サラリーマンの副業+在宅×必要悪ソフト

人様から、お金を貰って提供できるだけの何かを形にするためには、最低でも10年は必要。確固とした専門スキルを持たぬ者が「大事なのはお客様」などと主張するのは持たざる者の言いわけ。それを、いかにして成すかを理解せぬ者が、何をするかだけを決めるのは間違いのもと。


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前回の記事は、こちら─、
『 コンピュータグラフィックス vs コンピュータミュージック 』



私が思うに、コンピュータグラフィックスと、
コンピュータミュージックとの決定的な違いは、



扱っている "対象" にあると思われる。



コンピュータグラフィックスが扱うのは、
もっぱら─、



光の反射や陰影。または、
物体の運動といった自然現象。



さらには─、



海岸線や山、または、草木の形状などといった、



従来、数学的には扱いにくかった自然現象をも、
描き出す手法が発見されている。



しかし─、



音楽というのは、自然現象ではない。



人工構造物である。



よって─、



その構築には、意図した設計が必要である。



自動作曲ソフトの分野では、
『 Band in a Box 』という製品があり、



「 時間がない時にはプロも使う 」



などと言われたりしているようだが、



さすがにり、人間のプロレベルにはまだ、
いま一歩といったところだろう。



もっとも、完成形を生成できなくても、



"素案" や "原案" を提示してくれるだけでも、
それはそれで、役に立つ場面は少なからずある。



しかし─、



いくら自然界に存在する、
"数学理論" とやらを繋ぎ合せてみても、



そこから、ベートーヴェンの『 第九 』や、



ジョン・レノンの『 イマジン 』が、

生成できるとは思えない。



もちろん、これは私の個人的意見であり、



もしかしたら、そのような音楽を生成する "数学理論" が、

まだ発見されずに隠れているのかも知れない。



しかし─、



考えてみれば、音楽を生み出している人間の脳も、
結局は、電気信号のネットワークである。



ということは─、



いつか、コンピュータの世界に、
ブレークスルーが起きて、



人間に匹敵する人工知能が、



人間の作曲家に匹敵する音楽を作曲する、
時代が来る可能性もゼロではないわけだ。



2045 年には─、



コンピュータの計算能力が、全人類の知能を超える、
「 特異点 」を迎えるという見通しもある。
『 ポスト・ヒューマン誕生 ― コンピュータが人類の知性を超えるとき 』
( レイ・カーツワイル ) より



しかし─、



そのような SF もどきの話を持ち出さなくとも、



今日、我々が個人で所有しているパソコンは、



すでに、一面においては、
我々の脳の計算能力を、遥かに凌駕しており─、



言わば「 音楽スタジオ 」を、

各個人が所有しているかのような時代が到来している。



その中で、出来ることは、
まだまだ、たくさんありそうだ。



【 関連記事 】

『 数式は、この世界の秘密を知っている!? 』

『 音楽を生成する数式は存在するのか? 』



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かつて、ジェームズ・クラーク氏が、
シリコングラフィックス社の設立に当たり、



投資家たちからの資金集めに奔走していた時、
ある投資家から─、



「 コンピュータに絵を描かせて何が面白いのかね? 」



と、一笑に付されたというエピソードを、
聞いたことがある。



今となっては笑い話だが、

当時は、まだそういう時代だったのだ。



しかし─、



今日、コンピュータの応用分野として、
コンピュータグラフィックスが、



最も成功した事例の1つだと言うことは、
誰もが認めるところだろう。



好みの問題は、あったとしても─、



コンピュータグラフィックスの出現により、
映像表現の技術は、飛躍的に進歩し、



今なお、発展を続けている。



コンピュータグラフィックスが、
視覚面におけるコンピュータの応用例であるとするなら、



聴覚面におけるコンピュータの応用例として、



コンピュータミュージックを挙げたとしても、
異存はないだろう。



しかし─、



コンピュータグラフィックスに比べて、
コンピュータミュージックが、



どちらかと言えば、マイナーな存在である、
という印象においても、



異存を差しはさむ者は、少ないのではないだろうか…。



確かに人間は、9割以上を視覚の情報に頼って、
生きているという話を聞いたことがある。



その割合からいけば、

妥当な結果と言えるかも知れない。



しかし─、



私が思うに、コンピュータグラフィックスと、
コンピュータミュージックとの決定的な違いは、



扱っている "対象" にあると思われる。



コンピュータグラフィックスが扱うのは、
もっぱら…、



( 次回へつづく... )
『 もしアマチュアのバンドマンが音楽スタジオを手に入れたら 』



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「 地下鉄のバイオリニスト 」という記事を読んだ。



ネットでも、割と話題になったようなので、
ご存知の方も多いだろう。



ワシントンポストが企画して行った、
社会実験とかで─、



世界最高峰のバイオリニストのひとりが、



お忍びで、ワシントン DC の、
地下鉄駅構内に立って演奏を行ったところ、



ほとんど、気にとめる者は、
いなかったという話。



ちなみに─、



このバイオリニストの名は、ジョシュア・ベル。



彼は、350万ドルのバイオリンを使い、
バッハの曲を6曲、約45分間、演奏した。



その間、約1000人が、その駅を通ったという。



2007 年の記事らしいが─、



「 地下鉄のバイオリニスト 」というキーワードで、
検索すれば今なお、ネットで多くの項目がヒットする。



この記事は─、



「 結論のひとつ 」と前置きした上で、
次のように結んでいる。



この経験から得られる結論のひとつは、こうだろう。
世界最高と言われる音楽家のひとりが、
世界最高の作品と言われる曲を演奏するのに、
一瞬たりとも立ち止まって聴くことをしないのならば、
私たちは、どれほどのものを見過ごしているだろうか?



しかし─、



同じく「 結論のひとつ 」として、
ここで、私なりの見解を述べさせていただくなら、



やはり─、



人間は、見慣れたもの聴き慣れたものには、
あまり関心を示さないということでもあろう。



虹も、20分も出ていれば、誰も見なくなる。
これは、ある意味「 朗報 」とも受け取れる。



なぜなら─、



世界最高のものではなかったとしても、
人が注目する余地はあるということだから…。



それには─、



人が、あまり見慣れないもの、聴き慣れないものに、
取り組んでみることだ。



分れ道があったら、時には、人が選ばない方を、
選んでみるのも良いかも知れない。



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