こんばんは。

 

【心活】「子どもを幸せにするんだ」

に続いて、二度目の更新。

 

そういえばね。

先日、「天上天下唯我独尊」

という言葉の意味を調べていたら

 

「十方微塵世界」(じっぽうみじんせかい)

という仏教用語に出会ってね。

読んだ瞬間、

なぜだか涙が出てきたの。

 

それは 「宇宙」 のこと。

 

東西南北上下…あらゆる方角に

塵のように無数の世界がある、

そんな意味みたい。

 

「天上天下唯我独尊」の意味には

諸説あるけれど

私の心に響いたのは

 

人間に生まれてくる、ということが

どれほど有難いことなのか。

生まれ難い人間に生まれて

本当に良かった。

 

こうして人間に

生まれてくることができたこの世で

生きる目的を果たさなければ

いつの世で、それをできるだろうか?

 

そうして生まれてきた

我々人間のみになしえる

「たった一つの尊い目的」があるのだ。

 

という解釈だったよ。

 

たった一つの尊い目的。

 

だけどそのページには

その「尊い目的」とは何か、

ということまでは

明確には解説されていなかったけれど

私の中には

私なりの答えが浮かんできた^^

 

 

さて、↓の記事のつづきです。

 

 

 

堂内で、しばし

仏様の印象を味わってみたあと

仏様に意識を向けた。

 

なんとなく、私の

「憑依体質」に関する形で

サポートをくださりそうな、

そんな感じがした。

 

ちなみに、本堂の観音さまに

私が祈念したのは

 

自分は占術の鑑定や

インスピレーションアートを通して

人の魂の進化・成長の助けとなりたいと

考えていることと

それゆえに

占術やアートに取り組む時、

より良い仕事ができますように…

ということだったの。

 

それで、

「占術やアートに集中できるように、

未成仏な方に

縋られることがありませんように…」

と祈ろうとしたら

『 それは 少し違う 』

と…。

 

「では、たとえ未成仏な方に

縋られたとしても

それが自分の心身の苦になることなく

浄化してさしあげられるくらい

強い自分になってゆけますように。

どうか、応援してください」

 

と祈り直したら

わん、わん…っ!と

胸の中に暖かく深みあるエネルギーが

返ってきて、涙の響きが湧き上がった。

 

そのあとも、しばらく

堂内のベンチに腰掛けて

ずっと、仏様のエネルギーに浸っていた。

 

左の肩甲骨あたりの

背骨寄りの一点がなぜか

チリチリと痛みはじめ

その後徐々にやわらぎ、いつの間にか

痛みはなくなっていた。

 

( 霊座の調整 )

 

というような言葉が浮かんだから

ネットで調べてみたけれど

特に該当しそうな単語はなかった。

 

とはいえ

伝わってきたニュアンスとしては

 

チリチリしていた部分は

他者のエネルギーが

私に影響してくる時の

入口となっていて

その「穴」を少し小さくしてくださった…

ということみたい。

 

完全に塞いではくださらなかったのは

その「穴」を自分自身で修復し

調えてゆくことも

私の人生の課題のひとつだから

なのだと思う。

 

阿弥陀堂を出て

広くはない境内をまた歩いた。

 

紫陽花たちが

とても綺麗だったから^^

 

 

 

 

手水舎の裏手に咲いていた

この紫陽花。

 

花弁のグラデーションの

透けるような優美さときたら

うっとりしてしまうよね。

 

形や色彩の見た目は

華やぎもあって艶やかなのだけど

 

伝わってくるエネルギーは

羞じらいを含み慎ましく、

しとやかで清涼な印象だった。

美人な、紫陽花さん(^-^)

 

 

帰りに、もう一度

本堂の十一面観音様にご挨拶をした。

 

この時、観音様の下に書かれている

ご利益を眺めていると

なんとなく「ピン!」と来る感じがあった。

 

そうか(°д°)

美江寺の十一面観音さまは

おもにこの地域の信仰者の

「一般的な、日常的な生活」の中での

安寧や幸福に関わる祈念を支援し

お護りしていらっしゃる仏様だったんだ。

 

なぜかそんな風に感じられて

納得した。

 

私が占術での鑑定や

インスピアートに取り組むのは

 

「この世に生まれてくる時に

自分が決めてきた決意や

託された天命を意識して

その道に自分を活かし

積極的に生きる人」

 

つまり

 

「天と地を繋ぎ、その両方を支える

一本の柱として生きる人」たちを

増やしたいと思っているからなのだけど

(=魂の進化・成長の道と同じだよ)

 

それは確かに

「一般的な日常生活」のカテゴリに

入るかというと

ちょびっと違うのかもなぁ…っ

て思った。

 

だから観音さまは

無反応だったのかもね。

 

なるほど、そういうことなのか…

そう思いながら

山門をまたごうとした時。

 

ぶわっと涙の響きが起こった。

私は衝動的に観音堂をふりかえった。

涙の響きは、わん、わん、と続き…

胸が嗚咽をこらえるように

わなないた。

 

『自分が決めたことに、励みなさい』

 

観音様がそう仰り、

ご縁をくださったことがわかったのだった。

 

以降、こうして記事に書いているけれど

観音様のお堂の写真、

阿弥陀堂の写真、

そのどちらにも

眺めるだけで涙の響きが起こる。

 

仏様たちの慈悲と愛の道が

私の心に繋がってくれている^^

 

その道を傷めず、

慈悲と愛を送ってくださる仏様たちに

恥じない生き方ができるだろうか?

せめて、心がけないとね。

 

まだまだ未熟な私だけどね。

 

読んでくれてありがとう。

またね^^