14年でした。

 

 また、「明治維新150周年」に水をさすような発言をしていますが、だったら「大化の改新」はどうなのでしょうか?

 「大化の改新」という言葉は、「日本書紀」にも記載されていませんし、江戸末期になって改めて注目されはじめ、昭和初期頃に改めて「大化の改新」が歴史的に評価されるようになったのです。

 

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 「FRIDAY」によれば、ハンドウを皇室の御進講役に依頼したのは、宮内庁の侍従だとあります。

 そこで、平成8年以降の宮内庁侍従長、及び東宮侍従の人物を調べてみました。

 すると、驚くことに侍従長、及び東宮侍従のすべてが外務省出身の官僚だったのです!

 


出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BE%8D%E5%BE%93

■歴代侍従長(平成8年以降)

・渡邉允 1996年(平成8年)12月12日 - 2007年(平成19年)6月15日
 外交官。
 現在、宮内庁参与。

川島裕 2007年(平成19年)6月15日 - 2015年(平成27年)5月1日
 外交官。

河相周夫 2015年(平成27年)5月1日 - 2019年(令和元年)5月1日 
 外交官。

小田野展丈  2019年 (令和元年) 5月1日-
 外交官。

 
■歴代東宮侍従(平成8年以降)


大嶋英一 1996年(平成8年) - 1998年(平成10年) 
 外交官。

水谷章 1998年(平成10年) - 2000年(平成12年)


 

 

 「宮内庁」は、まさに「宮害庁」です。

 ハンドウのような”反動”分子を、よくも「御進講役」に選んでくれたものです。

 4月28日に発生した、悠仁親王殿下の通われる学校に刃物が置かれた事件でも、宮内庁の責任を問う声は多く聞かれます。

 宮内庁内部から皇室が狙われているという懸念が払拭できないのです。

 


■皇室テロ!悠仁様の机に刃物(NNN)

通われている中学校で
悠仁さまの机に刃物 警視庁が捜査
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きのうの昼ごろ
秋篠宮家の長男・悠仁さまの机に
刃物がおかれているのが見つかる

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刃物
悠仁さまのクラスが授業で教室を
外していた時に置かれたか

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学校の防犯カメラに不審な男が映る
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警視庁
刃物を置いた人物の特定を進める

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悠仁さまの机に刃物 警視庁が捜査

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20190427-00000027-nnn-soci

26日、秋篠宮家の長男、悠仁さまが通われる中学校で、悠仁さまの机に刃物が置かれる事件があり、警視庁が捜査を進めていることがわかった。

捜査関係者によると、26日昼頃、秋篠宮家の長男、悠仁さまが通われる、お茶の水女子大学附属中学校で、悠仁さまの机に刃物が置かれているのが見つかったという。

悠仁さまのクラスが授業で教室を外していたときに置かれたとみられ、学校の防犯カメラには、不審な男が映っていたという。警視庁は、防犯カメラを解析するなどして、刃物を置いた人物の特定を進めている。


 

 

 一方、外務省の内部には、「大鳳会(おおとりかい)」という創価信者の組織が存在することが、週刊文春ですっぱ抜かれたことがありました。(2005年2月10日号159ページ)。

 つまり、宮内庁←外務省←創価学会というつながりは、以前から指摘されていました。

 

 我々は、こうしたカルト教団による皇室侵略を黙って見ているわけにはいきません!

 悠仁親王殿下が、万が一にもカルトに染まってしまわないよう、今こそ良識ある国民が立ち上がるべきです!

 


■何はなくても日韓断交


 


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