菌塚

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朝日新聞デジタルの記事

先月、日本人がノーベル賞を連日受賞する快挙に街がわいた。


「微生物がやってくれた仕事を整理しただけ」。寄生虫病の治療薬の開発が評価され、医学生理学賞に輝いた北里大学特別栄誉教授の大村智さん(80)は会見でこう話した。研究の発端はゴルフ場近くの土から見つかった細菌の仲間だった。


 人の役に立つ小さき者たち。その命に思いをはせる場所がある。

  曼殊院門跡(京都市左京区)の菌塚は微生物のお墓だ。木立の中に石碑がひっそりとたたずむ。1981年に建立され、納豆菌に代表される枯草菌(こそうきん)の遺灰が埋葬されている。


 建てたのは、大阪市にあった化学企業「大和化成」の社長だった笠坊武夫さん。息子の俊行さんによると、武夫さんは微生物の研究を重ね、織物の糊(のり)を落とす薬品づくりに成功したという。


 「微生物の恩恵の下に一生を過ごしてきた。いささか感謝の誠を捧げたい」。武夫さんは冊子「菌塚に寄せて」に記した。微生物を利用した食品や薬が研究、製造される過程で、無数の微生物が犠牲になっているのを悼むという哲学だ。


 研究者や学生ら微生物をいかす仕事に携わる人たちに足を運んでほしいと思い立ち、知人のつてで、この地に決めた。塚に刻まれた文字は、微生物研究の第一人者で「酒の博士」と呼ばれた東京大名誉教授の坂口謹一郎さんが筆をとった。


 寺は毎年法要を執り行っていて、参列する人は年々増える。昨年5月には大法要があった。案内状には「何千万、何億という無数の菌類が研究のため火あぶりや蒸し焼きにされ非業の最後をとげている」とつづられ、北海道や東京からも研究者が駆けつけて、100人ほどが集まった。天台宗の僧3人の読経が木立に響き、焼香が行われた。


 京都大学大学院農学研究科の阪井康能教授(制御発酵学)も学生と参列した。講義でも菌塚についての説明を欠かさない。


 顕微鏡が進歩して微生物が発見されたのは17世紀だが、酒や酢は紀元前から造られてきた。日本も昔から醸造が盛んで、人々は日本酒やしょうゆ、納豆に親しんできた。


 阪井教授は「保存のために手をかけたものが、時間がたつと異なる味になることに昔の人は神秘性を感じたのではないか」と想像する。日本は温暖湿潤で多種の微生物が存在し、麴(こうじ)などの高い醸造技術を暮らしの中でいかしてきた。これらがノーベル賞につながる応用微生物学の発展の背景にあるという。


 阪井教授の研究室の学生と菌塚に足を運ぶと、早速、1人が近くの植物をピンセットで採取し始めた。葉の表面にいる、ある菌を探しているそうだ。

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