神奈川フィル ベートーヴェン第9 | リーベショコラーデ

リーベショコラーデ

thoughts about music and singers

12月26日 神奈川県民ホール 大ホール

聞きに行ってきました☆

ソリストの森麻季さん目当てです


リーベショコラーデ

$リーベショコラーデ



年末に日本のあちこちで第九をやるのは
日本人が第九が好きとか
年末にふさわしい曲だからとかではなく

客が入るから

に他ならないのであって、
この時期に新しいことをやる人が日本には必要です


しかし、この指揮者 金聖響さんは
日本の指揮者の中でも言語によってしっかり物事を話せる
珍しい人で、その著書はとても面白いです


この2冊は中学生以上ならオススメ

ベートーヴェンの交響曲
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目当ての森麻季さん
ビジュアル先行と思いがちでしたが、
良い声をしています

衣装もいつも素敵でセンスがあります
日本のじめじめした土壌で生きるのは大変でしょう
やっかみでつぶされないようにと祈りたくなりました


さて今日はこの歌詞についてです

まず当日のパンフレットに書いてあった原語


リーベショコラーデ

訳語

リーベショコラーデ



シラーによる元の詩、ドイツ語は日本語にするのがとっても難しい言葉ですが

この部分
Wem der große Wurf gelungen,
Eines Freundes Freund zu sein,
Wer ein holdes Weib errungen,
Mische seinen Jubel ein!

Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
Und wer's nie gekonnt, der stehle
Weinend sich aus diesem Bund!

ここは日本語では
「心の通い合う友を得るという困難な望みが叶った者」から
「人知れずみじめに去っていくがよい」までなんですが、

Eines Freundes Freund zu seinというのは、「誰かの友達となった」という意味で、
自分の存在の意義(zu sein)を「誰かの親友」(Eines Freundes Freund)という
他者からの視点で測るという所に奥深い意味があるのです。

つまり

誰かの「本当の友達」だったかどうかを問うているのであって
自分が何を成し遂げたとか、何になったかとか、そういう自分基準の物差しではないのです。

そして更に続けて
Ja, wer auch nur eine Seele
Sein nennt auf dem Erdenrund!
「そうだ、心を分かち合う魂が一人でもいる」人は、
歓喜せよ!とアジってるわけですクラッカー

歓喜の歌の歓喜の意味は、この部分にあるわけです。

「誰か一人でも、その人の親友になったか」

奥深い話しではありませんか☆合格