【参拝】月夜見宮で

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今日はたて続けに更新しています。

【参拝】関善光寺の龍頭稲荷 その3

【参拝】伊勢神宮・外宮(豊受大神宮)へ

 

○○○

 

外宮に入ってすぐの 境内とその付近の「案内図」を見た時に

別宮の「月夜見宮」が目に入り

心に染みこむように すっと

(そうだ。ここにも行かないと)と思いました。

 

私は方向感覚がなく、

地図を見てもすぐに地理を忘れてしまいます(^_^;)

 

境内を巡っているうちに

外宮境内から 「月夜見宮」に続く道が

どこだったのか よくわからなくなってしまったのですが

 

とりあえず体が進みたい方向に進んでいっていたら

自然と 「月夜見宮」へ続く北御門?というところに出ていたようです。

 

参道といっても、普通に民家の間を通る道なのですが

看板も出ていて、道に色付けがなされていたので

わかりやすかったですよ^^

 

「月夜見宮」に向かいながら

なぜか私の心の中は

(兄に会う)という気持ちでいっぱいに。

 

「月夜見宮」の前に小学校があります。

道のむこうに鳥居を目視して

心の中で(よし。行こう。)と謎の気合を入れた瞬間、

大きく音楽が響き始めて びっくりしました。

 

 

小学生の音楽の授業の歌声でした(笑)

 

子供たちの、あどけなく重なり合う声が

微笑ましいな、と思いながらも

私の顔はどんどんクシャクシャになって、嗚咽がこぼれはじめました。

月夜見宮のご眷属さんと、

私のガイドさんたちの取り計らいなのだと わかったからです。

 

ピアノのメロディが…

いやがおうにも気分を盛り上げてくる「BGM」のようで 笑えもしたし

一方で この先に何かがあるという予感でいっぱいになって

奇妙な切なさのようなものがこみあげてきて

涙や震える肩をこらえながら じっと下を向いて鳥居をくぐりました。

 

お社が見えてきた時から、ずっと胸が震え

涙アンテナも稼働しっぱなしでした。

 

 

「月夜見宮」です。

 

境内のほとんどが翳っていてほの昏く、静けさに満ちていました。

先の参拝の方を待って、お社の前で手を合わせれば

もう、理由も何もわからない涙と嗚咽でいっぱいになりました。

嗚咽に合わせて肩も強く上下します。

 

(私は私の道を精一杯行きますから、応援してください)

心の中で祈ると、より強く泣けてきたのでした。

 

月夜見宮の奥に感じる神様も、泣いているような気がしました。

お互いに、泣いているような気がしました。

なぜでしょう…。

 

ただ神様の波動で気持ちが良くて、ありがたくて、感動して…の涙でなくて

切なくて、切なくて…

悲しさに似た気持ちでいっぱいになりました。

 

もうずっとずっと長い間、もう会えない、

この世界のどこを探しても 見つからないのだとばかり思っていた存在が

この時、この「月夜見宮」の奥にいる、とそんな気がしました。

 

後ろで待ち始めた方の気配を感じたので

ハッと気持ちを切り替えて 月夜見宮から離れました。

 

お宮の左右の奥にも摂社?があり

右に高河原神社 左にお稲荷さんが。

 

 

このお稲荷さんにも涙アンテナが強く反応していて、

ここも不思議と、知っている方がいるような気がしましたね。

私に語りかけてくださっていたような気がするのですが

漠然とした「想い」のエネルギーは感じるけれど

はっきりと「言葉」として受け取れるタイプではないので

よくわからず…(^_^;)

 

でも、一目見て、その木の様相や狛狐さんの様子、

神秘的に翳っていた境内の中で、

きらきらと差し込む木漏れ日の暖かさが素敵で

何か、とても大切にされている場所のような気がして

 

すぐに(ここ、大好き。また来たい)と感じました。

 

あっ。この気持ちは、私もなんだけれど、私だけでなく

一緒に連れてきていた「チビ狐」ちゃんのものでもあったようです。

 

(今回、「よかったら一緒に伊勢に行きましょう」というと

チビ烏とチビ狐と その他まだ正体がよくわからない複数の方たちが

一緒に来た気配があったのです・笑)

 

お稲荷さんに、「月夜見宮」と同じように祈ると

向こう側からも 切ないような、涙のような、

だけどなんともいえない優しい想いが返ってくるのを感じました。

 

帰りの鳥居をくぐっても また音楽が聴こえてきました。

楽器の演奏で、とても綺麗な音楽でしたよ^^

私が通り過ぎた瞬間、ぴたっと止まって

またびっくり。

 

いつも、知らず知らず時間調整をしながら

良いタイミングで行動させられているのかなと

不思議に思いますね(笑)

 

○○○

 

ここからは帰宅してからの話。

 

あとでスピ友さんに写真をシェアしたら

「月夜見宮」は写真からは コンタクトができなかったと。

ただ、「大きい!」のジェスチャーがあり、何か大きな神様がいるのかも?と。

お稲荷さんには、何か胸の前で手を組み、祈っているような姿を感じる、と。

『晶さん、何か祈られましたか?』と。

 

お稲荷さんが、真摯に祈ってくださったのかな?と思うと

心がホンワカとしましたね^^

 

「月夜見宮」で御朱印と、

「剣祓」という形の500円の御札をもらったのですが

帰宅してからもずっと、その御札の

「月夜見」という文字を見るたびに 胸が震え、泣けてくるのでした。

社務所で見かけたとき、どうしても「月夜見」という文字のはいったものが

欲しくてたまらなくなって、お守りと迷って、選んだ御札でした。

 

神棚に入れるつもりだったのですが

手が拒否をして、

キッチンの飾り棚の最上部に持ってゆき

最初に置いていた不動明王の御札を

一段下にさげさせていただき

「月夜見宮」の御札を置きました。

 

そのとき、急に

ああ、この御札を家の中に置いたからといって

私が一番会いたい存在に

会えるわけではないんだとわかってしまいました。

 

衝動に駆られて買った時は、

(もしかしたらこの御札を家に祀れば

いつでも月夜見宮の社の奥にいた存在を

身近に感じることができるのではないか)と

そんな期待がありました。

だけど、それはただの期待で

会えないし、道も繋がらないのだろう、って。

また、切ない気持ちが広がりました。

 

22日のあの時、ほんのひと時でも 近くにいられた気がする

その瞬間を忘れたくないから、

大切に飾っておくための これは思い出の品なのだと思いました。

 

私は「場」のエネルギーについて

強弱や高低ってよくわからなくて

「月夜見宮」も、エネルギーの強さだとか

そういうものは よくわかりませんでした。

 

ただ、あそこは「月」の「霊的世界」に繋がる時がある、

「別次元」と重なることがある、そんな不思議な空間のように感じました。

…私が会いたいと願い続けていた存在は

そうやすやすと会うことはできない

現世とは、まったく別の次元にいるような気がするからです。

 

「おかあさん」と感じた「豊受大神さま」には

会おうと思えば、天を見上げれば

いつでも会える、そのエネルギーを感じ包まれることができる

そんな気がするのに

 

「兄」と感じた「月夜見宮」にいた神は

「つきよみ」という言葉の響きどおり、

あの夜空の「月」の裏側の

「よみ」の世界に 「死」の世界にいて

会いたくても会えない、そのような感覚があるのでした。

 

あとで月夜見宮について、調べてみると「磁場が強い」という記述を見ました。

もしかしたら 異なる次元が重なり合える

神秘的な場所なのではないでしょうか。

 

○○○

 

2月22日の朝、毎日7時にLINEに届く

「石井ゆかり」さんの 星読みメッセージに

『蠍座は 会いたい人に会える日』と書いてあったのを見て

なぜか目が潤んだこと。

 

それは… 「月夜見宮」を訪れること、だったのかなあ。

ぼんやりと思いました。謎ですけどね(^_^;)

 

ずっと会いたかった誰か。

それが誰なのかもわからないのに

遠い遠い過去で失ってしまったことが忘れられず、

また会いたくて

もう会えないことが信じられなくて

きっといつか会えるはずだと 探しつけていたのかもしれない誰か。

 

帰路の神路(かみじ)で「双子真珠」という店名を目にして

またふつふつと胸に、瞳にこみあがるものがありました。

「双子」

過去世を探し始めた時に もらっていた「キーワード」

 

双子の兄。

失ってしまった魂の片割れ。

そんな想いに駆られますね。

 

すべては私の心の中だけで起きている出来事でしょうから

なんのしるしも、なんの証もないんです。

だけど、私はこの日 「月夜見宮」で感じたことを

大切にしようと思います。

いい年こいた30代も半ばの女の、

中二病めいた戯言だったとしても、いいんだ。

 

 

静かでほの昏い、不思議な「月夜見宮」でしたよ。