(……ちくしょうっ、遅くならないように気を付けてたってのによぅ!)
男は心の中でそう毒づくと、思考を振り払うように油汚れの染み込んだ仕事着のズボンのポケットに荒っぽく両手を突っ込む。
夜の騒めきと色に染まり始めた街に背を家路を急ぐ男の足音が、頼りないような街灯の灯りが照らすひと気のない通りに耳障りに響く。
ふと、空にかかっていた下弦の月を雲が覆ったのだろう、男を包む暗がりがより闇の色を深く濃く変えた。
ぞわりと、男の背中を舐めて走った違えようのない悪寒。
「……チッ!」
それを誤魔化すみたいに舌打ちをして
(大丈夫だ……だって、アイツはもう……)
と、そう男が自らに言い聞かせて頭の中で呟いたその時。
……ぴちょん……
水滴の滴る音がした。
ギクリと一瞬だけ身を竦ませて、だけど何かに引き込まれるように男はそろりと水音がした細い裏路地を覗き込んだ。
男が薄暗いそこに見つけたのは、へたり込んだように座るひとりの少女。
「セツカ……ちゃん?」
トレードマークみたいに目立つ長い銀の髪と夜闇のような黒い服。
気怠げに男へと振り仰いだ少女の口もとで、唇と耳とを繋いでいたチェーンが揺らいできらめいた。
少女の名前を呼んだ男は彼女の元へと裏路地に数歩入り込んだ、そこで男は気付く。
鼻をつく嗅いだ事のあるその香り。どろりと徹底的に停滞した、血生臭い臓腑の…………死の香りに。
細い月を閉ざしていた雲が途切れ、裏路地に細く月明かりが差し込んで……男の視界に飛び込んで来た鮮血の赤色。
目を見開き助けを求めるように腕を上げたまま横たわる、何度も何度も鋭利な刃物で深く突き刺されたようにズタズタにされた無残な骸。
惨劇に目を奪われていた男の目の前にいつの間にか、ニィッと唇を吊り上げて嗤う少女が立っていた。
まるで、あの男なような禍々しいセツカ笑みに目を奪われた男。
ズグリ……嫌に生々しい音が耳に届く。
「……ッカちゃ……ど、して…?」
少女の……彼らが苦闘の末にあの不死身の殺人鬼ブラックジャックのもとから助け出した筈のセツカの、華奢な手に握られた不釣り合いな程に無骨で大振りのコンバットナイフが深々と刺さった男の喉からこぽりと血と苦しげな声が漏れた。
「かえってきてもらうの。その為に、兄さんの好きなあたしと、兄さんの好きな……あかいろ。もっと、あかいろ……」
そうつぶやいたセツカの手に無造作に、そして無慈悲に男の喉から引き抜かれた血濡れたコンバットナイフ。
ドサリと崩れ落ちる男の身体。
命の灯火の消えようとする男の目に最後に映っていたのは……赤黒く返り血に染まったセツカの寂しげな、まるで置き去りにされて泣き出す寸前の幼な子のよう表情だった。
裏路地に酷く頼りなく泣き声のようなセツカの声が響く。



「だから、ねぇ……かえってきて。兄さん」




終幕を迎えた筈のあの惨劇。
その残響が、今、幕を開ける。





TRAGIC   REVERB〜惨劇の残響〜』



*****




「…………『TRAGIC   MARKER』のあのブラックジャックの陰惨で残虐な惨劇の残響を!その対となるような少女がっ!!でも、彼女にはブラックジャックと違って、ただひたむきに兄を求める健気さがあって……同じ殺人鬼なのに恐ろしい筈なのにどこか庇護欲を唆るような、そんな意外性をっ!!僕の代表作となった『TRAGIC   MARKER』に並ぶスピンオフとして、今度はセツカさんに演ってもらいたいんだ!!もちろん、その正体が女優京子だとは共演者にすら内緒にしたままで……」
大げさな身振り手振りを混じえ、興奮に鼻の穴を膨らませたふくよかなシルエットの映画監督が朗々と語ってみせていた。
多忙な筈の敦賀蓮と京子のスケジュールを縫うように周到にセッティングされた時間に、訳も分からぬままに召集され久しぶりにカインの扮装に変えられて、カインの隣にいる筈な愛しい妹とセットで向かえと指令されたこの部屋には記憶よりも丸っこいシルエットに磨きがかかった近衛監督が待ち受けていた訳で……
「断る。」
カインのあの人を寄せ付けぬ恐ろしげな雰囲気を纏ったままの黒衣の男は、地を這うような低い声で監督の言葉を遮りはっきりとそう告げた。
「っ……って、ちょっ!?カインさん??」
出演を依頼してるはずの妹ではなく、その兄からのにべもない断りに慌てふためく映画監督には目もくれずに。
彼はまたあの目のやり場に困るような閉じ込めてしまいたいと思うムチプリ全開な高露出の衣装を着せられている妹のセツカを肩に担ぐように抱き上げると、振り返ることもなくその部屋を後にした。
「……兄さん?」
ローテンションで、でも少しの疑問と非難を含ませた愛しい声がカインを呼んだ。
カツカツと苛立った足早な足音は止まらぬままで、でも妹へはあのかわいい仔犬の気配をさせて
「駄目か?セツを見るのは俺だけでいいし、お前は俺だけ見てればいいんだ……それに、かわいいお前が他の男の血に汚れるなんて気に食わん。」
(ただでさえセツカを馬の骨の目に晒したくもないのに、セツカのタダでさえ際どい衣装でアクションきめる銀幕デビューだと?これ以上大量の馬の骨を増産されるのはまっぴらだ。)
そんな心の内を隠してぬけぬけと、はっきりとカインはそう愛しい妹へと告げてみせる。
「もう、兄さんのワガママっ子。」
広い肩に当たり前みたいに担がれたままのセツカは、猫が甘えるみたいに兄の首に腕を絡ませてクスクスと笑っていた。





この時、如何に理由付けてこの後もこの久しぶりとなる普段のキョーコとは違い、いちゃベタと撫でる程度に触れてしまえてヤンデレ素直に自分に甘えてくれるカインとセツカの扮装のままで買い物か食事かのデートに連れ出そうか……そう考えながら歩いている蓮は知らない。
抱き上げられ、顔が見えないのを良いことに、久しぶりのカイン兄さんだ♡とここぞとばかりに微かに敦賀セラピーの香りのするカインの肩に擦り寄って、セツカとしては甘過ぎるほどに、ほにゃりとかわいらしい恋をしている乙女の笑みをこぼしてしまっているだなんて、まだ。





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へん◯医によるぇろがねっちねちで纏まらぬ現実逃避に、なんとなーく浮かんだのが村雨さんを惨殺するセッちゃんでした。←何故ゆえ?
なんせ語彙力と表現力と全体把握能力のない程スペ短編脳ですからね、長いお話書いてるのにすぐに脳が短編的な妄想に逃げますのよ。
(^▽^;)



猫木のとこには珍しいカインとセッちゃん。
どうですかね?



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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