母がホスピスに入居し、一安心した。先生や看護婦さんがいらして何か困った事があると相談に乗ってくれる。ただ、仕事もあるしお見舞いに行けても夜は母が一人になる事もあった。


「昨夜お母様泣いてらっしゃいましたよ。」


そんな事を看護婦さんから聞いたら胸が締め付けられて辛かった。


母の好きなもので部屋を飾ったり、母の趣味のステンドグラスを家から持ってきたりした。母のお願いはなんでも聞きたくてなんでもしたかった。


母が休んでる時にふと屋上に行ってみた。


空がとっても青くてびっくりした。私は埼玉から東京まで通勤していて朝早くから満員電車に揺られ、帰ってくるのは残業が当たり前なので夜だった。そんな生活を普通に送っていたので青空を見上げた時はとても不思議な感覚に陥った。


もう何年も何年も空なんて見ていなかったな。


私の職場はとても体育会系の厳しい会社。軍隊のような教育だった。今回の母の病気の件で会社と同僚に声をかけた。


「母に病気が発覚しましたので、今後お休みをする事があるかと思いますがご迷惑をおかけするかもしれません。よろしくお願いいたします。」


そんな中、一人の同僚が

「まさかお母様が危篤の際お帰りになられるんですか?以前いらしたんですよね、危篤の電話があり仕事をほったらかしにして帰られた方。」


もう言葉をなくした。


この人は何を言っているんだろう。



母の状態は徐々に悪化していた。

先生からの提案で「一時だけ母を元気にする事ができる。でもその後はガクッと病状が悪化しますよ。」


私は仕事で三連休を頂いた。担当の営業から「あなたがいなくてどうやって売り上げが取れるの?」

この人たちは何を言っているんだろう。そんな会社だから三連休が精一杯だった。


この三日間はびっくりするほど母は元気になり「ママ病気のこと忘れちゃいそう。足だってこんなに高くあげれるわよ!」


私が咳をすれば人一倍心配し、先生に診てもらいなさい。ゆっくりしなさい。でも母は命が僅かなほどの大病を抱えているのに常に私や姉の心配をしていた。


母が


「デパートの外商さんってきていただけるかな。お母さんね時計を買いたいの。大切な人に贈りたいの。」


急いで知り合いの方に来て頂くことになった。母の言う大切な人とは姉と私だった。

時間を見るたびにね、お母さんの事を思い出すでしょう。


びっくりするほど高価な時計が並んでいた。母は私に選ぶように言って私は一つ気に入った時計があったけど母は「これも素敵ね。」


もちろん母の好きな時計を色違いで姉と私にプレゼントしてくれた。


「お母さんね、お父さんにお願いしてお母さんの保険からお金を下ろしてきてって言って枕の下に隠して置いたの。盗まれちゃいからドキドキしたわ。」


こう言う母も新しい一面の母で、でも私は高級な時計が嬉しいんじゃなくて母の思いが嬉しくてでも本当に一番欲しかったのはもう一度母が元気になる事だった。


私は母の部屋にお泊まりしてテレビを見たり話したり、そんな中テレビから西川清夫妻のドキュメンタリーが流れてきた。「結婚をするまでのエピソードだ。」母と見ているととても気まずかった。しばらくして母が

「ごめんね、みみちゃん(私のニックネーム、小さい時から本名で呼ばれることは少なくいつもみみだった。)お母さんあなたの結婚式の時には一緒にいれないね。みみはどんな人と結婚するのかなぁ?」


「ごめんなんて言わないでよー。結婚するかもわからないし。」


これが私が精一杯言えた言葉でお母さんに私が泣いてることは決してバレたくなかった。だって心配しちゃうから。


そんな楽しい日々は過ぎ、先生の言った通り一気に病状が悪化した。