地球という舞台で、自由な愛の表現者でいよう。 | ねもとまどかの「宇宙のゆりかご」

ねもとまどかの「宇宙のゆりかご」

だいじょうぶ。どんな時も守られているからね。

 わたしたちはみんな、神に愛されているのだから。

こんにちは、まどかです。




今日もここにきてくれて、ありがとう。





本日22日はオンラインで
「愛のリトリート」と「愛のグループ・セッション」
を開催します。

「愛のリトリート」は13時15分から、
「愛のグループ・セッション」は18時15分からで、
Zoomを使って行います。






これからのお申し込みでも大丈夫です。
どうぞお気軽にご参加くださいね。

詳しくはオフィシャル・サイトの
「愛のリトリート」の「東京」
「愛のグループ・セッション」の「東京」
のページをご覧ください。


  「宇宙のゆりかご」ねもとまどか Official Website




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5月18日に、「宇宙のゆりかご」の10周年の
お祝いのつどいを開催していただきました。
本当は10周年は昨年で、今年は11周年になるのですが、
一年間延期となったんです。
主催してくれたのは、「愛のリトリート」の
東京会場のメンバーです。






「愛のリトリート」は2011年の9月にはじまったので、
今年でちょうど10年になります。
最初の頃の参加者は、「宇宙のゆりかご」の読者の方が
多かったのですが、その後、人から人へと伝わり、
いまでは、さまざまな繋がりでいらしてくれています。






東京の会場に参加してくれている人たちは、
ほんとうにいろいろなところから
ここに集まってくれました。
「宇宙のゆりかご」の長い読者の方や、
まどかのそばで学びたいと、
地方から引っ越してきてくれた人もたくさんいます。

出身地も経歴も年代も、みんなほんとうに色々で、
個性豊かなメンバーが集まっています。






ここではじめて出会った人たちが多いのですが、
「愛のリトリート」は分離意識を手放し、愛に還るための場所。
ですから、みんな
自分の中の分離感、分離意識を解放し、
「ひとつの命」「ひとつの愛」を実感し、生きることに
とても熱心で、一所懸命に真理を学んでいます。






真理を学ぶということは、
何か生真面目な、深刻なことではありません。
真理を学び、真理を生きるということは、
本質である愛そのものを生きるということです。

真実の愛は、とても軽やかでシンプルです。
そして、真理や愛は学問とは違いますので、
愛の波動を生きてこそ、学びと言えます。






愛は、言葉にすることができません。
愛は、説明することができません。
愛は、心が、エゴという分離の暗闇から解放され
磨かれていくに従って、
自然と実感していくものです。
愛は、美しく磨かれた心にやってくるものだからです。






愛がなんだかわからなくても、
神がなんだかわからなくても、
ここにいると、みんな、
だんだん、愛を実感し、愛を表現していくようになります。
真実の愛がある場所とはそういうものなんです。
とても時間がかかったとしても、
必ず誰もが、愛の表現者となっていきます。






それは「何者かになる」ことではなく、
自分の本質に還ることなのですから、
誰もが必ず、いつかは愛そのものとなっていくのです。






東京の「愛のリトリート」で学んでいる仲間たちは、
「ねもとまどかの『宇宙のゆりかご』
 10th Anniversary SPECIAL」
で、40分以上もあるミュージカルを行ってくれました。






シナリオも演出もすべてがオリジナルです。
メンバーが全員出演するミュージカルでした。


それはそれは素晴らしい作品でした。


シナリオも、演出も、歌も、ダンスも、
衣装も、すべてがほんとうに、
愛に満ちていて、笑いに満ちていて、
驚きに満ちていました。






客席のすべての人をその愛の渦に巻き込み、
すべての人を楽しませ、
すべての人を幸せにする、
素晴らしいミュージカルでした。






一人一人が神に与えられた個性が引き出されて、
一人一人がほんとうに輝いていて、
愛らしく、美しくて、
感動でハートが震えました。


忙しい毎日の中で、一所懸命にみんなで考えて、
ここまでの準備をしてくれたのかと想い、
胸がいっぱいになりました。






10年間そばで学んでくれている人もいれば、
まだここに来て間もない人もいますが、
その違いはまったくありません。
全員が全力で、自分の力を発揮し、
自分の命を放ち、
最高の表現を、よろこびの中で行っていました。






この10年の間には、本当に色々なことがありました。
「愛である」ということは、
この分離の世界の観念、概念に縛られていると
ほんとうに難しいことなんです。






エゴという分離意識、個人意識が
「自分だ」と信じている人たちにとって、
真実の愛を受け入れるということは、
難しいことなのだということを、
まどかも教えることによってわかりました。






ですから、スムーズに、すんなりと、
いま、ここにいる人は一人もいません。


誰もが、自分の中で作り上げた
エゴの思考や感情と向き合い、エゴと対峙し、
ひとつである愛、ひとつである命を
実感したい、表現したい、という本気の意欲を持ち、
エゴを超越しようと努力してきました。


でも、エゴというのは強力なので、
負けてしまうことがよくあります。






ステージで、生き生きと表現する彼らを見ていて、
あらゆることを乗り越えて、いまここにいてくれること。
何があってもついてきてくれた一人一人に、
それを支えてくれた神の愛に、
感謝の想いでいっぱいになりました。






かつて、
ほんとうに暗闇の中にいて、
暗闇を信じていた人もいます。

この世界で生きることが苦しくて、
やっと生きてきた人もいます。

わからなくて、理解できなくて、
間違いばかりを繰り返してきた人もいます。

笑うことも、人を信用することもできず、
苦しみの中で生きてきた人もいます。

病気を抱え、思うように体が動かず、
常に肉体の苦しみとともに生きてきた人もいます。






いま、目の前で、輝くような笑顔で、
歌い、踊っている彼らが、
どれだけの長く、暗いトンネルをくぐり抜けて
いまここにいて、
そして輝いてくれているのかを感じ、
ほんとうにほんとうにうれしく、
言葉にできないほど幸せな気持ちになりました。






命を表現できるようになったこと。
自分を抑圧することなく、
命を放つことができるようになったこと、
それがほんとうにうれしくてたまりませんでした。






命を放つことに集中し、
思い切り命を放って生きていること、
それが人間の幸せであり、
人間のあるべき姿だと、
まどかは自分の体験、経験から実感しています。






命とは神です。
ですから、神(命)を抑圧した時に苦しみがあり、
神(命)を放つときに幸せがあると、
まどかは体験、経験を通してわかりました。






神はそのことをまどかに教えるために、
この人生の中で、幾度も
まどかに「抑圧、制限、制約」
という状況を体験させてくれました。






何かの支配下に置かれたり、何かに抑圧されたり、
何かに制限されたりする体験をたくさんしてきたからこそ、
神はどのように生きるためにわたしたちを創ったのか、
ということ、
すなわち、神はわたしたちに何を望んでいるのか、
ということがわかるようになったのです。






わたしたちは誰もが、「神」の表現者です。
その「神」が「命」です。


ですから、内側から表現したいと望む
神(命)を抑圧したり、制限したりする時に、
苦しみが生まれるのです。






それは「好き勝手に、やりたいことをやる」
ということとは違います。
「好き勝手に、やりたいことをやる」
ということは、エゴの支配下にあることだからです。






わたしたちは、神の表現体なので、
わたしたちを生かしている、
神(命)が、なさりたいことを
制限せず、抑圧せず、完全に表現している時に、
幸せを感じるのです。






まどかも人生の中で、幾度とそのことを体験しました。
ある抑圧された環境の中で何年間か生きていた時、
「これでは、死んでしまう」
と感じたことがありました。

肉体の死ではありません。
ここで感じた死は、「命を殺している」
というような感覚です。
つまり「神を抑圧している」と感じたのです。






その時、
「わたしは表現したい!」
と、ハートから強く感じました。
「命を表現せずには生きていられない!」
と、強く感じました。






思えば、幼い頃からいつも、
何かを「表現していること」
何かを「創っていること」
が、もっとも幸せな時間でした。


「好きなことはなあに?」
と聞かれたら、
「表現していること、創っていること」
と答えました。






まどかが人生で感じた苦しみは
「自由に表現することをゆるされない時」
だということが、だんだんわかってきたのです。






「表現」とは、
神がこの地上に顕れる様子です。

「表現」とは、
命がこの地上に放たれる様子です。






ですから、わたしたちは、誰もが
表現せずにはいられないのです。
命を放たずにはいられないのです。






それを、あらゆる観念や概念、常識と呼ばれるもの、
社会的な立場だとか、年齢だとか、人からの目とか、
人からの評価とか、「世間」と呼ばれるものとか、
そういうものに縛られて、

表現を制限し、命を放つことを制限した時に、
人には苦しみが生まれるのだと思います。






わたしたちは、愛の存在としてこの世に創られ、
この地球という大舞台で、
「愛だけを表現しなさい」
「愛を演じなさい」
と、神に送られてきたのです。


愛とは命です。
愛とは神です。






ですから、愛を表現しない時、
それが一番の苦しみとなります。

愛の出し惜しみをしたり、
この世の観念、概念に縛られて、
愛をエゴの都合で使おうとした時、
そこに苦しみがあります。

命を表現することを怖れ、
命を抑圧した時に、苦しみがあります。






まどかは愛において、常に自由です。
何にも縛られていないし、
何にも制限を受けません。


この世界を大切に想い、
常にどんな場面でも思いやりを持っていますが、
この世界に縛られることはありません。






神がわたしたちをこの世界に送ってくれたのは、
この地球という星の上で、
愛の表現者であるためですから、
愛を表現することの制限を、決して持ちません。






それが自分を幸せにし、まわりを幸せにし、
世界、地球、宇宙すべてを幸せにすることだと
実感しています。






すべての人に、命を抑圧することなく、
命を放って生きてほしいと願います。

愛を抑圧することなく、
愛を放って生きてほしいと願います。






それが、神の表現体であるわたしたちの役目であり、
神はそのために、ここに置いてくださっているのですから。






もしもいま、あなたに苦しみがあるのなら、
どこかに重苦しさを感じているのなら、

わたしは命を放って生きているだろうか?
命を自由に表現して生きているだろうか?
地球という大舞台の上で、
自由に愛を表現して生きているだろうか?

と、ハートで感じてみてくださいね。






わたしたちは、
神の宇宙の中で、神の愛を、神である命を、
表現するためにここにいるのですから。




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みんながいつもしあわせでありますように。

まどか芝生

                      まどか
                    愛とともに



今日のお話は、
「地球という舞台で、自由な愛の表現者でいよう。」

でした。読んでくれてありがとう。



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あなたが愛に還るための、お手伝いができますように。