今までありがとうございました。 | 不良リーマンの気ままな日記 肺がん1Aから3A昇格~再発

不良リーマンの気ままな日記 肺がん1Aから3A昇格~再発

2015年7月(55歳)肺がん右上葉切除。1Aのはずが病理検査の結果3Aに昇進! 
そして、2019年10月の検査で小脳転移。

いつまで続けるかわかりませんが、皆さんのお役にたてるといいですね。それに、自分も励まされてます。

乱太郎のパパの妻です。

彼がブログを書いていることは知っていました。

このブログを通じてたくさんのお友達ができたことも。

 

昨年4月癌性髄膜炎の疑いで入院する前に

別居している息子二人を自宅によび

病気のこと、金融関係の一覧表などの

レジメを作り今後についての説明会が開かれました。

がブログやSNS関係のことは書いてないようでした。

 

7月になって視力を失うという状態になった時

パソコン、iPhoneのパスワードを教えてもらい

全て任せるから

高校、大学の友達

転職前の会社の同僚などに

今の状態を知らせて欲しい。と

その時に患者会で親しくしていた方にも連絡しました。

 

ブログに関しては

私自身中途半端な終わり方なのは気になっていましたが

病気のことが中心なので読み返すようなことはしてなかったのです。

 

乱太郎が亡くなって明日で5ヶ月です。

最近ふと気になってブログを読んでみました。

 

赤い水栓さんの近況も知りました。

 

乱太郎にとっては赤い水栓さんは

年下とはいえ頼もしい患者会の先輩であり

葬儀後に弔問してくださったりと

家族にとっても特別な思いのある方です

そんな赤い水栓さんが社労士として活躍している記事を読んで

ついいいねを押してしまったのです。

ご迷惑をおかけして申し訳ないです。

乱太郎のパパ生きてるの?と

思ったかた

この場をお借りしてお詫びします。

 

でもきっと喜んでいると思うんです。

彼もきっと押したと思うのです。

 

その後アクセス数が伸びて

やはりけじめは必要だなと判断し

今記憶を辿りながらアメーバ 初参加しています。

 

以下は大体の経過です。

 

 

2019年

10月

       定期検査にて小脳に腫瘍が見つかる。

 

11月     ガンマナイフ 治療

 

2020年

1月〜3月

       直腸障害(頑固な便秘)排尿障害(地元の泌尿器科受診)

       手の痺れに始まってだんだん足が痺れるように その他

       難聴(過去にも突発性難聴をやっているので地元の耳鼻科受診)出現。

       これらの神経症状から癌性髄膜炎を疑い外来でいろいろな検査を

       する。腫瘍マーカーも上昇傾向なので胃腸関係も疑い

       大腸内視鏡検査を地元クリニックで受診。

       全ての検査は異常なし。

4月〜

       ガンマナイフ の経過観察で撮った脳MRIで小脳に怪しい影が見つかる

       呼吸器外科を緊急に受診し抗がん剤治療をすすめられる。

       コロナのPCR検査を受け入院。面会はNG。

       5月、6月と3回の抗がん剤治療終えても神経症状に改善が見られず

       マーカーの値も上昇。薬を変え再チャレンジすることに。

       6月の入院後から視力障害が出現。

       眼科外来で連日検査するも何もわからず。

       

7月〜

       入院とともに視力が完全になくなる。

       痙攣発作を起こしナースステーション前の個室に移動。

       特別に面会許可が出る。緩和の診察、医療麻薬処方してもらい

       頭痛は改善。緩和の医師は薬の処方だけでなく

       心のケアもしてくれた。 2週間の入院後自宅に戻る。

       介護保険を申請、要介護3認定していただく。

       緩和専門病院の医師、ナース、ケアマネなどの支援をもらって

       自宅での療養生活に入る。5年前の肺癌発覚以来の日課だった散歩が

       できなくなったのが残念。

       視力がない上にふらつきが強く真っ直ぐ歩けない。      

       自宅の階段を上り下りするのが唯一の運動。

       

8月〜     味覚障害があり食欲もなくどんどん弱っていくが階段の上り下りだけは

       続けていた。寝たきりになっても家で過ごせるにはどうしたらいいか

       と医師に相談しようと思っていた日に

         発作を起こし緩和専門病院に緊急入院、個室で大好きなピアノ曲を

         聴きながらベットから出ることもないまま1日を過ごす。

         頑張ってトイレには行っていたがついに閉尿。

       お腹が張って苦しいので尿道カテーテルを入れる。

       本当の寝たきり状態になった。

       短期記憶がダメになって孫娘が見舞いに来たことを10分後には忘れてしまう。

 

         16日午前3時 息も脈も弱いという連絡が自宅にありタクシーで

       駆けつけましたが既に心臓も呼吸も停止していました。

       コロナで面会もできず本人も心細かったと思います。

       寝ている夫を見守るだけで過ぎていく面会時間

       危篤になれば看取りも可能と聞いていたので 

       寝泊りするために荷物を用意してたのに

       あっけない最後でした。でも彼らしいかな

       緩和専門病院に入院中は痛み止めの薬がよく効いて

       終始穏やかだったと後日担当医が話してくれました。