譜面のことを時々書いていますが、ジャズのリード譜の位置づけは何なのだろうということについて書きます。想像が含まれますが、プロの方の話を聞いたうえでの内容が多いです。
多くのクラシックの場合は譜面はルールだと思います。書いてあることを指示通りにすることに加えて、書いていないことは常識、慣例で判断するのが正しいと思います。指示に関しても、指示の程度に関しては、常識、慣例に加えて、演奏者の意思を加えて演奏されると思います。その意思の部分が、演奏に個性をもたらすのだと思います。
対して、ジャズのリード譜の場合は、メロディー、コードに関して果たしてルールなのかということを考えてみると、そうでは無いと思います。
メロディーに関しては、フェイクやレイドバックの表現を無効にした形で欠かれている場合が多いので、演奏者が意思を入れる部分が多分にあります。
コード進行に関しては、一般的なリード筆はメジャー、マイナー、ドミナントいずれに関しても全てのテンションノートを書いてあることは無く、常識、慣例、演奏者の意思でふかされると思います。ドミナントである人がb9を入れれば、別の人は#9を入れるケースもあると思います。
コードの進行自体に関しても、細かいコードの進行を抜くケース、大まかに書かれているコード進行の中に経過コードを入れることも演奏者にゆだねられていると思います。
今わりと使われている通称黒本と呼ばれる曲集は、かなり細かくコードが詰め込まれたリード譜となっていますが、書いた本人ですら一例と言っているくらいです。ここに書かれているメロディやコードはあくまで参考なのであって、それがアウトラインである必要はあるものの、その通りにやることが正しい演奏ではないということです。
ジャムセッションのときに同じ譜面を持ち寄れば同じアレンジで演奏されて間違いが無いという気持ちはわかりますが、それはジャズとしての演奏とは離れたものになりかねないと思います。そして、その譜面を持っていない人が違う演奏をしたときには、その演奏者が「違っている」と指摘することになります。
曲集を持たず、長い演奏の中で一般的と思われるコード進行を自分の中に持っているプロのプレイヤーからすると、それをアウトラインにして、それ以外の演奏が来たときには演奏中にあわせられる部分はあわせ、それが難しい場合はヘッドアレンジで確認する程度だと思います。
長々と書いていますが、要点は最初に戻り、ジャズのリード譜は参考資料であってルールではないということです。だから、譜面を妄信する演奏では、周りの音を聞いて演奏を変えたり、自分の意思で演奏を変えたりする余地がどんどん狭くなるので、演奏者としては危険な進め方のように感じます。
(厳密に言うと絶対に入れなければいけないテンションや決めのフレーズなどはその曲での「ルール」ということになると思うので、それに関してはおそらく譜面を持っている人ももっていない人も同じ認識で演奏できる気がします。リード譜に書かれている全てがルールではなく、ルールも含む参考資料という言い方が正しいかもしれません。)