斎場御嶽の三角岩はまるで女陰でセクシー、エロティック:森・杜に基づく日本根本宗教を後で検討
彼の直観はすばらしいが、宗教的教養が足りなかったと思う。当然、沖縄の宗教は古神道と関係するのであり、それは、植物的宗教、つまり、氣の宗教だと私は思うのである。
後で少し触れたい。
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斎場御嶽(せーふぁーうたき) - 沖縄観光チャンネル
知念半島にある斎場御嶽は琉球の始祖「アマミキヨ」が造ったとされ、国始めの七御嶽の一つといわれる琉球最高の聖地です。琉球の最高神女であった聞
得大君(きこえおおきみ)の就任の儀式はこの斎場御嶽で執り行われました。ポイントごとに説明文が書かれています。山の中にあるため沖縄の自然も体験でき
ます。入口付近は足元がやや悪く、急な傾斜や階段です。滑りやすいのでスニーカーなどの歩きやすい靴で行かれることをお勧めします。
碑文より
三角岩
自然岩や洞穴に囲まれたこの場所には、いくつもの排所が集まっています。正面に見える三角形の空間の突き当たりが三庫理(さんぐーい)、右側がチョウノハナの排所[拝所の恐ろしい間違いだろう!]で、いずれも首里城内にある場所と同じ名前を持っています。また、左側からは太平洋と久高島が遠望できます。
さて、三角岩の右側には、「貴婦人様御休み所」と二本の鍾乳石が見えます。滴り落ちる水はその下に置かれた壺に受けられ、それぞれが中城御殿(国王の世子)と聞得大君御殿の吉兆を占うとともに、お正月の若水とりの儀式にも使われる霊水でした。
http://www.odnsym.com/isan/sefa.html
このことは日本書紀にハッキリと記されている。(解説)
大海人皇子は、胸形(宗像)君から娘の尼子娘(あまこのいらつめ)を妻に差し出され、生まれたのが長子の高市皇子、と記紀には書いてある。
とにかく天武天皇と宗像、日向 (百済の里)、西都原 (古墳群)、志布志 の関係は(異常なほど)深いのである。
上のリンクをクリックして各記事を読むと、日本建国の前史がスッキリと見えてくるはずである。
鷲は本年の元旦、日向(百済の里)を訪ね、西都原古墳群に行き…、そして昨日は宗像大社に参拝して、日本建国の秘密を全て見透かした! という信念を深めることができた。
天武天皇が建国した日本という国は、宗像市から始まっている!と。
宗像大社の「高宮祭場」という依代(よりしろ、神人が降臨する聖地)は、空気が凛!と澄みきっていた。
そこには、沢山の精霊たちが今も密やかに棲んでいる。
その空気を、鷲は、何度も何回も深呼吸をして吸い込んだ。
そして真剣に祈った。
日本よ 永遠なれ! と。飯山一郎のHP
追記:以下の宗像大社の説明がすばらしい。