宝冠をかぶった珍しい釈迦如来(鎌倉「仏像入門」展)
鎌倉・鶴岡八幡宮境内にある「鎌倉国宝館」で、
「仏像入門 ミホトケをヒモトケ」という特別展に行ってみました。
鎌倉のお寺はたまに行くけれど、仏像があまり公開されてないので
この機会に見てみようと思いまして。
結局、展示のインパクトはいまひとつだったのですが、
ちょっと変わったお釈迦さまの像に出会いました。
建長寺の「宝冠釈迦坐像」(南北朝時代)です。
宝冠やアクセサリーをつけて、衣もシフォンのようにエレガントでしょう?
菩薩でなく如来なのに、こういう姿は初めて見ました。
しかも建長寺って禅(臨済宗)なのに・・。
説明文によると、
「宝冠をつけるのは華厳宗の毘盧遮那だが、
禅と華厳の融合により、禅宗寺でも尊ばれた」とありました。
禅と華厳の何をどう融合するのか、よくわかりませんが。
それから、「歓喜天」(南北朝、巨福寺坂町町内会所蔵)。
頭は象・身体は人間のエレファントマン、
つまりヒンズー教のガネーシャのような像が、
2人で抱き合いまぐわっています。
エロティックなのでほとんどが秘仏とされているそうで、
私もはじめてみました。
鶴岡八幡宮は、大きな蓮池があって、
ちょうどいま花がみごろで、大変けっこうでした。
「仏像入門」展 7月15~9月5日
開館時間 / 午前9時~午後4時半(入館は午後4時まで)
休館日 / 月曜日 (7月19日は開館)、7月20日(火曜日)
主催 / 鎌倉国宝館(鎌倉市教育委員会)
観覧料 / 一般400円(280円)、小中学生200円(140円)
http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/
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ジャイナ教徒の死を予言「阿ぬ夷経」
中断していた『現代語訳 阿含経典 長阿含』(訳・末木文美士ほか)を
また読み始めました。次は第4巻。
本日読んだのは「阿ぬ夷経」(あぬい経、長阿含11巻15経、「ぬ」の漢字がPCで出ない)。
これは、なかなか変なお経でした。
お釈迦さまの従者だった「善宿」という人が、
お釈迦さまが神通力や奇跡を見せてくれないことに不満を感じて、
還俗して異教徒になってしまいます。
そこから、お釈迦さまの神通力に関する3つのエピソードが語られますが、
面白いのは、みんな尼乾の弟子=ジャイナ教にまつわる話なのです。
要は「ジャイナ教より、私の教えのほうが正しい」と、
お釈迦さま自身が烈しく主張しているような・・・。
全裸派と白服派で分裂、今でも全裸の行者が・・。
しかも、その神通力のエピソードがけっこうエグいのです。
(訳者・辛嶋静志氏は「失笑する」と書いてますが)。
・伽羅楼というジャイナ教の苦行者が7つも苦行をしていた。
お釈迦さまは「彼は苦行に挫折して墓地で死ぬ」と予言したら、
そのとおりになった。
・究羅帝というジャイナ教徒が、
クソの山にしゃがんで犬のように酒カスを舐めている(!)
のを見て、善宿が「彼こそ阿羅漢だ」と言う。
お釈迦さまは「いや、彼は7日後に食いすぎで腹が膨れて死に、
起屍鬼(ぎしぎ・死体に気を呼び起こす鬼)になる」と予言、
そのとおりになった。
・波梨子(はりし)という裸の行者(初期ジャイナ教徒は裸でした)が、
「釈尊の2倍は智恵や神通力がある」と自慢していた。
お釈迦さまは、「では私に会いにくればいい。無理だけどね」と予言する。
波梨子は縄椅子に座って、動けば動くほど縄がからまって、
釈尊に会いに来られず、ここでも予言どおりになる。
妙なお経でしょう?
でも、なかなかユーモラスなんですよ。
たとえば、クソ山で酒カスを舐めて満腹で死んだ究羅帝は、
葦の綱で墓地に引きずっていかれます。
善宿は、わざわざ墓地に出向いて、そのしかばねに語りかけます。
※以下、漢訳は「釈尊」ではないが漢字がPCで出ないので。
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「そのしかばねは両方の膝と足を動かしていたが、
ばったりとうずくまった。
そこで善宿はわざわざしかばねに近づいて、言った。
<究羅帝さん、あなたは死んだのですか>
しかばねは答えた。
<私は死んだ>
<あなたはなんの病気で死んだのですか>
<釈尊の言葉どおり、ちょうど7日目に腹がふくれて死んだ>
(中略)
そこでしかばねは善宿に言った。
<おまえさんが出家しても、いいことがないのは、
釈尊がこんなことを説いてもおまえさんが信じないからだ>
こう言うと、しかばねはもとどおりうつぶした」
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B級ゾンビ映画か。
お釈迦さまが、善宿を何度も「この愚かものめ!」と叱っていたり、
ジャイナ教徒を悪しざまに批判していたりする、珍しいお経でした。
そこで私が感じた疑問とは――
・お釈迦さまは、もしや、ジャイナ教の開祖・マハーヴィーラに
ライバル心を持っていたのだろうか?
現代まで生き残ったジャイナ教は、外道の中でも強力だったと予想され、
教義も仏教と似ているところもあるし。
・「これはお釈迦さまの言葉ではない」と勝手に解釈していいものかどうか?
この「阿ぬ夷経」もそうですが、ごくたまに「お釈迦さまらしくない」、
と感じる荒々しい内容があったりします。
でも、初期仏典の中で、「これはお釈迦さまのイメージ、これは違う」と、
勝手なイメージで取捨選択するのは邪道だと思うのですが、
そのへん、仏教のプロはどうしてるんでしょうか?
後世に加筆されたなどの証拠があれば、すっきりするのですが・・。
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『日経おとなのOFF』釈迦入門がヒドい
『日経おとなのOFF』が、何を考えたか「釈迦入門」という
大特集を組んでいたので、立ち読みしてみました。
リード文で「人間・釈迦とは何者であったのか」と張り切ってるわりに、
「肌が金色に輝いていた」などの伝説・神話化がごっちゃになってるのは、
まぁ、よしとしましょう。
特集後半の、白取春彦さんや小池龍之介さんの部分は、
たぶんちゃんとしてるんだと思います。読んでないのですが。
しかし目を覆うばかりにひどかったのは、
「釈迦は天の声を伝える霊媒だった!?」という記事。
三沢栄高というスピリチュアルカウンセラーが読み解く
”「般若心経」に隠された謎”を6ページに渡って展開しています。
まず三沢氏は、「釈迦には、後世の仏教者によって隠された
ある”秘密”があったのです」と宣言、
それを編集部が「ダヴィンチ・コードならぬブッダ・コード」と盛り上げます。
三沢氏が根拠とするのは、チベット版『般若心経』です。
チベット版には、玄奘訳にはない(日本人の知らない)前段と後段がある、と。
そこには、「霊鷲山で釈尊が瞑想していたら、観世音菩薩が現れ、
釈迦を通して舎利弗に空の思想を説いた」と書かれている、と。
ここからの解釈がすごいんです。要約すると・・・
「釈迦は”この世”の人だが、観音は”あの世”の存在」である。
だからあの世の観音が
「釈迦に乗り移って真理を説いたと考えるのが自然ではないでしょうか」と。
つまり釈迦は「仏媒(高級霊の言葉を伝える霊媒)」だったというのです。
これが、三沢氏のいう「釈迦の秘密」です。
(釈迦=仏媒説はダライラマも言っている、と書いてありましたが、
そうなんですか?チベット仏教はよく知らないんだけど)
でね、玄奘は「釈迦=仏媒」という秘密を隠すために、
わざと『般若心経』の前段・後段を訳さなかった、というんですねー。
でね、「空の世界」は「霊界」で、そこからやってきた魂が、
現実の色界で生活してるんですって。
えーっと、余計なお世話ですが、『日経おとなのOFF』読者のために
つたない解説をさせていただきますと、
・観世音菩薩は、”あの世”の存在でも高級霊でもありません。
(釈迦の前世物語で使われた修行時代の呼称「bodhi-sattva=菩薩」が、
大乗仏教時代に大発達して信仰された架空の存在。現世で救済活動中)
・「空」は、すべて因縁であって実体などないという観念・世界観であって、
少なくとも「霊界」とは何の関係もありません。
・『般若経』はお釈迦さまの死後500年ほどして書かれた大乗的新解釈経典で、
登場するお釈迦さまは、史実や弟子の口伝に依っていません。
なので、仮に『般若経』に「仏媒です!」と明記してあったとしても、
実在のお釈迦さまがそうだった証拠には全くなりません。
(もし解説まちがってたら、ご指摘ください!)
でね、この解説者の三沢栄高という人。
http://www16.plala.or.jp/misawa_eikou/html/healing/index.html
スピリチャルヒーリング研究所をつくって、数万円で除霊などをして、
病気を治したりするんですって。いちおう「観音宗」の僧侶らしいですが。
著書の内容がコレですから。
http://www16.plala.or.jp/misawa_eikou/html/book/book.html
いくらでも有識者がいるのに、なんでわざわざ。
まぁ、『日経おとなのOFF』編集部の意図として、
「やっぱ日本人の好きな般若心経は入れないとね」
「なんか目新しい解説者はいないの?」という気持ちは同業者としてわかります。
でもやっぱマズいでしょ~、読者が信じちゃうよ~。







