「少年ゾンビ高橋。#3」
泥水にまみれ汚れた衣服はほころびも目立つ。見る限り欠損箇所こそないものの、彼自身の肉体も状態がいいわけではないようだった。
「……君……名前は?」
恐る恐る聴取を始めた、もつれて束になった少年の髪から滴が落ちる。ほんの数秒で小さな溜まりが床にできる。
建て替えさえ為されない戦前からの交番、その木貼りの古い床板だ、そのまま色移りしてしまうかもしれない。
「名前……名前は……えぇと……」
名前……なんだっけ……そんなこと考えて生きてないからなぁ……あ、もう生きてないのかな……。
「高橋くん、でいいかな」
「おじさん、僕のこと知ってるの?」
「おじさんじゃない、僕はまだ三十歳だ」
巡査はおじさん呼ばわりを嫌った。
「シャツの胸に刺繍がされてる。高橋、と。ずいぶん汚れているけど読めなくもない」
「ほんとだ……僕、高橋っていうのか……」
泥か汗か血かそれ以外か、あるいはその数種が重層的に汚れの原因か。
……しかし。この薄気味悪く小汚い少年……保護したはいいが……このあとどうすればいいのだろう……。
「高橋くん……君さ……えぇと何から聞いておこうかな……いや、その前にさ」
「ん?」
「君が交番に来てからハエが……」
巡査は払い除けながら現象を不審に思う。
「あー。おまわりさん、防臭剤とか殺虫剤とか、くれない?」
「いいけど……それ、どーするんだい?」
「飲む」
「え、飲む?」
「暑いじゃん? 腐敗も早いし虫も湧くし。消臭剤もあれば臭いもマシになるかなぁ……」
「……」
……なんだこいつ。だから田舎はイヤなんだよなぁ……いつまでこんなのと居なくちゃならないのか……。
「おまわりさん、僕、ゾンビみたいなんだよね。なんでそうなったか知らないけどさ」
高橋くんはなんでもないことのようにそう言った。
<この続き、どうする? オチる?>
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⇒少年ゾンビ高橋。
⇒少年ゾンビ高橋。 #2
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