✩伝えたいことがあります。

「風火家人の道」

「視えない世界とタッグを組んでいこうよ」

 

✩占術・言霊メッセージ お知らせ✩

2/20 

オーダーの順序を前後させていただきます。

3番目のMさん より先に

4番目のKさんの制作に 取り掛からせていただきますので

よろしくお願いいたします^^

 

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↑記事の続きです^^

 

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以前、来た時も こちらのお堂に引力を感じましたが

今回も 中央の「阿弥陀如来さま」が

(堂内に入っていきなさい)と 引っ張ってくださいました。

 

靴を脱いで、堂内に上がれるのです。

 

阿弥陀如来さまの前に 正座で座らせてもらって

手を合わせて、心の中でお話しさせていただきました。

 

先日も、別のお寺で「阿弥陀如来」に涙アンテナが反応していて

なんとく「阿弥陀如来さまのネットワーク」に

私について、なんらかの話がいっているような気がしました。

 

ガイドさんや守護霊さんが水面下で

いろいろと動いてくださっているのかもしれません。

おそらく、私が将来的にやりたいことに関することのように思います。

(でも、現時点の私には それが何なのか、まだわからないんですよ。

不思議ですね)

 

視えないサポートの方たちは

いつも私たちが自覚し把握できる現実よりも

一手先、いやいや もっと先のことを見据えながら

たくさんの手筈を調えてくださっているような気がします。

 

「今」「この一瞬」という「点」でなく

これまでと、はるか先に続いている「線」を見ていらっしゃるんですね。

 

だから、私たちは 「点」の目線で見れば

悲喜交々の現象に出会い、そのたびに

やれ「幸だ」「不幸だ」と決めつけがちだけれど

 

それらの「点」たちが

 

「私たちの成長を想い願う導きの心」によって用意されていたものであり

高峰から見れば

それはひとつながりの「美しい線の軌跡」であることに気づいていれば

これまで起こったことも これから起こるだろうことも

「ただただ、私という一つの命を魂を、育てていくための恵み」なのだと

理解できるのですよね。

 

この線が、本当に綺麗なのですよ。

(って、今、誰かが教えてくれました)

「綾(あや)の糸」だと。

(ガイドさんかな?)

 

きちんと、「線の行方」を「魂の計画」を

サポートしてくれている存在たちがいるのだから

「点」を生きる私たちは、素直にその「点」を楽しみ、

そのときどきの「必要な学び」に取り組み続けていればよいのでしょう。

過去をいたずらに悔やむ必要も

未来をいたずらに不安に思う必要もなく

真摯に「点」を刻み、進んでいくだけ。

シンプルですよね^^

 

写真に写っている立派な仏様方以外にも、両脇やお堂の中に

たくさんの仏様がいらっしゃって

こちらにも祈願していきなさい、と迎えてくださる仏様もいました^^

 

 

こちらの阿弥陀如来さまは 私には

ビシッとした中にも優しさのある 男性的なエネルギーが感じられ

仏様のほうから参拝者に

「遠慮なく、頼っていきなさい」というお気持ちを向けてくださる

頼もしい方でいらっしゃるように 思いました(*^_^*)

 

スピ友さん方からは

 

男性っぽくどっしりしていて ひたすら「そうか、そうか。」と頷いていると。

ハッハッハと笑いながら 私の話を聞いているイメージや

とても優しい方で、頼りたくなるような感じがある、などと

教えていただきました^^

 

私の感想は一切かかずに LINEグループには

まずは写真だけをアップしました。

この仏様は、それぞれで表現こそ違いますが

「男性的で優しい、頼もしい方」であると

みんな共通して感覚していたので 面白かったですね(笑)

 

阿弥陀堂前の 「子宝観音」さまです。

 

 

もう、ふっと目にはいった時から、

胸がフルフルッとして涙アンテナが反応して(笑)

写真からも、この観音さまの「ニコニコ顔」エネルギーが伝わりますでしょうか^^

 

楽しく陽気な気配のする観音さまで(*^_^*)

ほらほら、祈願していきなさい~♪と歓迎の気配を感じ

第二子ちゃんについて、祈願させていただきました(笑)

 

ご神仏って、本当に「お見通し」というか

参拝者が、「魂」にどんな願いを持って「神社・仏閣」に来ているのか

ということを しっかりと理解しておられるのだなあ、と思います。

その「願い」が、たとえ「参拝者自身」が「自覚していない願い」だったとしても

きっと ご神仏はわかっていらっしゃるのでしょう。

 

その上で、参拝者自身が、その「願い」を

「自らの言葉」で表し ご神仏に「応援を請う」のを待っていらっしゃるんだなあ…

とも思いました。 

 

「具体的な言葉での祈願」を待っていらっしゃるのは

これはやはり 「人の自由意志に干渉してはならない」という

「暗黙のルール」があるからでしょうね。

 

信心として 私たちはこうして「ご神仏」を敬い祈る立場である一方で

本当は「現在、地球の主宰を任されている神」とは

「今を生きる人間」であり、

ご神仏に主導権はないんです。

 

(この「地球」という星を どのような世界にしていくのかの

主導権やリーダーシップ、そこから生じる責任が

「人間」にあることを忘れて、

しっちゃかめっちゃかしているのが 今の現状なんでしょうね~(^_^;))

 

どんなに「この者の力になりたい」と

ご神仏が思ってくださったとしても

願われなければ、「具体的」には動けないのです。

 

そして「ご神仏」は偉大な力をお持ちだけれど「万能」ではない。

ここは大事な部分かと思います。

肉体ある人間にはできないことが、ご神仏にはできる。

肉体のないご神仏にはできないことが、人間にはできる。

 

ご神仏は、けして

自分のかわりに、自分の願いを叶えてくれる存在ではなくて

ご神仏の正体は、

いわば「魂の経験値の大大大先輩」で

ご神仏に祈ること、頼ること、というのは

「『自力』と『他力』による『創造』」なんだ、と思っています。

 

自力だけでは産まれないもの。

他力だけでは産まれないもの。

それが、「産まれる」というのは

お互いにとって やっぱり嬉しいことですよね^^

 

という 脱線しまくってきた話はさておき

その3に続きますにひひ