「ポール、いつの間に日本語覚えたのかしら?」
サイコはハンカチを口でかみしめながら、嫉妬混じりの気持ちでそう思った。
「私には日本語少しもしゃべんなかったのに・・・。」
「いいぞ、ビートル!」
ヒロシの隣の男性の声が、武道館中に響き渡る。
「ビートルって、その言い方はやめろよ。」
ヒロシは心の中でそうお願いしながらも、ステージの四人の仕草を決して逃すまい、と凝視し続ける。
「では次の曲にいきます。のっぽのギタリスト、ジョージが歌う、イフアイニーデッドサムワン、です!」
ポールのコメントと同時に、印象深いイントロが始まった。
「ラバーソウル」収録のこの曲は俺もここ最近、よく聴いていた。
ジョージは歌いながらも、会場中をきょろきょろ見つめ、やたらと手を振りまくる。
観客はその度に悲鳴をあげていた。
ジョンとポールのやけっぱちなコーラスがジョージのボーカルを支える。
リンゴはやけに機嫌が悪そうな顔でプレイをしている。
よほどステージがいやなんだろうか。
或いは客席の醜い争いが目に入ったのか。