現在、沖縄県名護市辺野古区で進められている米軍の滑走路建設に関して、今さら書くほどのことでもないが、最近ではマスコミの報道も異常化しているので、改めて特化して書いておこうと思う。
辺野古の埋め立て工事のことを、翁長知事を筆頭に左派・革新系の方、そして沖縄のマスコミは、「新基地建設」と表現している。
しかし、これはまったくのデタラメの表現である。
沖縄県民であれば、これがデタラメであることは理解していると思うが、本土で「新基地建設」と聞くと、「まったく何もなかった場所に新たに基地を作るのか。」と思われてしますし、実際にそう捉えている方もいる。
現在進められている工事は、宜野湾市にある普天間基地の返還にあたり、普天間基地の機能の一部を、すでにある辺野古のキャンプシュワブ内に移すという工事である。
下の地図の色の濃い部分がキャンプシュワブ。
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/okinawa2013.html
また、海上部分に滑走路を建設予定であるが、ここもキャンプシュワブの管轄内の場所であり、新たに沖縄の土地を米軍に提供するようなものでもない。
この「新基地建設」という表現に関して、過去に県知事の広報室は、
「県の表現「新基地」は、普天間には無い機能が、辺野古には追加されるため」
との回答である。
しかし、基地の中に新たな機能が追加されることで、その基地が「新基地」と呼ぶには無理がある。
普天間基地の滑走路にはなかった、新機能を備えた滑走路が辺野古のキャンプシュワブ内に建設される。
というのが正しい表現である。
「新基地」という表現ひとつに、こだわってしまうのは、知事の立場で過剰な表現をして、あからさまに印象操作をしている翁長知事に問題があると思うからだ。
ただの市民団体が言う過激な発言とは違って、沖縄県知事という立場で、誤った表現をして、県民や世論を誘導しようとしているのは、大きな問題だろう。
また、辺野古の滑走路建設に関しては、普天間基地の返還とセットになっている。
普天間基地の返還が何十年も遅れているのは、この機能の移設先がなかなか決まらなかったことで遅れている。
その前提を無視して、「辺野古は作らせないが、普天間は返還しろ!」という翁長知事の主張もやはり、現実の政治を行う者として、間違っている。
普天間返還が決定してから、20年近い歳月をかけ、日本政府、沖縄県、米国との間で決定したことである。多くは沖縄県の反対やそれに対応することで、長い歳月がかかっていたことも実態である。
今回の滑走路建設に関して、海上を埋め立てる必要がある。
その岩礁破壊申請を防衛省が行っていないことで、翁長県政は7月にも防衛省か政府を訴える予定だが、そもそも、当初、この滑走路建設は自然破壊を最小限にするためにフロート形式(浮き式)の予定であったのだが、フロート形式では、沖縄県内の建設業者が技術的に対応できない、という沖縄県の経済的理由で現在の埋め立て工事にした経緯がある。
参考サイト
http://ryukyushimpo.jp/news/prentry-152447.html
辺野古の滑走路建設を猛烈に反対している琉球新報も、過去の経緯を知っているはずなのだが、現在は、まったく過去の経緯を無視した論調を展開しているのが実態である。
上記の記事の中で「新基地」などという言葉は存在していない。
元々は「辺野古移設」という言葉で表現されていたものが、翁長知事となり「新基地反対」という言葉に置き換えられている。
辺野古反対の立場を否定はしない。(批判はするが)
しかし、沖縄県知事という立場で、物事の実態を歪曲し世論を誘導するような表現を使っている翁長知事は知事として問題があるだろう。
また、それに追随して使用する沖縄の新聞社やマスコミも、本来のマスコミとしての機能を失っていて、ただの左派の情報主へと役目が変わってしまっているように感じてならない。
たかが「新基地」という言葉だけに長々と書いてしまったが、単純なスローガンというものは、時に国家を戦争にも向かわせ、人の命を犠牲にすることもある。
特に政治家発信の場合、非常に危険な要素が含まれることを、日本国民も沖縄県民も知っておいた方がよいだろう。
物事の本質を理解した上で、スローガンの意味も考える必要がある。

