映画「インポッシブル」の舞台はカオラック | nezumiippiki

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カオラック題材の映画「インポッシブル」が遂に登場

今年のアカデミーショーの主演女優賞のノミネートにナオミ・ワッツの名があった。
出演している映画はThe Impossible・邦題名インポッシブル。

この映画は2004年のスマトラ沖地震によって引き起こされた、カオラックを襲った
津波被災をテーマにした映画で、カオラックのロケは2010年の秋には終了し、ハリウッドからのニュースでは2011年夏には世界中で上映される予定であったもの。
しかし、2011年3月11日、東日本大震災が起きたためなのか、その後一切の情報が途絶えてしまい、暫くは様子見状態ではなかったかと想像している。
その後、時々はこの映画がどうなったか気にしていたが、昨年夏に監督の出身国で且つ主要な撮影場所であったスペインで公開のニュースを見つけた。
そして、いよいよこの初夏に日本でも公開されるという。
http://gacchi.jp/movies/impossible/

この物語の舞台はタイのカオラック。
物語の内容は津波被害に遭ったスペイン人家族の実話を元にしている。

2004年のタイのカオラックには、クリスマス休暇を楽しんでいたヨーロッパ人が大勢いた。

カオラックはプーケット空港から本土側に渡り、アンダマン海側を1時間ドライブした所にあるビーチリゾート。日本ではプーケット島しか知られていないが、カオラックはプーケットとは真逆の環境を持つリゾートで、特に西ヨーロッパの人達の絶大な人気を誇る。
南北に繋がる11㎞のビーチは、映画で見てもらうと分かるが実にきれいで、ビーチにパラソルが立っていなく自然のままのビーチの景色が楽しめ、プーケットと違いまとわりつく物売りがいなく、ビーチボーイもいなく、海からうるさいエンジン音も聞こえない。そして、なにより風俗営業が無いのでカップルや家族連れの旅行客には喜ばれている。

ビーチの対岸には世界トップクラスの海の国立公園、ダイバー憧れのシミラン諸島があり、海を背に内陸側には世界最古の熱帯雨林と天空を突く石灰岩の峰々、映画「アバター」の世界が広がっている。

12月26日ボクシングデイの朝、スマトラ沖地震、マグニチュード9.1が発生しそれに伴い津波が発生します。皆さんの記憶にもまだ残っていると思いますが、アンダマン海やインド洋全域で28万3千人以上の犠牲者が発生しています。タイでは8,245人、内カオラックが最大の被災地で犠牲者4,500名以上を数えます。当然多くのツーリストもその数に含まれています。今正確な数字は持っていませんが、タイ全体で外国人の犠牲者が2千数百人で、その90%位がカオラックだったと記憶しています。日本ではもっぱらプーケットの地名で津波報道の記憶があると思いますが、プーケットではタイ人外国人含めて300名程の犠牲者数です。

カオラックを襲った津波高は大よそ10m。場所により12mを記録しているところもあります。
クリスマス休暇ということは、カオラックにあるホテルはどれも満室。そしてその多くがビーチの近くにあり、津波の直撃をまともに受けてしまいました。ある大型ホテルでは300名もの犠牲者を出しています。
ビーチリゾートのホテルは、特にヨーロッパの人達に好まれるのは低層階やバンガロータイプです。そのためカオラックのホテルは高くても3階建でしたので、皆頭から水に埋もれてしまったわけです。
そのため、波に飲み込まれ、水の中から必死に空気を求め這い上がり、瓦礫とともに波に流され、お互いに生死が分からない状態で家族はみなバラバラになった人達が殆どです。生き残った人達でも怪我をしていない人は稀だったと聞いています。

インポッシブルの予告編を見ると、この家族もご多分にもれず家族はバラバラになり、その状況が表現されています。怪我をした人達が担ぎ込まれたのは、カオラックから車で20分位のタクアパの町の県立タクアパ病院。このあたりでは一番大きな病院で、予告編を見ると実際にこの病院で撮影をしているようです。建物の前には広いスペースがあり、左右にも庭が広く取られています。大勢の怪我人を当座居させるスペースがあり、そこに怪我人が次から次へと運び込まれますが病院はパニック状態に陥ります。そして遺体の列がその数を増していきました。

カオラックのツーリストが多く集まるビーチリゾートのエリアから、まっすぐ北に行くとパンナムケンの村があります。ここは主に地元の犠牲者が多く出たところで、ここに津波メモリアルパークが設けられています。 リゾートエリアでは今ではその当時の残骸はもう見ることが出来ないが、このあたりでは津波に押し流された後であろう建物の残骸がそこかしこに残されています。海から2隻の漁船が村の中まで流されてきたものが、そのまま津波の記念碑として置かれています。

バニヤン地区の国道右側に入った所には水上警察の船が記念碑として保存されています。
ここはビーチから1KMは離れている。

バンナムケンの村から国道へ戻り、タクアパへ向かってバンムアンの村を過ぎてすぐの左手に「さをりセンター」があります。 日本人僧侶アジャン・光男・ガヴェサコー師が主催するマーヤー・ゴータミ財団による復興支援のプロジェクトです。
さをり織りとは、日本生まれの作業療法と言い得るシンプルな織機による織物で、無心に織る作業に没頭することにより悲しみを忘れ、個性ある織り布により仲間たちとの心の触れ合いが生まれ、そして被災者達の経済的な自立をも目的としています。ここで作業をする女性達は津波によって家族を失った人達です。その製品は、今ではカオラックを代表する手工芸品としてカオラックを訪れる世界の人々の人気の土産品となり、またヨーロッパや日本へも輸出されています。 このさをりセンターは一般には公開されていないので、その作業や製品を見たい場合はカオラックラグーナリゾートのホテルの敷地の中で見ることが出来ます。 

津波のあとの復興支援でしばらく続いた活動の中に、漁師にボートを作って提供するものがありました。パカラン岬のパークウィーブビーチにパカラン・ボートヤードがあり、各国のボランティアがやってきて漁師船を作っていました。 現在はその役割を終わりボートヤード・レストランの名で人気のレストランに変っています。 サロジンからビーチを歩いて10分ぐらいで来れます。

2004年の津波から既に8年がたち、再起不能と言われてカオラックは5年ほどで以前以上の賑わいを見せるリゾート地帯に生まれ変わっています。しかし、あくまでもヨーロッパ人が好む程度の賑わいですので、夜な夜な遊べる積りで来るとガッカリします。ディナーが終わる頃の時間になると多くの店は店仕舞いを始めます。多くのヨーロッパのツーリストは、それ以後はホテルのバーで語らい、早めに眠りにつく静かで洗練されたリゾートです。

東日本大震災からの一日も早い復興をお祈りしています。

 


 

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