【第17回】ルビンの壷-錯視考- | NHK・にほんこども新聞
2010-03-01 00:00:00

【第17回】ルビンの壷-錯視考-

テーマ:暇人的日常の考察(@前アカ過去ログ)
木乃伊的生活.web-ルビンの壷

デンマークの心理学者、E・ルビンが1921年に発表した『盃と顔図形』は、一般には『ルビンの壷』として知られている。上掲の画像がまさにそれなのだ が、言ってしまえばこれは「錯視の作用で、人の顔にも、花瓶にも見える図形」といった感じの代物だ。おそらく、「大屋政子の似顔絵を描いたが、出来上がっ てみたら、アパホテルの社長にも見える」というようなものだ。そう筆者は勝手に考えているが、おそらく世間的には大きな間違いである。ちなみに、ここはま だ冒頭のネタフリ部分なので、読むのを止めてしまってはいけない。なぜなら、例によって筆者はここから先も携帯ユーザーの利便性などは一切考えることな く、ダラダラと長文を書き連ねているからだ。

なお、もし万が一、この図形を見ても、「人の顔にしか見えない」とか、「壷にしか見えない」という人がいたら、是非とも今すぐ3Dアートなどの観賞用に使 う、赤と青のレンズが入った立体化メガネをかけてみて欲しい。たぶん、他人様から見ると、今のあなたは、この図形とは比べ物にならないくらいに面白い人に なっていることだろう。無論、そうした脱落者に構うことなく、筆者はさらに書き続けていく。ランキングからうっかり飛んできてしまった携帯ユーザーの大半 が、既に脱落して他のページを見ているとしても、だ。


さて、そんな錯視を利用した図形であるが、最近では実に様々なものが存在している。無論、3D系のCG絵の類もそうであるし、エッシャーの騙し絵みたいな ものも、この範疇に収まることだろう。だが、そうしたアート以外にも、ごくごくありふれた街角の光景の中に、実は同様の要素を持つトリックアイテムが、意 外と多く隠されているのだ。その代表例が、次に挙げる「よだれコアラ」の看板である。

木乃伊的生活.web-ルビンの壷

上掲の画像は、東京・世田谷区某所にて筆者が撮影したものだが、この図形は、一見して分るように、「よだれをたらしたコアラのような顔」でしかない。大き な卵型の鼻を中心に、左右に小さな目が描かれ、半円形の口からはよだれのようなものが流れだしている。筆者はそのあまりに特徴的な図形から、この看板を 「よだれコアラ」と勝手に名づけ、親しんでいるが、仮に百歩譲ってこれがコアラではないとしても、明らかに何かの顔であることは間違いないだろう。もし、 「このままだと、どうしてもそう見えない」という人は、次の画像を見て欲しい。


木乃伊的生活.web-ルビンの壷

さきほどの画像に、「まゆげのようなもの」を、追加パーツとして描き足してみた。これでも「何かの顔」に見えないだろうか。人によっては、「おじいさんの 顔か何か」に見えるかもしれない。仮におじいさんだとすると、よだれの存在が急激に物悲しく思えてくるが、それはまた別の話である。

なお、それでも顔に見えないという人は、さらに次の画像をご覧頂きたい。


木乃伊的生活.web-ルビンの壷

今度は「まゆげのようなもの」ではなく、「耳のようなもの」を描き足してみた。筆者と同様に、最初の画像を見て、「コアラの顔」だと認識した人は、おそら くこうした図形を、なんとなく頭の中で思い描いていたのではないだろうか。さすがにここまでくれば、多くの人々がこの図形を「何かの顔」と思えるように なってくるだろう。なお、それでもやはり見れないという人は、是非ともパーティ用の鼻メガネをかけてみて欲しい。たぶん、今まで友達だと思っていた人間の 何割かが、実は単なる知人に過ぎなかったと痛感することだろう。



このように、『ルビンの壷』と同じような錯視をもたらす図形は、我々の身近な場所にひっそりと存在しているが、その実、それらのすべてが「錯視」を狙って いるかというと、そうであるとは言い難い。というのも、ここまで展開した上掲の画像についても、どうやら錯視要素で「顔」に見えることを狙って描かれたも のではないようだからだ。


というのも、これが仮にコアラないし、何かの顔であったとするならば、なぜこのようなマークを、街の至るところに掲げるのか?という話になってくる。無 論、周囲にコアラの潜むような場所はないし、このような顔の人が集まってくる場所というわけでもなさそうだ。だとすれば、これは「何かの顔ではなく、別の ものを描こうとした結果、たまたま錯視要素で顔状の図形になってしまったのではないか?」という可能性が浮上する。


実は結論から言ってしうと、これはトイレの場所を意味するマークなのである。どうやら、鼻に見えた場所は便座の蓋であり、口とヨダレに見えた場所は便器を 模して描かれているようなのだ。そこで改めてもう一度、さきほどの画像をご覧頂きたい。画像の中心部に描かれた白い場所に注目するといいだろう。

木乃伊的生活.web-ルビンの壷

如何であろうか。さきほどまで「何かの顔」であると信じて疑わなかった人も、今となっては、少しずつ便器マークに見えてくるだろう。もしそれでも便器に見えないという人は、次の画像をご覧頂きたい。


木乃伊的生活.web-ルビンの壷

さきほどの画像をベースに、一般的な便器の付属部品を描き足してみた。便宜上、「目」に見えた部分はその色を薄くしているが、基本的な構図などはさほど変 わらない。こうなってくると、さっきまで「何かの顔」に見えたことが、今となってみれば不思議に思えてくるほどである。もしこれでも「便器に見えない」と いう人は、是非とも万華鏡を使って覗いてみて欲しい。おそらくまったく別のカラフルな何かが見えて、しばらくの間、童心にかえれるはずだ。なお、無理をし て現実社会へと戻ってこなくても筆者は一向に構わない。



このように、平凡で当たり前のように見過ごしてしまう日常的な光景の中にも、たった数秒だけ足を止めれば、別の何かに見えるものが隠れている。街の景色は、たとえその創り手が意図せずとも、そこはかとないエンタメ要素が、ひっそりとちりばめられているのかもしれない。



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