神様と交わした約束。 5

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四日目の朝、たくみとこうきが龍之介さんのところにやってくると坊がいつになく神妙な面持ちでいつもの席に座って居た。

「おはようございまーす。龍之介さん今日はどこへいくの?」

たくみが聞くと龍之介さんが椅子を引きながら

「今日はここで勉強じゃよ。この三日間に教わった事のおさらいじゃな。」

そういうと、熱いお茶とよもぎ餅を出してくれて太郎さんも加わり五人で席に着いた。

長い沈黙が続いた。たくみもこうきもこの三日間がすごく長い旅のように感じた。

「あのね龍之介さん、僕思うんやけど、まだ僕らは子供やしいろんな勉強をしなあかんと思うねん。それに僕らは友達やたくさんの偉い大人の人と知り合って、そういう人たちとも友達になって行かなあかんと思う。外国の人ともそうやし。だから僕たちに時間をください。もっと山のことやこの星のことを知りたいし、神様や仙人様のお話をもっともっと聴きたい。あかんかなあ?」

こうきが自分の言葉を選びながら話し出した。するとたくみも

「そうやんね。僕は勉強は得意じゃないけど、こうきがたくさんのことを教えてくれて勉強も楽しいかも知れへんと思うようになったねん。そして神様や仙人様のお話聞いて自分にできることをたくさん考えた。僕らにできることってすごく小さいけど、いろいろやってみな僕らの力なんて解らんと思う。もっともっとたくさんのことを知りたいし、龍之介さんや太郎さんと話すの大好きや。だから僕にも時間をください。」

龍之介は二人の顔を長い間見つめてから口を開いた。

「たくみとこうきは次は四年生じゃな。小学校を卒業するまでここに通いわしらの話をたくさん聞くのが良かろう。その後二人の中からここの記憶を一時的に消してみよう。そこから大人になるまでの時間を勉強や友達作りに当ててごらん。わしらにもう一度会わねばならぬとわしが判断したその時何かの合図を送ろう。そして、わしらにどんな変化が起こるかを見てみよう。どうじゃな?この意見は。」

たくみとこうきは顔を見合わせ驚いて、今度は龍之介と太郎を交互に見た。びっくりしすぎて声が出なかった。ここで過ごした時間が消えてしまう。そんなことがあるだろうか。龍之介さんや太郎さん、坊や仙人様やたくさんの精霊さんたち、たくさんの神様にも出会った。この大切な出会いや思い出がなくなってしまう。二人の頭の中が真っ白になりかけた時に大きな声で坊が叫んだ。

「そんなの嫌だ!龍之介さん、おいらこの二人に忘れられちゃうの絶対嫌だ!また一人ぼっちになっちまうじゃないか!おいらの友達を盗らないで!お願い。。。」

坊は大きな目から涙をボロボロとこぼしていた。そして三人して大粒の涙を流して口々に「記憶を消さないで!」と叫びのような泣き声でお願いした。

しかし龍之介の意思は固かった。

「のう、三人がいつまでもこの山で遊んでこの山以外の世界を見んかったら、この星どころかこの山やわしらを救うことなど到底できんよ。皆がそれぞれの役割に気付いてこそ人間が動き、わしら神々や仙人、精霊と力を合わせることができるのじゃよ。子供の時には子供としてこの山やわしらの事をたくさん知ることができるじゃろう。じゃが、人というのは成長する過程で自分でも制御できんほどの気持ちの葛藤が生まれるのじゃ。その時にこの山を嫌いになったり、わしらの存在を疑い忘れてしもうたらもう二度と会うことは叶わぬ。じゃから柔らかい間に記憶を封印してわしらを否定しない刻を待つのじゃよ。わしらの時間はお前たちの持っている時間よりもはるかに長い。わしがいつもいつもお前たちを見ているから心配はいらぬよ。そしていつもいつもお前たちを信じておる。じゃから心配はいらぬのじゃよ。そして坊よ、お前にはわしらがおるじゃろう?これからたくさんの精霊にも出会うじゃろう。お前の沢が大きくなるにつれいろいろな体験をするじゃろう。お前も成長していかねばならぬ。いつか正式な名を頂くまで精進せねばならぬのじゃよ。それに坊の記憶は消さぬゆえ大丈夫じゃ。わしらとともにたくみとこうきを見守ろう。どうじゃろうな?」

三人はまだ抱き合ったままそれでも泣き止むとひたいを寄せて考えた。

長い時が流れ三人はただ考えに考えた。不思議なことに声に出していないのに三人の思いが通じ合っている気がした。

すると龍之介さんが卓にお茶やおにぎりや天ぷらを並べてくれていた。

「腹ごしらえをしようの。頭に栄養がいくじゃろ?その後お前たちそれぞれの意見を聞こう。」


三人はお弁当やおにぎりを黙々と食べた。龍之介さんの天ぷらやお味噌汁は身にしみて美味しかった。お母さんのお弁当も自分たちの力になってゆくのを感じた。食事が終わりお茶を一口飲んでからたくみがこう話し始めた。

「龍之介さん、僕らの記憶は預けるだけでまた戻してくれるんやんね?僕らがたくさん勉強してたくさんの人と知り合って、大人になった時に。それなら僕頑張る。何ができるのかたくさん考えて、とにかくやってみる。だからいつも見守っていてください。」

こうきはただ、うんうんと頷いていた。そして、

「僕ら絶対龍之介さんや太郎さんや坊やたくさんの神様や仙人様や精霊さんのこと忘れへんから見守ってください。」

と言った。

坊は涙をためてはいたが

「おいらもたくさん勉強するよ。だからいつかたくみとこうきに会いたくなって、龍之介さんが許してくれたら、会いに行ってもいい?」

と尋ねてみた。龍之介は少し考えてからただ頷いて坊の頭を優しく撫でてやった。

太郎さんが引っ込めていたおかしと熱いお茶を淹れなおして持ってきてくれた。

まだ涙で頬が光っていたが三人は

よもぎ餅をほうばった。


春の暖かな陽射しが薄いすみれ色を含んで、お日様がそろそろ山に吸い込まれるころたくみとこうきは龍之介さんに手を振って神社の鳥居を抜けると自転車にまたがり家路についた。坊は、この景色を後何回見られるのかと思うと胸が押しつぶされそうだったが龍之介と太郎の手をきつく握るとまた溢れそうになった涙をこらえた。


春休みはまたいく日も残っていた。三人の冒険はまだ始まったばかりだった。

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神様と交わした約束。 4

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3日目の朝、

「おはようございます。」

たくみとこうきは元気よく洞穴の入り口を入ってきた。すると、そこには坊と一緒に見知らぬ精霊らしき大人が立っていた。

「おはよう、たくみとこうきに紹介しようの。こちらは楠の精霊で、真楠(まさくす)じゃ、そして、こちらは藤の精霊の藤姫じゃ。今日の道は本当は人の通れぬ道ゆえこの2人が同行する。心配せずとも2人とも神通力の強い精霊じゃ。怪我などすることはない。じゃが、ふざけすぎんようにの。」

龍之介さんは坊にお弁当を渡すと2人の精霊にもそれぞれお弁当を持たせ三人をくれぐれも頼むと何度もいい姿が見えなくなるで手を振ってくれていた。


「真楠さん、龍之介さんがあんなに見送ってくれたのってこの三日間で初めてなんやけど。めちゃめちゃ怖いとこなん?今日はどこに行くんですか?地図ももらってへんしなぁ。」

たくみは心配になって聞いてみた。

「私たち二人がついていれば危険なことは一つもありませんよ。ただ地にもぐるので坊の力ではさすがに無理がありますゆえ私たちも同行させていただくことになりました。これから行くところはきっとたくみ君とこうき君の見たことのない景色ですよ。」真楠はそう言うと優しく微笑んだ。

藤姫はにこにこしながらも注意深く山肌を探るように観察していた。たくみとこうきと坊はなんだか怖いので3人手をつないで歩いていた。

しばらくは明るい林の中の道だったがだんだん険しく暗くなってきた。3人は少し身を寄せて歩いた。そしてまたデタラメな歌を大きな声で歌った。こうしているとなんだか少し勇気が出てくる気がしたからだ。

そうしていると藤姫が大きな崖のところで立ち止まり崖に手のひらをかざすと何やらわからない呪文を唱え始めた。まるで昔の歌のような不思議な抑揚と節回しのその呪文は心に熱い力がみなぎってくるようなそんな気がした。すると今まで目の前に立ちはだかっていた崖が大きな地響きとともに左右に開き岩の中に道が続いているのが見えた。


「あのー。ここに入るん?ちゃんと戻ってこられるやんね?戻ってきたらおじいちゃんになってるとか、そんな仕掛けとかないやんね?」

こうきは怯えながら二人の精霊を見つめた。するとそれを聞いたたくみと坊は慌ててこうきに抱きつくと少しづつ後ずさりを始めた。

「お二人とも大丈夫ですよ。こら、坊よ。今朝龍之介様から説明を受けたであろう?これから山神様に会いに行きます。山神様は地の奥深くに住んでおられるゆえ道を開きましたまでのことでございます。夕方には龍之介様のお社にお連れしますゆえご心配には及びませぬ。」

真楠は笑顔でそう言うと窟の中に足を進めた。藤姫は少し疲れたようだったがにこりと微笑み3人の背中を押して中に進んだ。

5人が中に入ると窟の入り口は、今度は音もなく閉じてしまった。たくみは本当に帰れるのかちょっと心配ではあったが、こうなったら進むしかないし、神様のお話を聞くまでは帰らないと腹をくくった。こうきも坊も隣で同じ決意をしたらしく互いに頷きあうとまた手をつないで歩き出した。

急な坂を下り、幾つもの角を曲がり、深い深い地の底に落ちそうな崖の横の細い道を歩きながらたくみは(こんなとこゲームで歩いてたら宝箱とかあるんやんな。あそこのくぼみとか。ほんで開けたらモンスターでてきたりするねん。)などと考えて1人でクスリと笑った。こうきが、たくみの顔を覗き込み

「今、宝箱ないかなぁって思ったやろ。」と、ニヤリとした。

すると今度は坊が

「え?なんで宝箱なんかあるのさ。あったら蓋開けて宝物持って帰んのか?

でも、その宝箱山神様のものだと思うから持って帰ったら怒られるぞ。」と怖い顔をした。

たくみとこうきはプッと吹き出すと顔を見合わせて

「ゲームの話。ゲームではこんなダンジョンにはモンスターがたくさん出てきて、勇者が倒すねんで。ほんで、宝物持って帰るねん。」

「え!そんな!それ、誰かの宝物だぞ。泥棒じゃないか。」

坊はびっくりして2人の顔を交互に見て、

「たくみとこうきもそんなことするのか?」と恐る恐る聞いた。

「違うちがう。空想のお話やねん。ゲームの中やったらあるなぁって。そんなこと考えたら怖さが減るやん。それだけ。」

たくみが笑うと。坊も「なんだ。」と笑い三人でまた手をつないで歩き出した。足元がだんだん歩きづらくなって、道も細くなってきた気がする。

しばらく細い道を歩いているとぼわんと赤い炎のような灯りが見えてきて視界が開け、床も柱もつるんと磨かれた大広間やってきた。ここまできたらどんなに怖がっても仕方がない。3人はおじいちゃんになっても構わないからこのお使いを終わらせなければと思い前へ進み出た。


「こんにちは、ぼくはたくみ、こっちはこうきと坊です。龍之介さんのお使いで来ました。誰かいませんか。」

たくみはありったけの声で挨拶をした。すると今までただの大広間だったところに、大きな椅子に銅を織り上げたような鈍い光の着物を着ていぶし銀のような色の帯を締めた大きな男の人が座ったまま現れた。

こうきと坊はおどろいてしまって声にならない声で「こんにちは。」と挨拶をした。


「おお。ようきたのぉ。このような地の底までやって来るのはさぞ怖かったろう?お前たちがおじいちゃんになるまでに帰さねば龍之介に恨まれるゆえ早いところ話を終えるかのお。わしは山神の漠山じゃ。よろしゅうの。」

山神様は笑顔で手をゆらゆらと揺らすと何もなかった広間に椅子と大きな卓が現れ、お茶とお菓子と果物が盛られたカゴが出てきた。3人はためらいながらも椅子に座るとノートと鉛筆を取り出した。

「ほほう。聞いてはおったが感心じゃの。わしからはこの星についての話をしようと思っての。」

漠山はお茶を一口飲むと話を始めた。

「最近地震が多いじゃろ?人はわしらが怒って地震を起こすなどと思っておるが、実は地震というのはこの星の呼吸のようなもんじゃ。息を吸ったり吐いたりすると胸が動くじゃろ?ところが星の呼吸というのは厄介で、地中の奥深くでマントルという、そうじゃな、人で言うと血のような熱い熱い物がぐるぐる回っておるんじゃ。それが回る時に地面が中に引き込まれる。その地面はずっと引き込まれ続けると元に戻ろうとして跳ね上がる。竹を引っ張るとしなって手を離すと跳ね上がるじゃろ。あんな感じじゃよ。そうすると地面がものすごい勢いで揺れるんじゃ。これが地震じゃよ。陸地で起きれば地震だけじゃが、海底で起きるとこれが津波も引き起こす。そうやって地面が少しずつ動いておるんじゃ。太古の昔にはこの星の大陸は1つじゃった。それが何万年もかけ今の姿になったんじゃ。止まっているように見える現在も毎年少しずつ動いておるんじゃよ。それで、何年か何百年の間で地震が頻発する年がある。地面がたくさん進むのか、それとも地下のマントルが多めに回るのか。

それに加えて地上の気温が上昇を始めた。人が増え、建物や工場が増え、木々が切られ海が汚れる。すると酸素を作ってくれていた緑の草木や海藻が減ってしまって二酸化炭素というものが増えるんじゃよ。簡単に言うと吐いた息じゃな。草木や海藻は呼吸の時にこの二酸化炭素を取り込んで酸素を吐いてくれるんじゃ。ただ、お日様が昇っておる間だけじゃがの。夜の間は草木もわしらと同じ呼吸法じゃが、それでもこの草木のおかげでこの星の酸素はいつも満たされておるんじゃよ。ところが草木や海藻が減ってしまうと二酸化炭素は上空にたまり地球を冷やす効果が減るんじゃな。それで温かくなってしまう。あまりにも温かくなると海水温も上がってしまう。すると北極や南極の氷が溶ける。そして海水面が上昇する。まあ、海の水が増えてしまうってことじゃ。これは笑ってはおれんよ。島が沈んでしまうこともあるんじゃからな。そして、海水温が上がると海の上にある空気が温かくなる。あまりにも温かくなると台風や大雨、または干ばつが起きるんじゃな。雨が降る地域が一箇所にかたまってしまって、違うところで干ばつがおきると作物や草木が枯れたり動物が飢えと水不足で死んでしまう。今まで台風やハリケーンはそんなに大きくなかったが最近大きくなって、しかも今まで来なかった地域にまで及ぶようになった。こんなことが次々に起こっておるんじゃよ、今のこの星ではの。

ところが我ら神の力でもこればかりは止めることはできんのじゃ。人は我ら神を全知全能、つまり何でも知っていてものすごい力で何でもできると思っておるが、わしらとてこの星の一部じゃ。つまりこの星の力を上回ることなどできんのじゃよ。じゃがの、再生の助けはできる。それゆえ命を育み、草木を活気付け、息を吹き返させるようにと力を発揮する。ここまではわかったかの?まずは菓子でも食べて頭に栄養をわたらせようの。これはうぐいす餅じゃよ。熱い茶も入っておる。やけどせんようにの。」

漠山は餅をつまみ上げてポイッと口に放り込んだ。たくみはあんなふうにできるかな?と思ったけれど、口が小さくてふた口でも入りきれなかった。熱いお茶をふーふー吹きながら飲んでいると、坊が口を開いた。

「漠山さん。地震が防げないならそのマントルとかいうのを止めちゃえばいいんじゃないですか?そうしたら地震は起きなくなるし、たくみやこうきも危なくないもの。」

漠山はお茶をもう一口飲み、しばらく坊を見つめると

「ふむ。例えばの話じゃがな。もしもマントルの動きを止められたとしよう。お前さんたちは息をどれぐらい止められるかの?せいぜい30秒ほどじゃろ?それでも止め続けたらどうなるじゃろうの?多分死んでしまうじゃろう?星も同じじゃよ。マントルの動きを止めてしまうと、星は息ができなくなって、やがて死んでしまうじゃろう。星が死んでしまえばわしら神々がどんなに力を使おうと遅かれ早かれ地上の生きとし生けるものは全て死んでしまうじゃろう。人も動物も木々も草花も。そして川も海も。精霊も神々もじゃ。じゃから星に呼吸をしてもらわねばならんのじゃよ。」

「そんな怖いことには、なって欲しくないです。」

神妙な面持ちでたくみが呟いた。この三日間怖い話ばかり聞いている。自分は子供なのになにができるんだろう。この街だけじゃない。この星を救うなんて僕にできるのかな。そう思うと暗い気持ちになってきた。たくみはこうきの顔をじっと見つめると大きく深呼吸してから話し始めた。

「僕な、思うんやけどこんな大きなこと2人ではできひんやんか。坊や仙人さんや精霊さんたちや龍之介さんや莫山さんがついていてくれてても人の心が変わらんかったらあかんと思うねん。だからもっとたくさん勉強して、沢山の人と話して、それで神様のことがわからへんでも精霊さんや仙人様のことがわからへんでも僕らの気持ちをわかってくれる人を探していかなあかんと思う。どうしたらいいかわからへん。でも、ゴミ拾うとか、海岸の掃除とかできることからやっていこうと思うねん。僕らは子供やしすごいこととかできひんけどちょっとずつやっていったらもしかしたら一緒にしようって思う人が出てくるかもしれへんやんか。どう思う?」

こうきはたくみの話を頭の中で嚙み砕くように考え考えノートに何かを書き始めた。そしてまとまったのか話し始めた。

「僕もな、そう思う。考えてるだけではあかんねん。何かを始めよう。どんなことかまだわからへんけど、きっと何かがこの星を救う手伝いになるかも知らんやんか。」

すると坊が口を挟んだ。

「でも地震はどうするのさ。掃除したって地震は止められないと思うよ?その時はどうしたらいいのかも考えなくちゃ。おいらも地震は経験ないからわからないけど、大変なんだろ?地面が揺れるんだし、山が崩れたり街が崩れたりするんだろ?」

「うん。でも地震は政府の人が対策してて沢山の人が助かってるってテレビで言うてはった。僕らもテレビで見るしかできひんけどお母さんが『義援金』ていうやつを送ってはった。街を直したり地震にあった人の住むとこを作ったりするんやって。」

たくみとこうきはテレビで地震が起きてるお店の映像を見たことがあった。お店の棚が物凄い勢いで左右に何度も揺れて沢山のものが飛んで行くところだ。自分の街にあんな大きな地震が来たら僕らは潰されてしまうかもしれへん。それでも、絶対地震が来ない所なんかないみたいやし準備をちゃんとしなくてはと心に書き留めた。


「ふむ、恐ろしい話ばかりしてしもうたかの。しかしの、この星とて自身を壊してしまうほどの事をしでかしたりたりはせんのじゃよ。小さな地震が起きるじゃろ?よく起きる時もある。それは、いっぺんに跳ねると大地を呑み込むほどの津波や山崩れが起きかねんから揺れを小出しにして最小限にするためなんじゃ。もちろんこの星にどんな意思があるのか、わし等神とても全ては解りかねるがの。さて、昼ごはんにしようの。お弁当を持って来たのじゃろ?わしもな、お弁当にして見たのじゃよ。みんなでおかずの取り替えっこをしようの。」

莫山はにこにこ笑うとまた手をゆらゆらしてお弁当を出した。

莫山のお弁当は大きなおにぎりが三つと山芋や大根の煮付け、そしてなんだかわからないお肉の唐揚げだった。

たくみはお母さんの卵焼きと唐揚げを取り替えっこしてもらった。こうきはポテトコロッケを替えっこしてもらい、坊は小エビとタンポポの天ぷらを替えてもらった。みんなで食べるご飯はとても美味しくて、たくみは莫山の唐揚げが何でできてるか聞いて食べられなくなると困るから(土でできてたらお腹壊すかも知らんしな。)何も聞かずに口に放り込んだ。鶏肉みたいでお母さんの作った唐揚げの次ぐらいに美味しいと思った。

ご飯が済むと、

「質問はあるかの?この坂道は来る時よりも登る時の方が大変かも知らんよ。モンスターや宝箱に出くわすかも知らんじゃろ?」

莫山は笑いながらそう言うと残りのお菓子を包んで渡してくれた。そして出口まで一緒に送ってくれた。

「モンスターが出た方が面白かったかのー。わしも勇者になれたかも知らんのに惜しい事をしたわい。おじいさんにもならんかったじゃろ?元気で帰るのじゃよ。また遊びうにおいで。」

と笑顔で手を振ってくれた。

地面の上に出ると、そろそろ夕方の気配が山を包んでいた。

「やっぱりモンスターとかわかんないや。おいら達は精霊だろ?妖怪はモンスターとは違うだろ?変な事みんな言うから混乱するじゃん。」

坊はほんわりと明るい森を歩きながらそんな事をぼやいた。たくみとこうきは顔を見合わせてクスクス笑ってから、

「今度、このお使いが済んだらゲーム見せたげるやん。でも、精霊がゲームにハマったらきっと怒られるで。僕らもお母さんによく怒られるもん。」と約束し、また三人で歩き出した。


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神様と交わした約束 。 3

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2日目は菫ヶ淵に行くことになった。ここまでは道も険しくはなく、坊がよく知った道だったのでそんなにビクビクせずに淵へとたどり着けた。

菫ヶ淵には小さなテーブルと椅子が6脚置いてあり、オオサンショウウオの椒太郎とオオナマズの孫兵衞、ヤマメの磨魚が座っていた。

「こんにちは。ぼくはたくみ、こっちはこうきと坊です。龍之介さんのおつかいできました。」

たくみがあいさつをするとこうきと坊も

「こんにちは。」

と椅子に座りノートと鉛筆を鞄から出した。

テーブルの真ん中にはスミレの砂糖菓子や金平糖、綺麗な色のあられが置いてあった。磨魚さんがお茶を入れてくれたので3人は熱いお茶をふーふーしながら一口飲んだ。

「今日はお番茶にしてみたの。そのスミレの砂糖菓子はここの淵の向こう側に住んでいるスミレの精霊菫太(けいた)さんが毎年作っているのよ。召し上がれ。」


「ふむ、食べながら聞いてもらうかの。権蔵爺さんのやつめいろいろ水辺の話までしおってわしらが話しづらくなるというものよ。それでは始めるかの。」

椒太郎は3人を見回しごほんと咳払いをすると話し始めた。


「水というのはな、生きとし生けるものすべてにとって大切なものなんじゃよ。水がなければ生きてゆくことはできぬのじゃ。

お前たちも喉が乾いたら飲むじゃろ?それは、たまにはお茶や違うものも飲むじゃろう。しかしの、人の体はほとんど水でできているんじゃよ。人だけではない。魚も動物も植物もそうじゃ。水が汚れてしまうと飲むこともできなくなる。

じゃから川や海の水は自分で綺麗にする力を持っておる。たくさんの目に見えない生き物たちや木や草の根、藻や海藻が汚れを取り込み元の綺麗な水に戻してくれる。川の流れや打ち寄せる波もみなそうした作用を持ち合わせておるんじゃ。

この世界の水がみんな汚れてしまったら、わしらも、動物や植物も、精霊や、神さえも、消えてしまうかもしれんの。」

椒太郎は一息つくとお茶を飲んだ。

「最近の人の身勝手な振る舞いに、もういっそ滅ぼしてしまってはどうかなどと言う過激な精霊がいるのは、わしの耳にも入ってきておる。この大切な星をダメにしてしまう前に人をみんな滅ぼして動物と精霊で暮らせば平和になるのではないかと言う輩がな。じゃが、人がこれほど進化してきたのじゃから、人がいなくなれば次の動物が進化を始めるやもしれぬ。その進化が人と違うかどうかなどわしらには計り知れぬ。それにわしとしては、今こうしてお前たちと出会ったことで、人と言うのも悪いばかりではないのではないかと思うのじゃよ。もちろんこれ以上この星を、この大地を汚さぬようにして欲しいとは願っておるのじゃがの。」

椒太郎はまたお茶を一口飲むと金平糖を口に放り込んだ。

「僕たちは、滅ばなあかんほど悪いことをしているんですか?」

こうきが不安を隠しきれずに大きな声で聞いてしまって、自分でも驚いたように肩を落とした。

「そうじゃのう。全てが悪いわけではないよ。しかし、他の動物は食べるために動物を殺すのに対して、人は毛皮のためや楽しみのために殺すじゃろ。殺しすぎてしまうのじゃ。それなのに食べるためにとっているものまで獲るなということもある。人はやっていることが支離滅裂なんじゃな。わしらから見れば滑稽でしかないが、なんとも身勝手な物言いじゃよ。木や草、大地に対してもそうじゃろ?畑を作る、街を作る、工場を建てるなどと言っては森を切り拓き、焼いてしまう時まである。そんなことをしながらも花や葉っぱが美しいから、動物の姿が可愛いからとよその土地で育てるために移動して、その土地の草木の生きる場所を脅かす。そして根付いた頃に全滅しなければと声高に騒ぐ。おかしなことよの。植物も動物も太古の昔から生態系からはみ出して移動することはある。それは人の力を借りているばかりではない。風や鳥に運ばれたり、流木に乗って何千キロもの距離を移動することもある。じゃが、そこにある生態系に徐々に馴染んだり、適応できずに命を終えたりしてきたのじゃよ。今はあまりにも多くの生き物が簡単に移動して生態系を壊してゆく。それが流れなのかもしれん。定めなのかもな。しかしながら時の流れを超えるほどに早い崩壊は危険というものじゃ。それゆえ過激な意見が出てくるのじゃよ。わしはそんな意見は聞きたくもないがの。」

「椒太郎さん。おいらにはどんな役割があるのかな?おいらはまだ子供の精霊で、そんな怖いことを言う精霊たちに会ったこともないし対抗もできないのに。」

坊はたくみとこうきがいなくなったらと思うととても怖くなった。

「坊よ、お前はたくさんのことを聞き、たくさんのことを見て、たくみとこうきに話すのが役目じゃよ。精霊の世界のことはたくみとこうきには聞こえては来ぬからの。たくみとこうきは人の世界を、そして坊はこちら側の世界をお互いに繋ぐのが役割なんじゃろうと思うのじゃ。人の世界からこちら側にくるのはおおよそ百年ぶりのことじゃ。その上頭の柔らかい子供がこちら側にくるというのはなんとも長い長いあいだなかったことなんじゃよ。じゃからわしらもこれからお前たちにたくさんのことを教えて人が滅びることのない道を探したいんじゃ。さて、難しい話はこれくらいにしてお弁当を食べんか?わしが作った小魚の佃煮がたくさんあるんじゃよ。それに山菜の炊いたのがあるからの。弁当と一緒に食べなされ。」

椒太郎さんはニコリと笑うと机にお皿を並べ始めた。

磨魚さんがお茶を淹れなおしてくれると孫兵衛さんが焼き魚をお皿に並べてくれた。

「ふむ。ご馳走じゃの。わしの話す番は回りそうになかったゆえそこの焚き火で塩焼きでもと思っての。山椒味噌があるゆえ、つけて食べなされ。」

孫兵衛さんはのんびりと笑うと山椒味噌をお皿の端に乗せてくれた。

「辛いやも知れぬゆえ、ちょびっとずつつけるんじゃよ。」

三人はお弁当と佃煮や焼き魚をほうばりながら、それでもなんだか上の空でいた。人とこの星の運命を背負うって、大変なことだ。何をしたらみんなが幸せになるんだろう。僕たちの役目は一体なんなのだろう。これから大人になるまでに見つかることなのかしら。

お弁当を食べ終わった時、たくみが口を開いた。

「椒太郎さん。精霊の人たちと仲良くして、滅ぼされへんようにお願いするのはどうすればいいの?僕たち三人だけでできるとは思えへん。こちら側に来られるんはぼくとこうきだけなんでしょ?どんなにたくさん勉強しても足りんのと違うんかなぁ。こうきはとても頭がいいけど、僕はそんなに勉強得意やないしなぁ。」

「ふむ。わしらにもまだ先のことはわからぬのじゃよ。じゃがの、お前たちがこちらへ来たことには何か意味があるはずじゃ。勉強ができんというが、たくみには人を笑顔にする力がある。そしてものを作る力がある。秘密基地、よくできておるよ。この山の者はお前たちの味方なんじゃよ。たくさん学べば道が見えてくるじゃろう。まだまだ時間はたくさんあるのじゃ、無駄に恐れることはない。とはいえ怖いような事ばかり話しすぎたかのぉ。」

椒太郎はお茶をすすりながら少し考えてこう付け加えた。

「わしらはもう友達じゃ。これから幾度となくわしらで会うて話をしよう。そうすれば道が見えるかもしらんじゃろう?もしも滅びなければならぬなら、せめてお前たちの子孫が消えてしもうたその先でも良いと思うのじゃ。わしらの時間はとても長い。わしが消える頃まで人間と共に在りたいと、わしは思うておるのじゃよ。どうじゃろうの。」

「椒太郎さんもいつかは消えてしまうの?おいらを置いて?そんなの嫌だ。」

坊は力なく呟いた。すると椒太郎や孫兵衛が笑いながら

「坊よ、お前と共に生き続けるのは少し無理かもしらぬの。しかしお前は沢の精霊として大人になり、きっと山を護る存在となるじゃろう。その頃にはわしらの次の世代の仙人が出てくるじゃろうて。わしらがこの先どれほど生きるのかはわしらにさえわからんことじゃが、お前のそばでこの先も共に学びこの山を護りたいと思っておるよ。」


しばらく皆はお茶とお菓子を口に運びながらも口を開こうとはしなかった。

そろそろ陽が傾こうかと腰を上げ始めた頃、こうきがポツリとこう言った。

「僕らと仙人様たちは友達なん?先生とか師匠とかじゃなくて、一緒に考えてくれはるんですか?先生って怒ってばっかりで怖いけど、師匠も漫画とかアニメでは棒でたたいたりしはるけど、友達やったらそんなんせえへんやんね?僕らは、友達なんや。」

そう言ってしまうとなんだか今までのどの奥で苦しいぐらいに固まっていた空気が通り始めたみたいに気持ちが軽くなった。


「さあ、そろそろ山を下りんとな。陽が暮れてはご両親が心配しなさるよ。」

孫兵衛さんがそう言って、磨魚さんがお菓子を綺麗な透かしの入った紙にそれぞれ包んでくれた。

三人は何度もなんども振り返り手を振って、山を下りて行った。

椒太郎さんたちの姿が見えなくなるとたくみが

「友達やて!大人の友達かて少ないのに、神様と仙人様の友達!嬉しいなぁ。」

そう言うと三人は肩を組んでデタラメに歌を歌いながら淵を後にした。




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