ある分野ですぐれた才能をもっている人物は、
別の分野でも同じ能力を発揮できるにちがいない、
という思いこみが、
なぜか私たちには共通してあるようです。
名探偵シャーロック・ホームズの生みの親、
コナン・ドイルに、現実の犯罪捜査をやらせたら…とか、
ミスディレクションの女王といわれた推理作家、
アガサ・クリスティーに奇術のトリックを開発させたら、
どんな素晴らしい作品が生まれたことだろう、
といったふうに、勝手な想像をめぐらせがちです。
戦略ゲームのエキスパートなら、
軍事作戦にもきっとすぐれた力を、
ふるうことができるだろうという思いこみから、
第二次大戦中に、将棋の名人が、
時の参謀本部にコンサルタントとして呼ばれた、
というエピソードがあるほどです。
世界の戦史に燦然と輝く軍事的天才、
ナポレオン・ボナパルトがチェスをしたら、
どんな素晴らしい棋譜を後世にのこしてくれただろうか、
と人々が考えても別にふしぎではありません。
パリのレストラン、カフェ・ド・レジャンスの、
あるテーブルには、百年以上にもわたって、
「 このテーブルで、ナポレオン・ボナパルトが、
いつもチェスをした 」
ときざみこまれた真鍮の板がはめこまれていました。
しかし、このプレートには、天才的戦略家が、
将棋でいうならヘボの極致のような、
下手くそなプレイヤーだったという真実の報道は、
用心深く省かれています。
ナポレオンの棋譜は現存するものが三つ、
今では全部がにせものだということになっています。
棋譜からみてナポレオンがそんなに強かったはずはない、
というのが、鑑定のきめ手だというのですから、
天下の戦略の大家も形なしです。
『 トリックスター列伝 』( 松田道弘 ) より
( 次回へつづく... )
『 万を以て一にあたるのではなく、一を以て万にあたれ 』
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