ねえねえ彼女とだんまり彼氏(このタイトルは彼氏が考えました。)
  • 15Jan
    • 男性を頼る甘え上手な彼女を目指した結果

      男性を頼る甘え上手な女性は、大切にされる、とか愛される、なんて話を聞きますよね?今日は、ねえねえ彼女が、愛され女子を目指した結果のお話。こんにちは。あゆ(ねえねえ彼女)です。先日、お風呂場の電球が切れた。その日は、ちょうど彼がお家に来てくれる日で、これはいけないと、急いで電球を買いに。わたしは身長も平均よりちょっと高いほうだし、お家のお風呂場の電球は、もともとそんなに高い位置にないこともあって、電球を換えるなんて、お茶の子さいさい。いつも(といっても電球なんてそうちょくちょく切れるものでもないけど)、自分で容易に済ませていた。ところが、この日は、新しい電球が入った箱を開けかけて、思いとどまった。そういえば、よく、男性に重い荷物を持ってもらったり、高い位置にある電球を換えてもらったり、適度に頼ることは愛される女性の秘訣、なんていう話を聞いたことあったなあ。(※我が家のお風呂場の電球は、高い位置にありません)それに最近結婚した友人も、男性に頼る重要性をひしひしと感じているようで、結婚する前に付き合ってきた人たちには、重い荷物を「持つよ」と言われても「大丈夫」と答えていたけれど、結婚相手には、なるべく頼るようにしていると言っていたなあ。よし、電球がちょうど切れるタイミングで彼が来るなんてこともそうそうないだろうし、せっかくのチャンス!ここはひとつ、彼にやってもらおうじゃないか!そしてその時は、やってきた。彼:あゆ、そろそろお風呂入らない?わたし:はっ!ちょっと待って。そういえば、ちょうどお風呂場の電球が切れちゃったの。彼:え、そうなの?わたし:うん。でも、電球は買ってきたから、安心して!○○(彼の名前)、電球の交換、お願いできるかな?彼:うん、いいけど。彼と一緒に電球を持ってお風呂場へ。彼:…ん?ていうかさ、これ、この高さって、あゆでも余裕で換えられるんじゃない?わたし:それはそうなんだけどね。彼氏に電球を換えてもらうのって、ちょっと夢だったんだよね~えへへ。彼:…小さい夢だね…わたし:へ…?彼、テキパキ電球を回して取り付け、カバーも取り付けてあっという間に、交換完了。彼:はい、できたよ。わたし:…わ、わ~い!2018年、早速一つ目の夢が叶っちゃった!やっほ~い!ありがとう~(やけくそ)彼:…。愛され上手は、むずかしい。あゆ(ねえねえ彼女)にほんブログ村人気ブログランキング

  • 12Jan
    • だんまり彼氏、ラーメン屋の主人になろうとして、失敗する

      彼氏が、ラーメン屋の主人になろうとして、失敗したときのお話。ある日、彼が仕事終わりにわたしの家に来てくれたのだが、あろうことか、冷蔵庫には、鍋用のラーメン、ねぎしか入っていなかった。(わたしはまさかその日に彼が来るとは思っていなかったので、買い物もせず、すでにひとりで簡単に食事を済ませていた)まじか~と彼は途方にくれていたが、外は冷え込んでおり、買い物に行く気にはとてもなれなかったようで、なんとか家にあるものだけで食べられるものが作れないかと、スマホの画面を真剣に見て画策していた。そしてよし!と立ち上がり、めったに立たないキッチンで、めずらしく躍動し始めた。その日のわたしはおそろしく疲労がたまっていて、いったい何をしているのやら、と思いつつも、動けずにホットカーペットに転がっていた。すると、しばらくしてラーメンのスープらしきいい香りが。ん?ラーメンのスープなんて、うちには残っていなかったはず…。不審に思い、重いからだをなんとか起こして、キッチンへ向かった。わたし:なんかすごくいいにおいがするんだけど♪においのするほうへ目をやると、鍋の中で、スープらしきものが湯気を立てている。わたし:え?!これ、もしかしてラーメンのスープ?!自分で作ったの?○○(彼の名前)すごいじゃん!彼:そうだ。おい!新入り!よ~く見とけ!わたし:…は?彼:これがうちの秘伝のスープだ!これはな、焦がしにんにくとバターをだな… わたし:…。(え、まさかラーメン屋のご主人のつもり?)彼:ほら新入り!今煮込んでる最中だからな、しっかり鍋の様子、見とけよ!(さりげなくキッチンを離れてわたしに押し付けようとする)わたし:いやいやいや。ちょっと待て、新入り!ちょっと調理場に立てたからって、調子に乗るなよ!今日が初日だろ!最後までしっかり鍋の様子、見とけ!彼:(笑)まったく。新入りは、あ・な・た!笑 店主なんて気が早いわ!P.S.それにしても、彼が思いつきで急遽作ったこの即席ラーメン、意外にも本当においしかった…!味に深みがあって、ゼロから作ったとは思えないおいしさ!たしかに彼、普段積極的に料理をするわけじゃないんだけど、才能はあるのよね。(時々作ってくれるモツ鍋とカルビクッパはお店で食べるよりおいしい絶品。さらに最近トマトやたまねぎを使った簡単かつ超絶美味なレシピを次々に生み出している。)早く店主になれるよう、がんばってね。あゆ(ねえねえ彼女)にほんブログ村人気ブログランキング

  • 11Jan
    • 彼氏の耳かきは、めんどうなようで、ちょっと楽しい

      あなたは、彼氏に耳かきをしてあげる?もしくはカップルでお互いに耳かきしあったり??こんにちは。あゆ(ねえねえ彼女)です。彼:今日は大物いる?わたし:う~ん…もしかしたら、史上最大かも、しれない…!彼は、わたしに耳かきをしてもらうのが大好きだ。少なくとも2週間に1回?くらいのペースで確実にお願いされている。わたしは、彼と付き合うまで、他人の耳かきをした経験なんてなかったし、そもそも自分の耳掃除を人にしてもらいたい願望もないので、なぜわざわざ他人の耳掃除をしなくちゃいけないんだろう…というか、なんなら人の耳掃除なんてめんどくさいしやりたくないよ~…と思っていた。でも、そんなわたしをよそに、彼は耳かきを持っては、わたしのひざへうれしそうに頭から飛び込んできて、目を閉じ、やすらかな表情を作ってスタンバイする。いや、誰もやるなんて言ってないし…と思いつつ、まるでキッチンに必要な調理器具一式と計量済みの材料をきれいに並べられて、さあ、あとはあなたが包丁を握るだけ!という状況に気おされて、気がつけば耳かきを握りしめている…。そんなことを繰り返しているうちに、すっかり耳かきがルーティン化してしまった…ああ、うまいこと調教されている…というわけで(?)今日は彼の耳かきについて発見したことを書いてみようと思う。◆発見1:現場はかなり狭い空間であり、結果がすぐに見えるから、意外とやりがいを感じやすい◆いきなり何の話だ!!ってかんじ??笑そもそも、耳かきを清掃作業ととらえるのか、手を繋いだり頭を撫でたりするようなカップル間におけるスキンシップ、コミュニケーションのひとつととらえるのかは微妙なところだけど…(たぶん両方なのかな…)、清掃作業的側面からみると、直径1cm?もないくらいの現場は、結構やりがいにあふれている。(大真面目)まずは、現場入口付近。もう、明らかに取り除かねばならないと思わせるホコリたちがうっすらだがわりとびっしり存在している。序盤に過ぎないのだが、これらをそっと取り除くだけで、見た目的にすっきりするので、かなりやった気分になれる。そしてもう少し奥へ進んで内側の壁を軽くかいてみると、外側からでは確認できなかったホコリたちが、ごっそり出てくる。これもわりとびっくりするくらいわんさか出てきて、こんな小さな現場にこれだけ隠れていたのか…とおもしろい。壁を一周すると次から次へと出てきて、さらに暗い穴の奥は、どうなっているのか目で確認できないため不安になる。が、決してブラックホールなどではなく、やがて終わりが来るというのも、安心だ。やればやっただけ現場は目に見えてきれいになるし、ちょっとした達成感まで芽生える。むしろ、作業が終盤に近づくと、当然だが収穫物(?)が少なくなってくるため、もうちょっと…と物足りなさを感じることもあるくらいだ。たまに豊作でない状態で彼に来られると、収穫(?)がないがためにやりがいを感じられず、肩透かしをくらった気分になる。ちなみに、耳かき中のわたしたちの会話彼:「あゆ、今なんかガサゴソっていった!」わたし:「え?どこ?」彼:「そのへん絶対に大物がいるはず!注意深くやって!」わたし:「え、ここ?見当たらないけど…え~どこだろ…」彼:「いや、違う!…あ、今またガサっていった!ほらガサって!」わたし:「いや、あなたにしか聞こえないし…」彼:「しっ!そのへんガサっていったから気をつけて!もうちょっと奥!そう!その辺!いいよ!」わたし:「え、このへんかなあ…なさそうだけどなあ…って、ん!?なにこれ、すごいのとれた…!」彼:「え、見せて見せて!…ああ…!大物だ…!」わたし:「すっご…きたな…なかなかすごいね…」彼:「やりがいあるでしょ~!」わたし:「…う、うん…たしかに…?」そう、わたしたちは今、重要なミッションに二人で取り組んでいる、これは二人の共同作業…!とつい真剣に取り組んでしま…いかけているが、落ち着こう、これはただの耳かきだ。そういえば、さっきネットで、ガサゴソいうのは、耳かきが鼓膜に触れている可能性が高いらしいという情報を得た。え、やばいんじゃない…?彼に報告、しなきゃ…◆発見2:自分の耳をわたしに預けられる彼ってすごい!耳かきは信頼の証◆耳かきを他人に任せるって、相当相手のことを信頼していないと、できない行為だと思う。「耳」なんて体の大事な部分を他人にかき回されるのは、わたしはとても恐怖を感じるのでごめんだ。万が一鼓膜でも破れたら…と思うと、絶対に人に任せるなんてできない。まだ小さな子どものころ、母にやってもらって、すごく気持ちが良かったような記憶はぼんやりとあるけれど、今やってもらいたいという気持ちは微塵もない。さらに言うと、わたしは人生で初めて耳かきをしてあげたのが彼だったので、要領がよくわからず、誤って耳の中を傷つけて血を出してしまったことがある…幸い特に大事にはいたらなかったのだが、申し訳ない以上に、こちらとしても万が一鼓膜を破ってしまったり、負傷させてしまったり(もうさせてるけど)…といったことを考えるともう二度と耳かきは握らない、握っちゃいけない、と思った。当然彼も相当痛がっていて、その日の耳かきは中断、かなりお怒りのご様子だったので、これでもう、今後彼から耳かきを依頼されることはないだろうと、ちょっとさみしいようなホッとしたような気持ちになっていた。ところがだ、しばらくして、彼はまた耳かきを持ってわたしのひざへ飛び込んできたのだ。これにはさすがに面食らった。彼:「あゆ、耳かきタイムだよ~」わたし:「え、ごめんね、わたしこの前のこともあるし、もう耳かきは握らないって決めたの。」彼:「いいの!今度は気をつけてやって!」わたし:「耳かき握るのがほんとに怖いの。この前のこと、トラウマになってるの!○〇(彼の名前)だってまた血が出たらいやでしょ?」彼:「ううん、大丈夫だから!」わたし:「大丈夫じゃないよ。わたしもうやりたくないよ!」彼:「いいから、はい!(震える手に耳かきを握らされる)」そして何度かのリハビリを経て、今、わたしは見事にトラウマを乗り越え、元気に耳かきを握っている。(いや、トラウマは彼のほうだろうよ…)この一件があり、彼は本当にわたしのことを信頼してくれている(もしくは信頼しようとしてくれている)のかもしれないと思った。一度流血させられた(しかも耳)相手に、再び依頼するなんて、なかなかできることじゃない。これ以上ない、信頼の証かもしれない。それからというもの、よりいっそう気を引き締めて、耳かきに取り組んでいる。◆発見3:耳掃除で幸せを感じている彼がかわいい。綿毛は特に幸福度が高いらしい◆彼は、耳かきをされているとき、びっくりするくらい幸せそうな顔をしている。それはもう、あまりに無防備で、子猫のような、赤ん坊のような…。冷静に考えて、耳掃除でそんな幸福を感じてくれるんだったら、それくらいやってあげてもいい気がしてきている。(10分とか15分とかで終わるし笑)それに、これが母性本能ってものなのかしら、彼の幸せそうな顔を見ていると、こちらも幸せな気分になる。彼は、耳かきの仕上げに、耳かきの反対側についているふわふわの綿毛で耳の入口をくるくるされるのが大好きだ。わたしがよく忘れていると、必ず「綿毛は~??」とおねだりしてくる。綿毛、そんなにいいのか…。ちなみに、この綿毛みたいなものは、梵天(ぼんてん)というらしい。初めて知った!(気になってさっき調べた)以上が、わたしの耳かきレポート。わたしにとって、彼の耳かきは、清掃作業であり、共同作業であり、コミュニケーションであり、信頼の証である、こんなところかしら…。耳かきひとつとっても、いろんな発見があるなあ。彼とお付き合いをして、日々いろいろなことを経験中です!あゆ(ねえねえ彼女)にほんブログ村人気ブログランキング

  • 06Jan
    • 髪型や服装を彼氏の好みに合わせる女は、愚かなようで賢い

      あなたは、髪型や服装を彼氏の好みに合わせる派?それとも彼氏の好みに合わせず、自分の好みを貫く派?こんにちは。あゆ(ねえねえ彼女)です。先日、年始早々、美容院に行ってきました!年始の電車や街って、びっくりするくらい、空いている…!わたしは、そのせいで街へ出るのが億劫になるくらい混雑が苦手なので、予想外の快適さに思わず感動これから、年間に美容院へ行く回数のうち、1回は絶対に年始にしようと決めたっ…さて、わたしが美容院でするオーダーはいつも決まりきっている。ひとつは、「長さは変えずに毛先の傷みが気になるところだけ少し整える」そしてもうひとつは、「髪色を暗めに」これ以外のオーダーは、基本的にない。理由は単純明快で、彼がロングヘアーと黒髪が好きだから。◆彼の一言を聞くまで、髪型を誰かの好みに合わせるなんて発想は一切なかった◆もともと、わたしのヘアスタイルは、胸くらいまでの長さと少し明るめのブラウンカラーを基本とし、時々ばっさり切ってみては元の長さくらいまで伸ばしてみたり…を繰り返していた。自分には少し明るめのブラウンヘアーが似合うと思っていたし、たまには気分転換にミディアムショートにしたい時だってあるので、とにかく自分が気に入ったヘアスタイルにすることは当然のことで、その時の気分で髪型を変えることは、楽しみでもあった。彼と付き合ってからも、胸くらいまであったロングヘアーを肩上ぐらいまでばっさり切りたい!と思い、彼:「え~切っちゃうの~?」わたし:「ダメ?短めも似合うかなって思うんだけど」彼:「う~ん…まあ、ダメじゃないけど…」というやりとりの後、ヘアカットし、意気揚々としていた、なんてことがあった。彼はロングヘアーのほうが好きなんだろうなとなんとなく認識はしていたけれど、特に短いヘアスタイルを全力で否定するわけでもないので、その程度のものなんだろうと思っていた。ところが、それから半年以上経って、髪もだいぶ伸びてきた頃、彼と二人で、スマホに入っているこれまでの思い出の写真を見返していたときに、彼が不意に言ったのだ。「う~ん、やっぱり、あゆはロングのほうがいいね。」彼は髪が短い頃のわたしと、長いわたしの写真を見比べていた。へ?と思った。まさか思い出の写真を見返しているときに、そんな言葉が出てくるとは思わなかったので、予想していなかったセリフに少し驚いた。そして同時に、思った。彼にとって、「ロングヘアーのわたし」は、わたしが認識している以上に、重要なのかもしれない、と。そこから、考えを改めた。彼にずっと好きでいてもらうために、「できる限りの彼好みのわたし」でいる必要があるかもしれない。◆今までは、何よりも「自分」を優先させてきたわたしが、初めて「彼」を優先したいという気持ちに出会った◆これまでのわたしは、何よりも「自分」が大切だった。100%自分がしたいメイクをして、自分が着たい服を着て、自分が食べたいものを食べて、自分が会いたい人に会う。それはわたしの人生でとても大切なことだったし、彼氏が変わるたびに、「彼氏の好みに合わせるために、髪型も服装も全部変えたの」という女友達を見て、自分の意思はないのかな?とちょっと見下していたところもあったかもしれない。ところが、違ったのだ。彼女たちは、「自分の趣味を貫くこと」以上に、「彼に好かれていること」を重要視していたから、自分の意思でそうすることを選択していたのだ。きっと当時のわたしは、恋愛において、「自分の趣味」≻「彼の好み」の方程式を覆せるほどの気持ちを抱いたことがなかったのだと思う。極端な言い方をすると、彼に振られるリスクを回避することより、自分の趣味や快適さのほうが、優先順位が高かったのだろう。もっというと、その対策をしなかったことにより振られたとしても、それはそれで仕方がない、くらいに思っていたんだと思う。でも、今は違う。「彼に好かれていること」は、わたしにとって超重要項目だ。彼には、できる限りわたしのことを、強く、長く、「好き」でいてもらいたい。中には、女性の服装や髪型に何のこだわりもないという男性もいるかもしれないけれど、わたしは幸運にも、彼の好みを多少なりとも把握できている。少なくとも、把握できている部分は、カバーできる可能性があるのだ。ガッツポーズその部分については、確実に努力次第で彼の好みになるのだから、やらない手はない。というわけで、よほどのことがなければ、彼と一緒にいる限り、今後わたしがショートヘアになったり、金髪になったりする可能性はなくなった。(もちろん、彼の好みが変わったら、柔軟に対応する。)美容師さんへのオーダーは常に、「長さは変えずに整える」と「髪色は暗めに」、だ。厳密に言うと、彼は、ヘアカラーしていない地毛の黒髪を好んでいるのだが、そこは泣く泣く妥協している。「暗めのヘアカラー」はまだいいのだが、「地毛の真っ黒」だと、悲しいことに、わたしはとてもやぼったく見える。それはそれで服装など全体とのバランスに大きく悪影響を及ぼすので、現時点では、妥協策で対応せざるを得ない状況になっている。わたしは髪色が抜けやすいので、せっかく暗めのヘアカラーにしても、すぐに色が抜けて茶色っぽくなってくることが今の悩み…。◆いつの間にか彼もわたしの好みに合わせてくれるようになった◆余談になるけれど、いつの間にか彼もわたしの好みに合わせてくれるようになっている。付き合い始めた当初、彼もやっぱり彼なりに髪型や服装にこだわりがあったようだけれど、彼がいいと思う髪型と、わたしが彼がこうだったらいいなと思う髪型は違っていた。わたしは、「黒髪✖︎清潔感が失われない程度のギリギリラインのちょっと長めヘア✖︎セットしすぎていないナチュラルヘア」 がものすごくタイプで、そういう髪型をしている男性にとても萌えるのだけど、彼は、カチッとセットするほうがいいと思っていて、髪が伸びるのが早すぎるからと、なるべく短めにカットすることをいつも重要視していた。(たしかに彼の髪の伸びるスピードが異常に早いのはわたしも理解しているので、ヘアカット代と手間を考えると、多少悩ましい。ヘアカラーはもともとしていないので、黒髪は難なくクリア。)でも、わたしは、ちょっと長めのセットしすぎていないナチュラル黒髪男子がどうしようもなく好きだ。伸びかけの彼の髪型を見ると、気分が高揚し、うぉおおお~となってしまうくらいにかなり好きだし、美容院に行こうとする彼に、もう少しそのままでいてくれ、しばらく美容院に行かないでくれと訴えたこともある。ので、その気持ちを彼に熱心に伝え続けたところ、ある休日、「これから髪を切りに行くから、あゆも一緒に来て。」と彼。「え?それは、わたしの好きにしていいってことなのかしら?」とたずねると、彼は「うん。」どういう風の吹き回しで、彼がそんなことを言いたのかはわからないけれど、そんなわけで、それ以降、わたしは彼のヘアカットに毎回付いていき、その場で美容師さんに直接要望を伝えられるようになったのだ!わーおおかげで、彼の髪型は、常にわたしの好きな状態になった。最終的には、「全部あゆに任せる。」とまで言ってくれるようになり、彼のヘアスタイルは、完全にわたしの美容師さんへの伝達能力と、美容師さんの腕だけで左右されるようになった。なんともめでたいこと…!ちょっとプレッシャー笑ちなみに、彼は休日にしか服を買いに行かないため、買い物にもほぼ必ず付いて行き、試着している姿をチェックしては、わたしの好みを伝えている。その結果、彼の手持ちの服も、どんどんわたし好みのものばかりになっていき、服装も、ほぼ完全にわたしの一番萌えるスタイルになってきた。これは大変喜ばしいことだ…!パチパチ◆たかが髪型、されど髪型◆たかが髪型ごときに、たかが服装なんかで、と思う人もいるかもしれない。たしかに、わたしは髪型や服装だけでお付き合いする人を決めることはない。(世の中には、髪型や服装が一番大事!という価値観が存在してもおかしくないから、それはそれでアリだと思うけれど、わたしは、それはない)仮に彼が、髪型や服装を絶対にわたし好みには変えないという強い意志を持っていたとして、それがお付き合いの障害に直結するかというと、そうとも言えないと思う。ただ、その一方で、わたしがちょっと長めのセットしすぎていないナチュラル黒髪男子がどうしようもなく好きな気持ちは、きっと変わらない。街中でドンピシャな髪型や服装の人を見たら、きっと、ああ、やっぱりああいう髪型っていいなと無意識に思ってしまうだろうし、そういう人が身近にいたら、自然と目が行ってしまうと思う。こればかりはどうしようもない。そういう意味で、すぐ隣に、完璧に自分好みの髪型と服装をした人(しかも好きな人)がいたら、目移りのしようがない。隣を見ればいつだって好みの姿かたちをした大好きな彼がいるわけで、見つめているだけで、とても幸せな気持ちになる。それはきっと彼も同じだと思う。彼だって、仕事を含めた日常生活の中で、顔も髪型も服装もドンピシャな人を見たら、いいなと思ってしまうことは確実で、その気持ちを止めることは誰にもできない。それは、極端な話、浮気の始まりにもなりかねない。興味の対象が他へ移るということは、それだけでかなりのリスクといえる。ならば、わたしにできることは、できる範囲で彼の好みと理想を体現することしかない。彼と一緒にテレビや動画を見ていると、時々、モデルさんやタレントさんを「あ、この子なんかかわいいね」と言うことがあるのだが、勘弁してくれ、と思う。整形でなんとかなればまだいいかもしれないが、さすがに素材の問題もあるので、整形したところでモデルさんやタレントさん並に美しくなることはないので、そこは手が出せない領域になってくる。その一方、髪型や服装に対する要望は、わたしでも対応可能な範囲なので、安心だ。それにしても、彼と付き合うまで、服装や髪型を彼の好みに合わせたい、なんて考えが自分の中に湧いてくるとは夢にも思わなかったなあ自分がこれまで愚かだと思っていた価値観を賢いと思うようになっている…恋愛っておもしろいですねふふあ、でもね、クリスマスの一週間くらい前に、彼と喧嘩したの!そしたら、何が起こったと思う??彼ってば、美容院に行って、勝手に髪を切ってたの!!!それも、わたしの好みと真逆の髪型に!!!やられたーっ「だから、これからは喧嘩しないようにしなきゃだよ」と彼。あ〜あ、早く彼の髪が伸びますようにあゆにほんブログ村人気ブログランキング

  • 04Jan
    • 2018年のねえねえ彼女とだんまり彼氏

      お正月、三が日もあけたということで…2018年、初投稿を。…って、いったいいつぶりの更新なんだ~!!あまずは、あけましておめでとうございます。ぺこり。(遅)最終更新記事の日付を見て、驚きで震えました…昨年の4月以降ストップしていたこのブログ…なんとほぼ一年間放置されていたんですね…にも関わらず、ひ〜〜〜〜〜〜っさしぶりにブログを開いてみたら、その間も、毎日たくさんのアクセスが…ありがたすぎる…本当に本当にありがとうございます。(嬉涙)結構な期間更新がなかったため、もしや破局でもしたのか?!と思われた方もいるかもしれません。たしかにこの1年ほどで、いろんな出来事があったなぁ。でも、なんとか、なんとか!2018年1月4日時点で、ねえねえ彼女とだんまり彼氏のお付き合いは継続しております…!考えてみれば、これまで半年(実質3ヶ月?)以上お付き合いが続いたことのないわたしにとって、まず半年~一年までが第一関門。そして一年~一年半が次なる関門。さらに一年半~二年、二年~二年半と常に未知の領域を進んでいく状態。それも進めば進むほど「半年(実質3ヶ月?)」という自身の経験値からどんどん離れていくわけですから、未知なる世界は深まっていくばかりなわけで。お付き合い期間が長くなるにつれ、初めての感覚に、これがいわゆる倦怠期なのか?いや、「倦怠期」などと耳にしたことがあるだけで、よく知りもしないものを勝手にでっちあげて、やすやすとそんなもののせいにしてはいけない…となるとこれは己の倦怠?怠慢によるものなのか?と自問自答していた日々でございます…。そう、そんなことをしていたら、気づけば一年…って、そんなわけはない。ただの言い訳ですね。すみません。                     でも、恋愛を末長く続く時代で捉えるのならば、現在、             恋愛初期中期安定期まだ未知のナントカ期 の次なるターム?への移行期間中ということで、自分の心の置き所というかが定まっていないのはまぎれもない事実です。そわそわと少し落ち着かない気持ちですが、しばらくは、経過観察ということで、自分自身をそっと見守りたいと思います…。さて、前置きがだいぶ長くなりましたが、ひとまず今日から心機一転!ということで、年始を都合よくとらえて、更新を再開していきたいと思います!えいえいおー!はい、ごめんなさい、今日は、ただの決意表明の記事です。笑伝えたかったのは、「今日からまた更新していきたいと思います!」ということだけです。笑そんなわけで、よろしければ、今年もねえねえ彼女とだんまり彼氏にどうぞお付き合いよろしくお願いいたしますみなさまの2018年が幸多きものになることを祈ってワンだふるな一年をあゆにほんブログ村人気ブログランキング

  • 16Apr
    • ワーストワンに、なってたまるか。

      うれしかった言葉、傷付いた言葉、奮起させてくれた言葉、救われた言葉。誰しも、人から言われて印象に残っている言葉というものがあると思う。わたしがこれまでに人から言われていろんな意味で一番強烈だった言葉は、「ダメ人間」。これ、言われた方もびっくりだけど、言った方もなかなかだよね。笑今だからこそ笑えるのだけど。「あゆって、ほんとダメ人間だよね。」もちろんその人からこの言葉が発せられたのには理由があるのだが、言われた当時は本当に頭にきて、傷付いて、なんであんたにそこまで言われなきゃいけないのよ、二度と口も聞くもんか、こんなやつとは絶交だって思った。でも、どうやって仲直りしたかなんて全く覚えていないのだけど、不思議とその人とは今でも親しくしている。そう、彼女はわたしの幼馴染で、親友だ。たぶん、後にも先にも彼女以上にわたしにはっきりと物申す女友達はいないような気がする。そんなことをあることがきっかけで、思い出した。大好きな人に期待していることと違うことを言われた時ってものすごく傷付くけれど、言った人は、きっとわたしのことを大好きだからこそ言いたくないことをあえて言ってくれたのかもしれない、とふと思った。傷付けることには鈍感なくせに傷付けられることには敏感なわたしは、そんなことにも気が付けない。ある人はわたしに、「できれば傷付け合うなんてしたくないけど、中立を装っている人より、相手が傷付くかもしれないけれど、そのリスクを負ってまではっきり言ってくれる人の方が信頼できるよね。」と言った。ちなみに、わたしが彼に言われて傷付いた言葉は、「魅力がない」。これは、大好きな人に言われるとより破壊力が増すワードで。一番言われたくない人に、言われた。「今のあゆは、魅力がない。」その時は、特に、周りも何も見えずにふさぎこんでいた時期だったから、なぜ大好きな人にまで追い詰められるようなことを言われなきゃいけないんだろうって悲劇のヒロインぶっていた。でも、結果的には、わたしを傷付けて、そして同時に奮起させてくれた言葉。だいたい、「魅力がない」って、わたしは名古屋の街か。(当時はくだらないツッこみを入れる余裕すらなかった)まったくもう、乙女心は繊細なのよ、ねえ?と思わず名古屋の街とわかち合いたくなるところなのだが。そうそう。名古屋といえば、名古屋市で、「魅力がない街」の汚名を返上すべく、名古屋の魅力をPRするためのキャッチコピーの募集がされていたのだけど、先日、最優秀賞が発表された。「名古屋なんて、だいすき」不思議なツンデレ感が、かわいらしくも潔くて、いいコピーだな、と思う。言わば名古屋の街とは同志みたいなものだし、同志を救うべくわたしも挑戦すればよかったかしら、なんて。ああ、すっかり忘れてた。泣いても傷付いても最後にはなにくそ根性で立ち向かうのがわたしだったっけ。がんばろう、自分にも、名古屋の街にも、胸を張れるように。更新が滞りがちにも関わらず、いつもアクセス本当にありがとうございます。こんなわたしですが、応援してくださる方は下の写真をポチッとクリックしていただけるとうれしいです。にほんブログ村人気ブログランキング

  • 16Mar
    • ダーリンは、心配性

      わたしはもともとおなかの調子(いわゆる腸内環境)があまり優れず、意識的に食生活などに気を配っていないと、とたんにお通じが停止したり、そのまた逆に急激におなかを下してしまったりする。当の本人は図太いのに、腸の方は驚くほど繊細で、所有者も困っちゃうくらい。とはいえ、かれこれ二十数年生きているとだんだん我が腸との付き合い方も心得てきて、・朝グリーンスムージーまたは白湯を飲む・一日一回お味噌汁を飲む・腹筋をしてお腹を刺激する・湯船に浸かってお腹をマッサージするなどそれなりの策を講じれば、わりかし不便なく生活ができる。ところがこの時ばかりは、何をやっても一向に手応えがなく、お腹の不調が3~4週間にわたって続いた。こんなことは初めてでさすがにおかしいと思い、インターネットで検索してみると、「過敏性大腸症候群」、「腸閉塞」、さらには「大腸・直腸がん」なんてワードまで飛び出し、それぞれの症状を熟読するとどれも当てはまるような気がするではないか。Macbookのトラックパッドに置いた指が震え、鼓動が速くなった。さらに追い打ちをかけたのは、「一ヶ月もお通じがなかったり、便秘や下痢を繰り返しているようなら、すぐに病院へ。」この一文を見て、真っ青になったわたしは、「もしものことがあっても、早期発見なら何とかなるかも・・・」とにかく専門家の診断を早急に仰ごうと慌てて消化器内科を受診した。エコー検査や問診中も体は緊張で硬くこわばり、先生の表情が少しでもゆがもうものならビクビク体を震わせていたのだが、診断結果は、「おそらくストレス性のものであろうから問題はないだろう。腸の動きを良くする薬をしばらく飲んで経過観察をしましょう。」とのこと。この時の安堵ったら。一時は重病の可能性も脳裏をかすめたけれど、ほんとによかった。病院の帰りには、心配した彼が車で迎えに来てくれて、さらに心が温まった。薬の効果か精神的なストレスから解放されてなのか、その後すぐにお通じが正常になった。それから数日後、体調も良くなって意気揚々と過ごしていたある日。彼がわたしのひざまくらに頭を乗せながら、そっとおなかに手を触れてきた。彼:「・・・大丈夫?」先日のことで、心配してくれているらしい。とてもやさしい彼だ。わたし:「うん。たぶん。」彼:「・・・そう?」わたし:「うん。今のところ大丈夫だよ。」彼:「・・・ほんとに大丈夫?」わたし:「もう、心配性なんだから。大丈夫だよぉ。(愛を感じるなぁ)」彼:「え、これ、ほんとにダイジョウブなの?」わたし:「え?」わたしのおなかをムギュッとつまみながらわたしを見上げる彼。視線を腹部へ移すと、彼の手につままれた部分から、我が腹の肉の厚みを感じた。これはこれは、こちらの心配でございましたか・・・。・・・どうしましょう。身も心も、全然大丈夫ではないのですが。下の写真をポチッとクリックして、応援していただけるととってもうれしいです。にほんブログ村人気ブログランキング

  • 12Mar
    • 囚われたい乙女心

      週末は、お互い仕事や他の予定がなければ、たいてい彼と一緒に過ごしている。夜はわたしの家で一緒に眠るのが定番コースなのだけど、お風呂から上がって化粧水やボディークリームを塗ったり、長めの髪を乾かすのに時間をかけていたりしている間に、彼は先に眠りについてしまう。ちぇっ。おやすみのチューもハグもなしか。ちょいと物足りないぜ。と物悲しく思ってしまったりもするのだが、それ以上にわたしを悩ませていることがある。最近、先にベッドで熟睡している彼の隣にそっと入ると、彼がわたしの方にガバッと大きく寝返りを打ち、あろうことかわたしの体の上に片足と片腕を乗せてくるのだ。いい歳した意識をなくした(熟睡状態の)成人男性の片足と片腕ともなると、相当な重量である。(彼は身長も高めなのでわりと大柄)その瞬間、「ぐ・・・・S・・・O・・・S・・・。」とモールス信号も絶え絶えに、岩に挟まって身動きがとれないかのような、「ロックオン」状態に。最初のうちは、苦しみながらなんとか這い出そうとジタバタと必死にもがいていたのだが、ずしりとのしかかる大男の手足は、か弱い乙女の力では、到底動かすことはできない。押しても押しても、ビクともしない。もがいてももがいても、抜け出せない。そして抵抗するのに疲れ果てたわたしは、ある時ふっと力を抜き、抵抗するのをやめてみた。すると、・・・おや?・・・なんだか悪くない・・・かも?身動きひとつとれない状態で脳裏に浮かんだのは、幼い頃の憧れ。当時、ヒーローと敵対する悪役にお姫様がさらわれ、悪役の根拠地に拘束されるというゲームやアニメの展開を見ては、「わたしも囚われてみたい・・・」と羨望の眼差しでお姫様を見つめていた。これぞ、まさしく・・・。それ以来、彼がわたしと反対側に寝返りを打ち、「ロックオン」が解除されようものなら、「ようやく自由の身に・・・。」という解放感と、「あ・・・・・解放されちゃった・・・。」という名残惜しさとの間で、謎の葛藤が。こうして「囚われの姫」は、安らかな寝息を立てている彼の横でひとり、今宵も人知れず思い悩むのである。ポチッと下の写真をクリックして応援していただけるととってもうれしいですにほんブログ村人気ブログランキング

  • 10Mar
    • クリエイティブへの道

      「クリエイティブ」この言葉の対極にいるわたしは、何かをバンバン生み出して社会に価値を提供している充実感や、なんだかとてつもなくイケてる雰囲気を醸し出しているこの言葉に、とても憧れている。一方、わたしの彼は、「クリエイティブ」を呼吸するかのごとく難なく体現する人。発想力、企画力、アイデアに満ち溢れ、それらを活かしてある時にはイベントを企画し、ある時には音楽や歌詞を作り、ある時には映像を作り、といった具合。少し前には、試しにクリエイターの方々の間で有名な「宣伝会議賞」に二人で応募。彼は初挑戦にして数時間で書いた何本かのコピーのうちいずれかが、一次通過。(わたしは当然のごとく落選)この結果だけでも、センスの差は歴然である。そんな彼に尊敬の念を抱きつつ、どうやったって肩を並べることすらできない現実に、思わず嫉妬しちゃったりもする。「クリエイティブ」とは、わたしにとって特別な能力なのだ。わたしもできれば「クリエイティブ」な人間になりたいなぁ。自分自身の手で、力で、何かをこの世に生み出すことができたら、どんなに素敵かしら。わたしの才能といえば、誰もが目を見張る「ずぼらさ」とそれに伴う「環境適応力」くらいのものだ。例えば、我が家の「時」を司る大きな掛け時計が壊れて動かなくなったとしても、決して慌てない。何もしない。DVDデッキのデジタル時刻表示なんかを見ながら、悠々とやっていけちゃったりする、とか。彼:「ねえ、一体いつになったらあの壊れた時計片付けるの?」わたし:「まあ、そのうち、ね。」彼:「いいかげん早く捨てて新しいの買いなよ。」わたし:「う〜ん・・・・。」彼:「修理するわけでもなく壊れたものをただただ放置して、何も生み出さない。」わたし:「え?」彼:「強いて言うなら、デッドスペースを生み出してるよね。」・・・せめてブービー賞くらい、いただいてもよろしいでしょうか。下の写真をポチッと押して応援してくださるととってもうれしいですにほんブログ村人気ブログランキングあゆ(デッドスペースクリエーター)

  • 07Mar
    • ちっぱいの起伏

      「ちっぱい」なんて秀逸で愛情あふれる言葉なのかしら。彼が放ったこの言葉を初めて聞いた時、なんだか妙にしっくりときた。(世間的にはかなり流通している言葉なのかもしれないけれど、時代の流れに取り残されがちなわたしは初めて聞いた)ぐっとあごを下げて自分の緩やかで小ぶりな起伏を改めて眺めてみたら、なんだかとても愛おしく尊いものに感じられた。これまで「貧乳」だと卑下や自虐をしてみたり、実は「隠れ巨乳」だと見栄を張ってみたり、主張しすぎず奥ゆかしい「品乳」なのだと何かしらの価値を見出そうとしてみたり、なかなか落ち着くところがなく居心地の悪い思いをしていたのだけど、ようやくポジショニングが定まったというか、自分の心の置き所が見つかったような気持ちになった。「ちっぱい」う〜んかわいい。親しみが込められた、とっても愛らしい響き。これから、わたしはこの”ちっぱい”と本当の意味で仲良く人生を共にすることができる、気がした。わたし:「ねえねえ、”ちっぱい”って言葉、なんか気に入っちゃった。」彼:「え?今なんて?ちっ↘︎ぱい↗︎?」わたし:「うん。ちっ↘︎ぱい↗︎。なんか可愛らしくない?」彼:「発音違うよ。ちっ↗︎ぱい↘︎だよ。だって、おっ↗︎ぱい↘︎じゃん。」わたし:「はっ。そっか。」彼:「ちっぱい(↘︎↗︎)って、なんか”失敗”(↘︎↗︎)みたいじゃん。」わたし:「・・・だね。発音的にそうだよね。」彼:「まあ、同義語だけど。」“ちっぱい”の平穏は、一瞬だった。きっとこれからも、永遠に、山あり谷あり・・・。ああ、起伏がほしい・・・感情の、じゃなくてね。ちなみにポケモンにわたしの名前をつけている彼からの、ある日のライン。そりゃないぜ、ダーリン。下の写真をポチッとクリックして応援よろしくお願いしますにほんブログ村人気ブログランキング

  • 11Feb
    • 「おばさん」という言葉を恐れずに生きていく方法

      今日は、「おばさん」という言葉を恐れずに生きていく方法のお話。「あゆって今日から何歳になるの?」29歳の誕生日を迎えた日、彼に聞かれた。「今日から29歳だよ。」「え、もう29歳?やばっ。」「何、やばいって。」「いや、もう29歳かと思って。あゆもおばさんか・・・。」これが、人生で初めて、自分の「老い」というものに真正面から目を合わせた瞬間かもしれない。アラサーという言葉がごく自然に使われ、もちろんわたしだって、30目前の女に対しての客観的な世間の目線は理解しているつもりだ。20代前半の女性社員が周囲の男性社員にちやほやされているのを横目に深いため息をつくアラサー女の絵は、ドラマでも日常でもよく目にする。婚活市場における29歳と30歳の間にそびえ立つ壁の話を聞き、当の本人に実感なんて微塵もないけれど、ついに自分も何かの境目に到達したのだろうか、と思ったりもする。時々、数年後に婚活市場で全く相手にされず傷付く姿を想像してみたりなんかして、これは決して他人事ではなく、未来の自分の姿かもしれない、と言い聞かせてみたりもする。そんな世間的な年齢に対する価値観や認識を一通り理解した上で、周囲にどう思われようと、自分は全くそれにとらわれずに生きていたつもりだった。しかし、彼のこの一言で、「他人の価値観にとらわれずに生きている自分」がガラガラと大きな音を立てて一気に崩壊していくのを感じた。そして、わかった。想像の世界にいるうちは、決して「老い」と向き合うことはできない。こんな風に他人におばさんカテゴリーに振り分けられたり、ある日鏡を見ている時に自分の顔の上にうっすらとほうれい線らしきものを発見してしまったり、具体的な現実に直面して初めて向き合わされるものなのだ、と。そして、生まれて初めて歳をとることに対して恐怖心が芽生えた。わたしの彼は、どちらかというと常識にとらわれないタイプの人間で、わりとステレオタイプの人が周囲に多いわたしにとっては、異質な存在だ。だがしかし。そんな彼でさえも、年齢に対する漠然とした価値観は、一般社会のそれと変わらぬものだった。その事実にも、絶望した。ていうかそれ、君が言う?仮にも自分の彼女(もちろん未婚の適齢期)に対してデリカシーなさすぎて仰天!・・・はしないが(繰り返しになるがとにかく彼はステレオタイプにはまらなすぎる人なので、これくらいで驚いてちゃとてもやっていけない)、その単語がはっきりと自分に対して向けられた時、平常心を保っていられない自分がいた。わたしは自分が老いゆくことを理解しているふりをしていただけだったと。どうやらわたしは今、彼にとって「おばさん」階層にいるらしい。わたしは「おばさん」という言葉を嫌っている。とても。わたしに限らず、「おばさん」と呼ばれることを嫌う女性は多い。「おばさん」と呼ばれると、一気に老け込んだ気分になるし、あなたはもう女性であるために必要不可欠な要素を失い、永遠に取り戻せないのよと宣告されたようで、なんとも言えない空虚ささえ感じる。 「少女」だろうが「お姉さん」だろうが「おばさん」だろうが女に生まれたのだから性別はどこまで行っても女のはずだが、なにか鮮度のようなものをなくしてしまった気持ちになる。超個人的な考えだが、女が生物学的(身体的?)に最も美しいのは、23歳~27歳くらいだと思っている。溢れ出るような弾け飛ぶようなみずみずしさ、という意味で言えば10代~20歳前後を含めてもいいのかもしれないけれど、みずみずしさの上にほんのり成熟味を添えられた23歳~27歳は、女の生物学的美しさが絶妙に発揮されている時期だと思う。それは顔の造りの良し悪しに関わらず女に平等に与えられている無敵期間で、エンペラータイムならぬエンペラータームと勝手に呼んでいる。エンペラータームの最中にいた当時、容姿に優れた年上の美女たちに、「あなたたちは若くてきれいでいいわね」と言われたり、年上の男性陣と話している姿を恨めしそうな目で見られたりした。その度に、何を言っているんだろうこの人たちは。わたしなんかより顔のパーツが美しく整っているのに、なんと寝ぼけたことを。と思っていた。でも、今なら何となくわかる気がする。どんなに顔の造形が整った美人も、天然物の若さの前には、無力なのだ。女は、若さ寿命を延ばしたがる。もしかしたら、健康寿命以上に。やがて消えゆくものは、美しい。花火も、生花も、若さも。刹那を永遠にしたいと願う。見た目の若さや美しさを競い合う美魔女たちはその象徴だ。ゆるやかに、たしかに失われていくもの。「おばさん」と呼ばれることを恐れて、「きれいなお姉さん」に固執する。そもそも、「おばさん」って何者なんだろう。・25を越えたら?30代に突入したら?それとも40代?・結婚や出産をしたら?・見た目が老けたら?シワが増えたら?体がたるんできたら?・発言や仕草が女性らしさをなくしたら?ちなみに国語辞典によると、他人である中年の女性を呼ぶ語(※ここでは親族の伯母(おば)の意は除く)らしい。やはり年齢が基準なのか。中年は、一般的には40代から50代後半あたりを指すようだけれど、人によっては35を越えたら、なんて思っているかもしれないし、外見から年齢を判断できない場合、やっぱりその人なりのなんらかの基準で計られているのだろう。ああもう、「おばさん」って、いったい何なんだ。(いや、だから中年の女性だってば)曖昧な定義のくせして、なんだかんだ人々は各々の感覚で使いこなしている言葉。だいたいまず、響きが嫌だ。「お姉さん」と「おばさん」。言葉の意味を考えずに目を閉じて頭の中で反芻してみても、やっぱり嫌だ。どうも「ば」の濁音に問題がありそう。上品さや滑らかさが感じられない。じゃあ、「おはさん」なら?「おぱさん」ならなんかちょっとかわいらしいかも?・・・なんてことを考え出すくらい、この言葉が嫌いなのだ。そうそう、思い出したのだけれど、イギリス旅行中にトラブルに遭った際、優しい紳士にかけられた言葉が、しっくりくる。彼は憔悴しきったわたしに、微笑みながらこう言った。「Madam.」・・・これだ・・・!既婚女性や年長女性に対して使われるのはもちろんだが、未既婚問わず、年齢を問わずに使われる、呼びかけの言葉。奥様、とかお嬢さん、なんてニュアンスで。これはいい。日本でも、お客様、あの方、この人、とか便利な言葉がいろいろあるけれど、例えば通りすがりの優しい女性に親切にされた時、「あのマダムに助けてもらったの。」なんて言えたら、言われた方も言う方も、何のしこりも残すことがなさそうで、なんだか清々しくないだろうか?日本語にも、「マダム」的な言葉があればいいのに。誰かいい表現を知っていたら、教えて。とはいえ、日本で過ごしていたら、いつ「おばさん」という言葉の砲撃を仕掛けられるかわからない。わたしが誕生日に不意に彼に仕掛けられたように。では、この言葉を恐れず屈せず生きていくためには、どうすればいいのか。一つのポイントは、自分の「老い」を認識し、受け入れられているかどうか、だと思う。「おばさん」という言葉を許容できるかどうかは、その言葉を受け取った人が、自分の「老い」を受け入れているかどうかによる。「おばさん」という言葉に対する嫌悪感の大きさは、その人自身の「老い」の受入れ度と反比例している。自分の老いに対して受け入れ準備ができていない段階で、「おばさん」と言われるものだから、反発したくなるし、逃げたくなるし、場合によっては怒りが沸いてくる。まさに今のわたしだ。だから受け入れ態勢がない人に「おばさん」と呼びかけるとものすごく失礼にあたるし、逆に受け入れ準備ができている人にいえば、時に親しみを込めて受け入れられたりする。38歳くらいで「おばさん」と言われて眉をひそめる人もいれば、29歳くらいで「わたしももうおばさんの仲間入りね。ふふ。」と笑っている人もいる。40代くらいになると、途端に「おばさん」という言葉を許容する女性が増えるような気がする。もしかしたら、老いていく存在である自分自身を受け入れ始められるのが、ちょうどそのくらいの年代なのかもしれない。「おばさん」という言葉を恐れずに生きていくただ一つの方法は、自分が老いてゆく存在だということを自覚し、そっと受け入れること。とはいえ、女性が年を重ねて変わりゆく自分自身を受け入れ、愛するのはきっと思っている以上に難しい。自分の目で嫌でも老いを感じながら、明らかにこれまでの自分とは違う姿になっていくことを確かめながら生きていかなければならないことは、とても残酷なことだと思う。神様はドSだ。わたしは、震えるほど、怖い。それは、単に容姿が崩れていくことへの恐怖なのか、崩れゆく容姿が徐々に死に近付いていることを意味していることへの恐怖なのかはわからないけれど。今でもかなり発達している医療のさらなる発達によって、お金さえあれば見た目を騙し自分を騙し生きていくことは可能だと思うけれど、あくまで何かが失われていく事実は変えられない。歳を重ねることは人間的に成熟して、素敵なことだとも聞く。でも、残念ながらまだ実感できていないし、そういった展望も見えない。きっとそれは、わたしが歳を重ねれば重ねるほど人生は楽しいと、素晴らしいと確信できるような生き方ができていないからだ。ただただ日常を垂れ流していたって、歳を重ねれば重ねるほど素敵な人生には絶対、ならない。シワとタルみを増し、それをキュートな魅力に変えられる人間に、なれるだろうか。「老い」を「成熟」と笑って言える自分に、なれるだろうか。そういえば、この前ある男性が「今40代のおばさんが企画に協力してくれててさ、~」と話していたので「Not ”おばさん”, but “Madam” .」と伝えてみたら、「あ、”Madam”か。そうそうその40代のMadamがさ、~」彼は何の疑問も持たずにあっさり受け入れていた。”Madam”は意外と浸透するのではないかと希望的観測を持ってみたり。な~んて、こんな呼称にイチイチこだわるわたしは、人間として相当未熟すぎるようだ。恐れすぎず、あきらめすぎず。女は難しい。人間的な成熟度を高めるのは無論、今日からは見た目のケアにも少し気を遣おう、かな。彼もわたしが小綺麗にしていると嬉しそうだし、きっと、自分の心の鮮度を保つのにも、一役も二役も買ってくれそうだから。P.S.この記事を書いている時に後ろから覗き込んできた彼に、「あ〜根に持ってる〜」と言われた。笑怒ってませんよ。彼はわたしにたくさんの気づきを与えてくれる、大切な存在だから。でも、"Madam"とお呼び!ってそれも違うか。だってわたしは彼にとってはいつまでもかわいいたった一人の女だから。「おばさん」と呼ばれるのは苦手かもという方も「おばさん」と呼ばれても気にならないわという方も、ぜひポチッと下の写真をクリックしてくださるとうれしいです。「腐っても女」と胸を張れるよう精進しませう。にほんブログ村人気ブログランキングへ

  • 04Feb
    • 恋愛をすると、感度が鈍る

      今日は、恋愛をすると、感度が鈍る、というお話。年末ラストのブログで、2017年はもっと更新頻度を上げていきたい!と言いながらいつまでも更新せず気が付けば新年の初月が終わってしまった・・・。まさかの2月に入って新年最初の記事をアップ。でも、昨日節分を迎え、暦の上では春になったことだし!心機一転。これを節目にがんばって更新しよう!さて、彼とお付き合いをして1年半以上が経った。喧嘩もたくさんするし、いろいろと課題だらけの二人だけど、少なくとも彼といて「飽きた」と思ったことは一ミリもないし、楽しい日々が過ごせていると思う。これは本当に幸福なこと。でも、ある時わたしはとんでもない異変に気が付いてしまった。テレビが面白くない。え、だから何?と思うかもしれない。テレビが面白くないからって全く騒ぐことじゃないでしょ?って思うかもしれない。でもわたしにとってテレビを面白いと感じなくなることは超一大事で、全然「だから何?」というレベルの話ではない。わかりやすく例えるならば、突然「味覚がなくなった」と同レベルで、ある日を境に「テレビが面白くなくなった」のだ。もちろん「多少」笑ったりくらいはできる。(小笑いor中笑い)でも、大きく心が揺さぶられたり、激しい感情が自分の中から湧き上がってくることはない。もっと、こう、体の奥底から荒波のように押し寄せてくるビッグウェーブというか、そういうものを体感できなくなってしまったのだ。バラエティ番組を見れば涙を出しながら隣の壁筒抜けくらい大声で爆笑し、恋愛ドラマを見れば胸をギュッと掴まれるようなときめきを感じて一人床でジタバタしていた以前の自分を思えば、大層リアクションが貧相になったものである。いったい自分の中に何が起こったのだろうか。自分の感受性や感性のようなものが損なわれている・・・?え、もしかしてこれがティーンやガールを通り過ぎてレディになったということなのだろうか。というか老化現象の始まりなのだろうか。歳のせいでいろいろ鈍感になってきてる?以前心の底から楽しいと思えていたことが楽しいと思えなくなったことに、驚きと動揺を通り越して悲しみすらわいてきた。そして、とりあえず習慣的動作としてテレビのスイッチを入れるものの、とにかく感情を大きく動かされることがないためつまらないと感じ、すぐにスイッチを切るようになり、やがてテレビのリモコンを手に取る回数が徐々に減っていった。その現象に対して何の策も講じることができないまま日々が過ぎたある日、何気なくテレビのスイッチを入れてみた。ちょうどその時、話題のドラマ「東京タラレバ娘」の第2話が放送されていた。第1話は観ていなかったけれど、自分が近く突入する30路の女子3人のストーリー、結婚どころか恋人すらいない、仕事も上手くいかない女性が主人公ということで、なんだか自分と重なる部分が多いような気がして、純粋に興味を惹かれた。あ、わかるかも、と共感しながらチャンネルを変えることなくなんだかんだ観続けて早くも終盤。不意にその時はやってきた。「試してみる?俺と◯ってみる?」by KEYこと坂口健太郎さんヒョエ~~~~~~~~~~~~~~っ( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚◯×▲□!?!?!?!?!?!?!?!?なんですと?!?!?!?!その瞬間、わたしはひとり部屋で絶叫し、床にバタンと倒れ込んだ。湧き上がる感情を抑えきれず手足をバタバタ。そしてハッと我に返った。あ、ひょっとして今、来たんじゃない・・・!?ビッグウェーブ・・・!?!?そうそう、これこれ。久しぶりのこの感覚。ああ、まだわたしの中にときめき感知器、あったんだ。おかえり、感性。そして、なぜだかちょっと泣きそうになった。思えば、彼とお付き合いし始めてからのわたしは、彼で満たされていて、常に心のコップが2/3くらいまで埋まっていたのだと思う。(下手したらもっと)今回たまたま「テレビが面白くない」と感じたことで自分の異変に気が付いたけれど、考えてみたら、それ以外にも、これまで独り「何でわたしは生きているんだろう」とかどうしようもない命題について常に深く考えていた日々が、彼とお付き合いし始めて、そういうことを考える暇が極端に減っていた。(最近ではほぼないんじゃなかろうか)ところが、最近彼がいい意味でいろいろと忙しくなってきて、下手すると週の半分以上を彼と一緒に過ごしていた日々と比べると、会う頻度が減っている。そのことによって、心のコップにいつもより余裕ができたのかもしれない。(坂口健太郎さんの魅力がわたしの鈍った感性でも強制感知せざるをえないほどすごすぎる可能性もあるが)人の感動受信器にもやっぱり容量みたいなものがあって、きっと無限ではないのだ。わたしはこれまで、「彼のことで頭がいっぱい」と話す女子たちを見て、実はちょっと軽蔑していた。彼女たちは他に考えることがないのだろうか、と。世の中には他にも楽しいことや感性を刺激されるものが有り余るほどあるのに、それに目を向けられないなんて絶対に損をしている。多くの心動かされる機会を逃して、彼のことで感性の器を満たしてしまって、もったいない、と。わたしは彼女たちとは種類の違う人間なのだ、と。ところが、恐ろしいことに気が付けば自分もそんな彼女たちと同じ状態になっていたのだ。これまでの多くの「彼女たち」に謝りたい気持ちになって、ちょっと反省した。本当の意味で人を愛し愛されるということは、これほどまでに心の器を満たしてくれるものだと、わたしが知らなかっただけ。だけどそれがわかった今、どうにかして心の器の配分をコントロールする必要があると感じている。もちろん本人が幸せなら「彼のことでいっぱい」でも構わないのだけれど、やっぱりわたしはちゃんといろんなことを感知して、しっかり心を動かしたりときめかせたりできる人間でいたいと思うから。孤独だった頃のわたしは、自分で言うのもなんだけど、結構感受性豊かな人間だったと思う。実際周りからもそう言われていたし。中学生くらいの頃、本当にいろんなことを感じすぎて苦しい、生きづらい、と思っていた時、よしもとばななさんの本のあとがきに救われていた。「感受性の強さからくる苦悩と孤独にはほとんど耐えがたいぐらいにきつい側面がある。それでも生きてさえいれば人生はよどみなくすすんでいき、きっとそれはさほど悪いことではないに違いない。もしも感じやすくても、それをうまく生かしておもしろおかしく生きていくのは不可能ではない。そのために甘えをなくし、傲慢さを自覚して、冷静さを身につけた方がいい。多少の工夫で人は自分の思うように生きることができるに違いない。」当時のわたしは、この言葉で、大丈夫だ、自分でも制御不能なほど感受性が強くたって、わたしはこの先もずっと生きていける、と自信を持つことができた。これは大人になったら消えてしまう思春期特有の刹那的な感受性かもとも思ったけれど、順調に(?)大人までこの感受性を持ち越し、自分は他の人とは少し種類の違う人間だと思っていた。それがあろうことか、今や旅行に行っても旅先で出会う景色やワクワクするどんな事象より隣にいる彼を感動受信器がより大きく感知する始末。(中高生でもないし、危なすぎるよね)所詮わたしも凡庸な人間だったのだ。所詮わたしの感受性なんて、恋愛で使い物にならなくなる程度のものだったのだ。凡人が感受性を保とうと思ったら、相当な労力が必要だと思い知った。素直に凡人は凡人らしく彼のことで心のコップを満たしとけよ!って言われるかもしれないけど、それもなんだかさみしいじゃない。その点、彼はそういうの、器用にというか無意識にコントロールできてそう。最近彼にも「あゆって ”Addicted to 俺” だよね。」って冷静に言われちゃうし。恋愛とは、他のことへの感度を鈍くする恐ろしい麻薬である。付き合って1年半くらいって、こういうものなの?ある種、こんなにも心のコップを満たしてくれる相手に出会えたことは最大の幸福なのかもしれないが、わたしは、ちゃんと感じながら生きていける人間でいたい。セルフコントロール、しよーぜ。自分。P.S.今、わたしの感性を取り戻してくれた坂口健太郎さんにとてつもなく感謝しています。お礼を言いたい。手紙書こうか。笑(東京タラレバ娘、第3話もばっちり観た。最終話まで必ず観ますとも!)お付き合いいただきありがとうございました0ベース恋愛女子を応援してくださる方はぜひ、下の写真をポチッと押していただけると嬉しいです。にほんブログ村人気ブログランキングへ

  • 31Dec
    • 2016年のねえねえ彼女とだんまり彼氏

      もう間もなく2016年もラスト!2016年のねえねえ彼女とだんまり彼氏もいろいろあったなぁ。いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱいめんどくさくなって、いっぱい笑った、そんな一年。でもその喜怒哀楽全部に彼がいたことを幸せに思います。内容がないブログ!笑でもいいの。とりあえずわたしたちの2016年をどこかに残しておきたくて、かけこみでここに書いてみました。笑そうそう、年越しは彼と一緒じゃないっていうね。笑でも、元旦には会える!というか年明けた瞬間に電話をくれるはず!明日会えるのを楽しみに年越しします今年から始めたブログでしたが、お付き合いいただいたみなさま、本当にありがとうございました!マイペースすぎる更新頻度だったので、来年はもうちょっとがんばって更新頻度を上げていこうと思います。来年も引き続きどうぞよろしくお願いいたします。Thanks 20160ベース恋愛女子、あゆ

  • 30Dec
    • 喧嘩の多いカップルは別れる?長続きする?に対する経験的見解。

      喧嘩の多いカップルは別れる、とか喧嘩の多いカップルは長続きする、とか諸説あるけれど、みなさんはどちら派ですか?どちら派っていうのもなんだかおかしいけど。喧嘩の多いカップルが別れる説→日常的にお互い不満や課題を伝えあったり共有したりできていないから、話し合いという形でなく喧嘩に発展する。根本的にコミュニケーションが取れていないことに問題があり、そういうカップルはやがて別れる。喧嘩の多いカップルは長続きする説→喧嘩するほど仲がいい。言いたいことを言い合える関係なので、長続きする。いろんな説があるけど、みなさんはどう思いますか?ちなみに、わたしと彼は、結構喧嘩します。多分一ヶ月に一度は必ず喧嘩していると思う。そもそもわたしは彼とお付き合いするまで、まともに人と付き合ったことがないので、他人とぶつかったり、喧嘩したりすること自体これまでありませんでした。(家族とはあるけど)だから、一ヶ月に一度(多い時は二度くらい?もっと?)が喧嘩の頻度的に多いのか少ないのかわかりません。(みなさんは、どうですか?)・・・と、この記事を書き始めたはいいけれど、忙しくて長期間放置状態になっていたら、ものすごいタイミングでやってきましたよ。クリスマスの大げんか!!!そう、よりによって12月25日に。(以下の点線から次の点線までは、喧嘩の内容になるので、興味がない方は読み飛ばしてください。結論だけ読みたい方は、「ジャンプ」と検索して飛んでください!Windowsの方は、Ctrlキー+Fキー、Macの方は、commandキー+Fキーで検索ボックスが出てきます。)―――――――――――――――――――――――――――――――――――――前夜、クリスマスイブは仲良しだったんです。御在所のナイトロープウェイに行って。夜はチキンを買ってアヒージョとガーリックバケットを作ってお家でプチパーティーして。うんうん、カップルらしいクリスマスの過ごし方ですよね。ところが事件は翌日に。二人でクリスマスプレゼントを買いに行こうと土岐プレミアムアウトレットに車でお出かけ。到着して約10分後に喧嘩。え・・・?いや、ほんと信じられませんよね。きっかけは本当にくだらないこと。ですが、そのわたしの思い込みと誤解による軽率な行動が大惨事につながり、クリスマスで周囲がカップルだらけの中、わたしも彼もお互い単独行動をする羽目に。本当に恥ずかしかった・・・すれ違うカップルたちに振り返られまくるし・・・ちょっと笑われてたし・・・そのうちのある一組のカップルの女性が、すれ違いざまに、「あの人なんかさみしそう~」とかいう声が聞こえるし・・・つら。そんな分裂状態が1時間半ほど継続。不毛なラインのやり取りを繰り返し、やっと電話がつながったと思ったら、彼は「もう帰った。家にいる。」とのこと。彼女を置き去りにするなんてなんて人!でもとりあえず、わたしも彼がいないのにここにいても仕方ないし、彼と話をしなくちゃとバスに乗り込んだ瞬間、「あゆ!」と腕を引っ張られ、振り向いたら彼の姿。ふぅ~やっぱり彼は優しい。これでようやく仲直りか!と思うじゃないですか?仲直りできなかったんですよ。彼は完全におかんむりで、その後も車中で不穏な空気のまま、わたしがなぜあんな行動をしたのか理由(彼への不満)を説明。それに対する彼の言葉は、「あゆは自分ばっかりって思ってるかもしれないけど、俺だっていろいろ細かいこと挙げだしたらきりがないよ。違う人間が一緒にいるんだから、小さなこと全部揚げ足とるみたいに言い出したら誰ともやっていけないよ。」「なんか、あゆは文句ばっかってかんじ。」ちょっとグサッと来ると同時に、自分の発言を無下にあしらわれた気分になって、ああきっと彼はこれからもわたしが何か話しても真剣に聞いてくれることはないだろうし、これでとうとう彼とは破局かも、と思いました。ここまででも十分めんどくさいカップルでしょうが、その後もすったもんだあり、もうプレゼント探しをしたりパーティーしたりする気分じゃないからと、クリスマスなのに何もせず帰宅し、夜も遅かったので夕食もなしで、最終的にはお互いイライラしたまま背を向けて一緒に寝ることに。(最悪のシチュエーションですよね)その晩は、精神的ストレスで疲れていたにもかかわらず、1時間おきに目が覚めたり、もう今度こそ本当に彼とは終わりかもと思ったり、自分の行動を振り返って反省したりして、全然寝付けず、翌朝のボロボロ具合ったら。それでも、翌朝起きて彼と顔を合わせたら、彼もいくらか落ち着きを取り戻しているようで、「終わっちゃった、クリスマス。」とつぶやき家を出て行ったのでした。彼は朝早くバタバタとしていたので、結局仲直りできたのかできていないのかわからず。でも、多分今までの喧嘩と比べても彼の怒り度合いも相当なレベルで、実際「もう(お付き合いを続けていくことが)無理。」という発言も出ていたため、やっぱりおしまいなのかもしれないと思いました。わたしも冷静になって、前日の振る舞いだけでなく、そもそもこれまでの自分の言動を反省していたら相当な自己嫌悪に陥って、これで終わってしまうかもしれないけれど、最後に彼に日頃の感謝の気持ちを伝えたい、最悪だった昨日のクリスマスをやり直したい、そんな気持ちになってきました。仕事帰りにケーキを買って、クリスマスに作る予定だったディナーの準備をして、来るかもわからない彼を待つ。これが最後になるかもと思ったら悲しい気持ちになってきて、泣きながら料理しました。←繰り返しになりますが、そもそも来るかもわからない結局、仕事終わりに彼が電話をくれて、家に来ることに。顔を合わせた瞬間はちょっと気まずかったけど、料理を温め直している最中に、どうやって探し出したのか、前日に使う予定で隠しておいたサンタ帽子を見つけて黙ってすぐさま被っている彼。喧嘩をして外していたクリスマスの飾りも壁につけ直してくれました。なんかその姿を見たら、かわいすぎる彼に笑えてきて、いろいろどうでもよくなって、自然と仲直り。クラッカーを二人で2回鳴らして、クリスマスソングを流して、1日遅れのクリスマスパーティーをしました。(↑超いびつ・・・ポテトサラダをトマトで挟んだ物体を、「見てみて、これサンタさんなんだよ」と言ったら「え、あ、そうなんだ、たしかに言われてみれば・・・ヒゲがないね。」と言われた。笑)ディナーをしながら、昨日の出来事はいったい何だったんだろうね、本当は二人で楽しいクリスマスにしたかっただけなのにね、人生史上最悪のクリスマスだったね、と話をしました。(間違いなくこれ以上ひどいクリスマスはないだろう)聞けば彼もカップルだらけのアウトレットでの単独行動は、相当恥ずかしかったらしい。そして、彼もあんなに怒ってしまったのは、「クリスマス好きだから。なのにあんなことになって。」という理由らしい。かわいすぎる。笑わたしたち、昨年は三日連続(さらに細かく言うと四日目の昼間まで)、前夜祭とか後夜祭とか言ってひたすらお家でクリスマスパーティーをしてたんです。笑すごくすごく楽しくて、イベントを(というかクリスマスを。笑)大切にする彼は、今年のクリスマスもとてもとても、多分想像以上に楽しみにしていて。もちろんそれはわたしも同じだったんだけど、それを一瞬の感情的な行動でぶち壊しにしてしまったことを本当に後悔しました。―――――――――――――――――――――――――――――――――――――(ジャンプ)こんなつまらない喧嘩を続けていたら、そのうち別れてしまうだろう、と思われる方が多いかもしれません。これはわりとここ最近でもお互いの怒りレベルやすれ違い度からするとかなり大きな喧嘩でしたが、ここまでとは言わないけれど小さな喧嘩はちょこちょこするので。基本的に喧嘩というのはお互いいい気持ちがしないわけで、負の時間を共有する分だけ、恋の寿命も縮まっていくものだと思います。わたし自身、喧嘩をすると疲労度がものすごいし、やっぱりマイナスな出来事ほど記憶に残ってしまうもの。(細かいことは忘れても、こんな大げんかをした、ということは意図せずとも脳の片隅に残る)マイナスな出来事が積み重なっていくと、自然ともう無理かもという気持ちが湧いてきて、決してプラスにはならない。実際、わたしも喧嘩を繰り返してきて、喧嘩をするたび彼との絆が強固になっていく、ということは全くなくて、仲直りをしてもただ喧嘩をする前の元の状態に戻るだけなんですよね。だから、全く喧嘩をしないことが万国共通の正解とは言いませんが、喧嘩して仲直りするたびに彼との関係が以前よりも深まっていく、ということはまずない。そして気が付いたのは、だいたい喧嘩するのって、わたしが不満を持ったり、文句を言ったりすることがきっかけとなっているんですね。彼から「なんかあゆは、文句ばっかってかんじ。」と指摘もありましたが、わたしがしているのは喧嘩ではなく、文句なのかもしれないと思いました。不満や文句が出た時点で、もうそれは恋じゃないのかもしれません。思えば、付き合う前や付き合い始めた当初は、お互い会えるだけで本当に嬉しくて嬉しくて仕方なかったはず。多少待ち合わせで待たされようが連絡が少しくらい遅かろうが、会えるだけで、連絡が来るだけで幸せだった。そこには文句や不満なんてなくて。あったのは、ただ彼と会えることへの幸せだけ。恋って本来そういうものだ。それが、気が付いたら、彼と一緒にいる期間が長くなればなるほど、もちろんお互い似ている部分もあったりするので、自分と彼は同じ価値観だと勘違いをして、少しでも自分の価値観に彼が合わない行動をすると、不満を持って。彼を無理やり自分の価値観に合わせようとしてしまっていたのかもしれません。そもそも違う人間が一緒にいるんだから、違うことがあって当たり前。そんな当たり前のことを忘れてしまっていたのかも。自分の価値観と彼の価値観が同じだと思い上がってしまうのはとても危険ですよね。。。好きな人と一緒にいられる以上に幸福なことなんてないのに、不満や文句を持つなんて、相当つけ上がっている。。。すっごく反省。反省しすぎて泣きそう。(てかひとりで泣いたし)少なくともわたしは条件で恋をしていたわけではなく、ただ彼が好きだというそれだけの理由で彼と一緒にいました。お付き合い期間が長くなってくると、よりお互いの本質が見えてきて、付き合う前や付き合い初めの頃の気持ちに100%戻るのは絶対に無理だけど、思い出す努力は必要だな、と。彼は、わたしに「あゆは文句ばっかってかんじ。」と言うだけあって、思い返してみても、彼に文句を言われたことってないんですよね。気が付いてかなりびっくりしたんだけども。あ、ちなみにわたしが彼にとって文句のつけようのないパーフェクト彼女、という可能性は残念ながら、ないよ!笑彼が、わたしに対して思うところがあっても、文句という形でわたしに伝えたことがない、という意味。リクエスト的なことを伝えられたことはあるけど、文句を言われたことは、ない。これって結構すごいことだ。ただ、もし自分の快適レベルを限りなく高くすることを最優先するのであれば、残念だけど彼とは別れて、自分とできる限り価値観が一致する人、自分が求める条件に合う人をがんばって探すという選択肢もあって(それはそれで結構大変だけど)、そういう選択をするカップルだって世の中にはいるわけで、それは間違っているとは思いません。恋愛と結婚が違うと言われるのは、その辺も関係しているのかなあと。結婚したことがないので偉そうなことは言えませんが、結婚って、わりと条件でする人も多いものだと思うし、それでうまくいっている人も多いから。ひとつ言えるのは、少なくともわたしは条件で人と付き合ったり結婚したりできるタイプではないということ。多分、しばらくは続けられたとしても、ある時を境に、なんか違うな、と思ってしまう気がする。条件に合う人を探すのもそれなりに難しいかもしれないけど、それ以上に、「あ、この人なんか、すごく好きだ」と無意識レベルで思える相手に出会うのは奇跡に近いと思う。だから、ちょっとした困難は付き物だけど、「あ、この人なんか、すごく好きだ」という気持ちを重視したいのです。でもその感覚って極めてあやふやで根拠がないよね、という理由で切り捨てることはできないのです。愛だけでごはんは食べられない、という言葉がある。たしかに、愛だけではごはんは食べられないかもしれないけど、わたしはとてもわがままだから、愛がなくてもごはんは食べられない!笑というわけで、結婚もしていないわたしに何の説得力もないけれど、恋愛も結婚もわたしの中ではそんなに変わらず、結婚するなら、この人と一緒に人生を作っていきたいと思える人と多少困難が伴ってもがんばる所存。(現状、あくまで世間知らずな未婚者の発言だから、今のところは、と言っておこう。もし本当にこの通りになったら報告しますね!笑)カップルの喧嘩は本当、要注意。もちろん、二人の間の課題を話し合う必要はあるけど、喧嘩する前に、それが文句ではないかを一度考えてみるといいかも。あ、ちなみに、喧嘩をして唯一よかったことがあるとすれば、その度に、彼への気持ちを再確認できたこと。喧嘩しなくちゃ彼への気持ちを確認できないとしたらそれは大問題ですが、結果的に、そうなっていたという話。喧嘩って、別れるきっかけには十分すぎるし、それでもういいやってなれば簡単に終わりにできるわけで。仲直りするにはお互いが関係を修復してまた元の状態に戻そう、これからも付き合っていこう、という能動的な意志が必要だから。わたしの場合、ひどい喧嘩をして、ああもう破局かも、別れた方がお互いのためにいいのかも、と一瞬思ったとしても、いざ真剣に別れることを考えたり、今後彼とは一切関わらない人生を想像してみたりした時に、それは絶対に嫌だという明確な意志がありました。だから彼との関係や自分の気持ちを改めて見つめ直す機会にはなる、かな。でももう不毛な喧嘩で恋の寿命をすり減らすのはこりごり。。。大好きな彼と一緒にいられる時間を大切にしたい!というわけで、全く喧嘩しないのは無理かもしれないけど、わたし自身、気をつけていきたいと思います!みなさんは素敵なクリスマスを過ごせましたか?どんな年末年始を過ごしますか?喧嘩なんてせずHappyな時間を過ごせますように(もっとも、わたしよりずっと精神的に大人なみなさまは、しょうもないことで喧嘩なんてしないかもしれませんが)今回もお付き合いいただきありがとうございました!こんな0ベース恋愛女子を応援してくださる優しい方は、(とぼけた顔に見えるかもしれませんが本当はナイーブで真剣な)わたしの写真をポチッとしていただけると感謝感激です。できれば写真の下のくまちゃんもポチッとしていただけると泣いちゃいます。あ、あとありがたすぎることに、いくつかコメントやメッセージ、質問をいただいているのですが、お返事できておらず本当に申し訳ありません!(本当に恐縮です)読んでの通り彼とのごたつきもあり、年末のドタバタもありでてんてこ舞いですが、なるべく早めにお返事したいと思っております!繰り返しになりますが、いつも本当にありがとうとざいます。0ベース恋愛女子、あゆにほんブログ村人気ブログランキングへ

  • 14Dec
    • 自分に必要な人や好きな人は、何が何でも手に入れるという覚悟を持つ。

      自分に必要な人、好きな人は、何が何でも手に入れようと真剣な覚悟を持っている人はどのくらいいるんだろう。この人は自分にとって必要な人だ!とか本当に好きな人だ!と思う人に出会えた時、みなさんはどうしますか?もしくは、自分にとって絶対に必要な人や大好きな人が自分の前から去って行こうとしたらどうする?たとえちょっとハードルが高そうだったり、自分には無理かな、という人だったとしても、好きな人だったら何が何でも死ぬ気で手に入れるんだ!という覚悟でアタックする?かっこ悪くても泣きわめいてすがりつく?思えば、わたしが何かを必死で手に入れたいとか失いたくないとか思ったのは、子供の頃以来かもしれません。それは、彼とお付き合いして一週間ほど経って訪れた別れの危機。わたしは彼と出会うまで人ときちんと向き合ったり深いお付き合いをした経験がなかったこともあり、何気ない行動や言動で、彼に誤解を与えてしまい、付き合いたてにも関わらず別れの危機を招いてしまいました。(仕事を理由にデートをドタキャンから、恋愛下手女子が学んだ「調整力」や自分から彼に連絡できない恋愛下手女子を変えた彼の言葉 などなど。)わたしはまったくそんなつもりはありませんでしたが、彼は、わたしの彼への気持ちに疑念を抱き始めていたんだと思います。そんなことにも鈍感なわたしは、無自覚に誤解を招く行動を積み重ねてしまった結果、彼から電話で言われた言葉は、「付き合ってまだ一週間しか経っていないけど、早くもこういう状況で、こんな状況が今後も続いていくなら、ちょっと俺たち厳しいかもね・・・。」え、彼はわたしと別れようとしている・・・?それを聞いた時、わたしは何が起こったのか分かりませんでした。わたしはこんなに彼のことが大好きなのに、なぜこんなことを言われなければならないのだろうと傷付くと同時に、予期せぬ状況に若干パニックになってどんな言葉を発したらいいのかわからなくなりました。ただ、きっとこれまでのわたしだったら、あなたがそう思うなら仕方ないね、とあっさり身を引き、惨めな思いまでして彼を引き止める、なんてことはしなかったでしょうが、この時のわたしは、とにかく死んでも別れたくないそう思ったのです。そして、確か2時間か3時間くらいだったかな・・・電話で粘りました。自分がいかに彼が好きで、別れたくないと思っているかを、必死で伝えました。いったいどの程度彼に伝わっていたかは分かりませんが、とにかく自分にとって大切なものを失いそうな危機に直面して、彼にどう思われるかなんて気にしている余裕はなく、ひたすら必死でした。そしてその結果、なんとか彼を繋ぎ止めることができたのです。たしか翌日会う約束をして電話を切ったと記憶しているのですが、その時の安堵ったら。電話を切った後も胸が変な緊張感でドキドキしていましたが、とにかく、彼を失わなくてよかった、心からそう思いました。多分、これがわたしが恋愛において初めて必死になった出来事じゃないかな。翌日、彼と無事会えて彼の顔を見て、ああ、この顔をもう一度見られて本当によかった、と思ったことはよく覚えています。本当に大切なものを手に入れたり繋ぎ止めようとする時には、人間は必死にならなければいけないのだと、遅まきながら実感した瞬間でした。これまでのわたしは、醜態さらしてまで欲しいものを手に入れようとするなんて考えたこともありませんでしたが、こんな出来事もあって今言えることは、・欲しいものが簡単に手に入るほど、人生は甘くない。・必死になって自分の力で取りに行かなくちゃ、本当に欲しいものは手に入らない。・本当に自分にとって必要な人や物だと思ったら、プライドなんて躊躇なく捨てて全力で取りに行く。欲しいものを欲しいと言うべき時。失いたくないものを失いたいと言わなきゃいけない時。みっともなくても譲ってはいけない場面。そんな瞬間がきっと人生には何度もある、気がします。他にもわたしにとって印象深い出来事やシーンがあるので、そのうちの二つの例を見てみようと思います。例①今でもわたしが忘れられないのは、高校1年生の時のこと。同じクラスに憧れていた男の子がいました。勉強がよくできて、運動もそこそこ、とても綺麗な顔立ちの男の子。その男の子はモテる要素をほぼすべて持っていながら、全然女の子に興味がなさそうで、ちょっと近寄りがたい、他の男の子とは違った特別な空気感を持っていました。そんな独特な空気も相まって、多くの女の子たちが密かに彼のことをいいなと思っていたにもかかわらず、誰も直接アプローチはしない、というのが暗黙のルールのようになっていたのです。ただただ、憧れて眺めているだけ。誰のものにもならない、みんなの彼。このまま、きっと何事も起こらないまま、一年が終わっていくのだろうと思っていた2月、クラスが変わってしまう前に、彼にバレンタインチョコをあげたい、とふと思いました。もちろん、本命チョコなんてハードルが高いものではなく、義理チョコ。他の仲のいい女の子や男の子に渡すついでに、彼にも。渡す時は本当に緊張して心臓バックバクでした。たまたま休み時間に1人で廊下を歩いているところを見かけて声をかけて。震えている声で、緊張がばれないように。そう、これはあくまで義理チョコなんだから。自分にそう言い聞かせて渡しました。どんなリアクションをされるかと思いましたが、意外にも彼は嬉しそうに、「え、俺にもくれるの?ありがとう!」と笑顔で言ってくれてホッとしたのを覚えています。ところがその日の放課後、信じられない出来事が起こりました。仲のいい友達数人で教室の窓際に座っておしゃべりしていたところに、1人の女の子が駆け込んできたのです。「ねえねえ!〇〇くん、彼女できたんだって!相手は▲▲ちゃん!」その場にいた全員に衝撃が走りました。え・・・?「しかも▲▲ちゃんから告白したんだって!」彼に彼女ができたことも驚きでしたが、それ以上にみんなを驚かせたのは、相手の女の子。その子は、同じクラスで、色白でショートカットがよく似合う、小柄でとても可愛い女の子でした。しかしどちらかと言えば大人しく控えめなタイプだったため、まさかその子が暗黙の了解で誰もアタックできないような彼に自分からアプローチするなんて誰も想像すらしていなかったのです。聞くところによると、彼は特に好きな女の子もいなかったようなのですが、▲▲ちゃんの熱意に押されて付き合うことを決めたのだとか。そう、誰も彼にアタックできなかった中で、▲▲ちゃんは自分の気持ちに素直に行動して、好きな人を手に入れたのです。この事実は当時のわたしにとっては大打撃でした。わたしは義理チョコを渡すのがやっとだった。抜けがけみたいにアプローチして他の女の子たちに目をつけられるのも怖かったし、振られるのも怖かった。そもそも暗黙のルールなんてなんなんだっていう話だけど、わたしはそれを言い訳にして自分の気持ちに正直になれなかった。わたしも、彼に、あなたのことが気になっていて、仲良くなりたいんだって、素直にただその一言を言えたらよかったのに。後悔なのか何なのか自分でもよくわからない気持ちが湧き上がってきて、この瞬間、周囲の目ばかり気にして、本当の気持ちに必死にも一途にもなれない自分が心底嫌いになりました。家に帰って子どもみたいにわんわん声をあげて泣いたことはよく覚えています。(母親が何事かと驚いていた。)大げさに思えるかもしれないけれど、彼に彼女ができたことに対する悲しさ、というよりは、自分の気持ちに正直に行動できない自分の情けなさに劣等感でいっぱいになったのです。その後、▲▲ちゃんはやっぱり周囲の女の子たちからやっかみを受けたりしていたけれど、「わたしは〇〇くんのことが好きだから。」と一途な気持ちを貫き通していて、何てかっこいいんだろう、と可愛らしさの中に宿る芯の強さをうらやましく思いました。例②矢沢あいさんの伝説的少女漫画、「NANA」のシーンで、わたしにとって衝撃的なシーンがありました。読んだ人はよく分かると思いますが、主人公奈々が、章司とその浮気相手(実質的には新恋人)の幸子と鉢合わせてしまうシーン。あまりのショックに何も言えず傍観している奈々に対して、ナナは、「ハチ公、何、傍観してんだ!てめぇのケンカだろ!てめぇがやれ!戦わなきゃ負けだぞ!てめぇの男だろ!取り返せ!」と言うのですが、奈々は泣きながら独り言のように、「・・・いらない。・・・もう顔も見たくない・・・。」いや~・・・これは、衝撃というか、ショックでした。「いらない。」の一言で決着させてしまった恋。キャラ的にも、奈々は泣きわめいて章司にすがりつくのかと思っていただけに、想定外でした。というか、そうして欲しかった。きっとものすごく複雑な感情に支配されてしまっていたと思うし、これまでのわたしだったら、奈々と同じ行動をとっていたような気がする。拒絶されるのも怖いし、傷付いてもすがりつけるほど、一途になんてなれない。いらないと自分から手を離してしまった方が楽だから・・・対照的だったのは幸子で、怒りで章司に殴りかかろうとするNANAに対して、「殴りたいならあたしを殴りなさいよ!好きになったのはあたしの方だもん。彼女がいるってわかっててもどうしても止められなかったんだもん。もう逃げも隠れもしないから気が済むまで殴りなさいよ!」(ショートカットで小柄で華奢な幸子が言うとなんとも健気)もちろん章司が悪いのは言うまでもないのですが、いろいろな経緯を見ると奈々にも問題があって。とはいえ、当時のわたしは、結果的に他人の彼氏を横取りする幸子のことを本当に嫌な女だと思っていました。でも、今は、幸子はとても正直な女の子だな、と思います。この度胸の良さと一途さが、章司の心を動かしたんだろうな、と。自分の気持ちに真っ直ぐに行動できる女の子は、強い。もちろん、絶対にこういうタイプの女の子は敵にしたくはないですが。笑みなさんはどう思いますか?わたしはきっと彼に出会うまで無意味なプライドみたいなものを大切にしていた気がするけれど、本当に大切で失いたくないものを前にした時、わたしのちっぽけなプライドなんて大したものじゃないな、と思えるようになりました。そして、そんな長らく捨てることのできなかったものを優に超えるくらい大切なものができたわたしはとても幸せだと思います。たとえフラれても傷付いたとしても、必死になれるものがなかった人生より、必死になれるものがあった人生のほうが、何倍も面白いと思うのです。だから、必死になれるものがある今の自分のことが、わたしは結構好きだったりします。これって、恋に限らず仕事とか他のことにも言えることだと思うし。結果はわからないけど、取りに行かなかったことを後悔するよりは、欲しいものは全力で取りに行った方がいい。これからも自分の気持ちに正直に生きられる自分でいたいです。今回もお付き合いいただきありがとうございましたこんな恋愛初心者0ベース恋愛女子を応援してくださる方は、下の写真とクリスマスツリーをポチッと押してみてください。(いつもポチッとしてくださる方、本当にありがとうございます)実はこの写真は、彼に撮られた不意打ちショットだったり・・・ポチッと押したら彼も喜んでくれると思います。笑にほんブログ村人気ブログランキングへ0ベース恋愛女子、あゆ

  • 07Dec
    • 恋愛とは、かっこ悪い、恥ずかしい自分をさらけ出すことであるというお話。

      恋愛とは、かっこ悪い、恥ずかしい自分をさらけ出すことである。今日はそんなお話。彼と付き合い始めた当初、わたしは自分の本音や本心を彼に伝えることが全くできませんでした。例えば、・なんだか最近「好き」って言ってくれる回数が減ったような気がするけど、わたしへの愛が冷めてしまったのだろうかとか・前までは外出する時は必ず彼から手をつないでくれていたのに、最近あまりつないでくれなくなってさみしいとか。自分の気持ちを素直に伝えられる人にとっては、とてもたやすいことなのでしょうが、わたしにはできませんでした。なぜなら、いい歳した大人が、・「好き」と言ってくれる回数が減って不安とか・手をつないでくれなくてさみしいなんて、とても幼稚でばかばかしいことのように思えたから。そんなことを彼に伝えて、幼稚だと思われたりバカだと思われたり、引かれたりするのが怖かったのです。でも、「私のこと好き?」と彼氏に気持ちを確かめる女は、愚かだけど可愛い、らしい。の記事でも書いているとおり、自分の気持ちや本心は、はっきりと言葉にして相手に伝える努力をしなければ伝わらないということを学びました。冷静に考えれば分かることでありながら、実際に経験してみないと分からないことでもあるのですが、恋愛におけるあらゆる事柄、連絡の頻度や手をつなぐ頻度、愛情表現の仕方、さみしいと感じるタイミング・・・その他もろもろ、その人の考え方や恥ずかしがり屋度、ずぼら度・・・などなどによって、大きく変わってくるんですよね。本当に細々としたことすべてが、付き合ってみなければ分からないし、そもそもどの点が自分の感覚と違うのかなんて、付き合ったからって分かるものでもなく、相手に自分の感覚を伝える&相手の感覚を聞いてみるしか知る手段なんてない。初めは本当に抵抗があったのですが、彼の辛抱強いトレーニング(?)のおかげで、だんだんと自分の気持ちを言えるようになり、1年半経った今では、ほぼ思ったことをすべて伝えられていると思います。そしてわたしは知りました。恋愛とは、かっこ悪い、恥ずかしい自分を相手にさらけ出すことなんだと。彼と付き合う前までは、まさか恋愛が恥をさらすことだなんて発想は全くありませんでしたが、彼のおかげで恋愛とは本来そういうものであるということを知ったことで、本当の意味で誰かと深いレベルでお付き合いができるようになりました。だから、ここまでたどり着くまでは、はあ、自分ダサいな~とか、かっこ悪いな~とか落ち込んだり自己嫌悪に陥っていたたまれない気持ちに何度もなり消えたい瞬間も幾度となくありましたが、なんとか乗り越えて今ここでこうして生きています。笑だから、もしわたしのように情けなかったり恥ずかしい自分をさらけ出すことがバカバカしいんじゃないかと悩んでいる人がいたら、思い切って彼に伝えてみてもいいんじゃないかなと思います。というか、伝えるべきだと思います。さみしさを相手に伝えられずに溜め込んでそれが自分のストレスになっているのだとしたら、それこそ問題で、その恥ずかしい問題を共有して2人で解決していくことこそが恋愛だと思うから。それが伝えられなかったり、もし伝えたとしてそんなの知るかよ、ときちんと取り合ってくれなかったりする相手とは、そもそも付き合い続けることなんてできないですよね・・・。たとえ自分にとっては些細なことだとしても、それが相手にとって問題になっているのだとしたら、それがどんなにバカバカしいことだったとしても、わたしは真剣に考えたいし、相手にもそうしてほしいと思う。自分にとって問題となっていることを、勝手な物差しで問題のないことだとみなされてしまったら悲しすぎるし、それはきっともう愛とは呼べないと思う。↑恋愛初心者が交際期間1年半になると、なんだか随分と偉そうなことに言うようになるものだ。笑でも、実際に彼とのお付き合いを通して、今は素直にそう思っています。とあたかも恋愛の酸いも甘いも嚙み分けたような発言をしていたところ、先週末、ふと彼が最近全然手をつないでくれていないなあということに思い当たったわけです。(すごいタイミングだ。)最近はお互い他に考えなくてはならないことが多すぎてバタバタしていたので、仕方ないとは思いました。彼だって、四六時中わたしとのスキンシップについて考えてる暇なんてあるわけないんだし。でも、他の細かな行動もあって、わたしはなんだか彼に邪険に扱われているように感じていました。(邪険はちょっと大げさかもしれない。)ただ、彼が忙しいし余裕がないことも理解しているつもりだったのでそれを彼に伝えることは若干ためらわれました。が、交際期間1年半を経てすっかり図々しくなったわたしは言ってしまう。笑自分の中にもまだわずかに恥ずかしさや照れが残っているのか、正面切っては言えず、彼が取れてしまったシャツのボタンを付け直している時にさらっと言ってみた。(←どんなタイミングだ)わたし:「実は最近ちょっと悩んでるんだ。」彼:「え、なにどうしたの?」わたし:「悩んでるの。〇〇(彼の名前)があんまり手をつないでくれないから。あんまりっていうか全然。なんかさみしい。」彼:「え、なにその突然のカミングアウト。笑」わたし:「真剣だもん!〇〇にとっては大したことじゃないかもしれないけど、わたしにとってはちょっと深刻なの。すごくさみしいの。」彼:「そんなことないよ~。つないでるよ。」わたし:「わたしがつながれてないんだから、つないでないんだよ!」その時は彼はそれ以上特になにも言いませんでしたが、その後2人で焼肉を食べに外出した際、自分のポケットに手を突っ込みながら、「ん!」と自ら腕を差し出してきました。いや、わたしは腕を組みたいわけじゃなくて、手をつなぎたいんだけど。笑そう伝えたら、彼:「冬は寒いからだよ。」う~ん、まあ確かに手を外に出したら冷たいか。いやいや、冷たいからこそつなぐんじゃないか!というか夏だって「暑いから。」と言ってつながないじゃないか。笑結局、しばらくは彼のポケットの中で手をつなぐという方法で落ち着きましたが、なんだかポケットがやたら狭くて居心地が悪かったので、その日は腕組みで良しとしました。笑とりあえずは、彼なりの気遣いを見せてくれたことにキュンとしましたが、次に会うときには忘れている可能性、大です。だからブログでプレッシャーをかけてみる。(多分彼も読んでいるから。)なんちゃって。笑というわけで、こんな風にどんなにくだらないと思えることでも、きちんと言葉にして伝えるということは本当に大切なことで。そしてそんなちっちゃなこと一つ一つに真摯に対応してくれる彼には感謝しています。すぐ忘れるけど。笑欲を言えば忘れて欲しくないけど、それはちょっとわたしのワガママかもしれないので、しょうがないからこれからも彼にきちんと言葉で伝え続けていこうと思います。うん、それこそがわたしたちのコミュニケーションなのかもしれない。ちなみに、この先わたしが彼と手をつながなくなっても気にならなくなる日は来るのだろうか・・・この手をつないでくれないとさみしい現象はまだ交際期間が1年半とわりと初期と言える時期だからこそのものなんだろうか・・・地味に気になっているわたしですが、それもまたこのブログで経過報告したいと思います。笑今日もお付き合いいただきありがとうございました。こんな恋愛初心者0ベース恋愛女子を応援してくださる優しい方はまたポチッとしてくれると嬉しすぎです。いつもどなたかわからないけれど、ポチッとしてくれる方本当にありがとうございます!1クリックごとに喜んでいます。←単純ではでは、また更新します!にほんブログ村 人気ブログランキングへ0ベース恋愛女子あゆ

  • 02Dec
    • 恋愛は面倒、一人が気楽、恋愛は必要ないと思っていた私が恋愛している理由

      今回は、恋愛は面倒、一人が気楽、自分には恋愛は必要ないと思っていたわたしが、今なぜ恋愛をしているのか、恋愛している理由なんかについてお話したいと思います。もともとわたしは、恋愛そのものが苦手であるとか、恋愛嫌いであるといったわけではありませんでした。なぜ恋愛に恵まれない?一生恋愛できないと思っていた27年間の記事でも書いたとおり、恋愛に恵まれなかったとはいえ小学生から高校生まで人並みに異性には興味を抱いてきたと思いますし、たとえ結果的に形式的なものや短期間のものになってしまっていたとしても、一応お付き合いするというスタイルを経験することはあったわけですから。ただ、おそらく多くの人が本格的に恋愛と向き合い他人と深いお付き合いをするであろう大学時代に・誰ともお付き合いをしなかったこと・恋愛したいという意欲がそれほど湧かなかったこと・自分なりに恋愛する意味を見つけられなかったことで、なぜ恋愛するのか?という自分なりの答えが見つからないままに社会人になってしまいました。そのうちに、大学時代から一人暮らしをしていたこともあり、一人でいる居心地の良さ、快適さに気が付いてしまい、・一人カフェ・一人カラオケ・一人飯・一人映画・一人サッカー観戦・一人ライブ・一人フェス・国内一人旅・海外一人旅と長年にわたり一人生活を謳歌することに。。。いや、一人ってほんと楽しいんですよ。笑さみしいやつだと白い目で見る方もいるかもしれませんが、決して強がりなんかではなく、当時は心から、は~ぁ♪一人ってきっらく~ぅ♪快適快適♪と思っていました。笑ついでに一人で新しいことをする度にハードルをひとつひとつ越えていくような感覚が快感になってきたり。笑ゲームを全クリしていくぞ!的感覚?(ゲームしないからわからないけど)映画やライブの帰り道はごちゃごちゃ会話せずたっぷり余韻に浸りたいし、鑑賞中は目が腫れるのを気にせず思い切り泣きたい。(極度の涙もろさのため)フェスは観るアーティストで揉めたくないし、自分が観たいアーティストを絶対観たい。カラオケは、興味のない他人の歌を聞いたり、周りに気を遣って場の雰囲気に合わせた選曲をしたりすることもなく、自分の本当に好きな曲をガンガン入れて歌いまくりたい。(周りに音楽の趣味が同じ人がほとんどいない。また特にわたしは大人数で盛り上がるという性質も持ち合わせていない。)一人旅は、他人に合わせたり気を遣ったりすることなく観たい場所、行きたい場所だけをじ~っくり回れるし、疲れたら自分のペースで休める。(方向音痴だから目的地にたどり着くのには苦労するけど。それでも運良く毎回通りすがりの人に助けられイタリアも一人で回ったし、パリのエッフェル塔からの夜景も一人で観た)帰宅して一人でごはんを食べながらテレビやネット動画をひたすら観まくるなんて最高。(ドラマのセリフやトーク内容など一文字たりとも聞き逃したくない。)休日に引きこもるのも然り。一人好きの人はきっと今うんうんわかるわかる!って大きくうなづいてくれているはず!それ以外の人は、ただのわがまま女、ひねくれたやつだと思わないでくださいね!笑さて、このように一人の快適さや一人遊びの楽しさを覚えてしまい、さらにそれが長期間にわたると、・恋愛なんてめんどくさいだけ・一人は一番気楽・一人でも楽しいし別に恋愛は必要ないかなと思うようになり、さらには悲しいかな、他人と一緒に時間を過ごすこと自体が苦行のようになってきます。(禁断症状)飲み会であったり、遊びに誘われても、ん~お家でまったりしてた方が楽だな~とかお家でネットサーフィンしたり動画みたりしたいな~とか本気で思うようになってきます。笑そんなわたしが今なぜ恋愛をしているのか、恋愛をしている理由は、・一人で感じる幸せには限界があると気が付いたから・一人でいることに飽きたからざっくりいうとこの2点じゃないかなあと思います。もちろん彼のことが大好きだから!という答え方もできますが、きっと恋愛を面倒だと思っていたり一人が気楽、恋愛なんて必要ないと思っている人に個人的かつのろけ的理由を聞かされても全然しっくりこないと思うので。どういうことかというと、まずは、一人で感じる幸せには限界があると気が付いた話。わたしがさんざん前述してきた一人で感じる楽しさや快適さって、すごく安定的なものだと思います。相手がいないわけだから、阻害されたりすることは基本絶対なくて、楽しさは保証されている。いつも間違いなく楽しい。でも、「す~っごく楽しい」をキープできたとしても、その上のもっともっと「超絶楽しいこと」は残念ながら起こりえない。楽しさは安定的だけど、楽しさの最高記録が更新されることはない。その一方、二人でいると、何もかもが自分の思い通りに行くという快適さはないけれど、人間が二人集合すると予想外のことが結構起きたりして、自分でも想像しなかったような楽しい瞬間を味わえたりする。自分だけの行動パターンでは絶対出会えなかった楽しいことに出会えたりする。二人になると二倍楽しくなる!って言うと思うでしょ?NO!笑人間が二人集まると、その時のお互いの気分や状況など何乗にも複雑にいろんな要素が掛け合わさり、するとどうなるか。幸せの限界点がなくなって無限大になる。というか、なりました。(本当に大げさではなく)安定して楽しいというよりは、同じことをしていても毎回毎回新鮮な楽しさがある。びっくら!わたしはこれまで一人でもすごく幸せだと思って生きてきたけれど、それ以上に最高に楽しくて幸せなことが世の中に存在して、それは一生更新していけるものなんだと彼に出会って知りました。もちろん二人でいると傷つけ合ったりして悲しい思いをすることもたくさんあるけれど、それ以上のリターンがありすぎる、とわたしは思っています。続いてもう一つの理由、一人でいることに飽きた話。言い方を変えれば、一人を満喫し尽くしたということでしょうか。最近ではおひとり様でもものすご~く楽しめることが次々出てきて、おひとり様サービスも充実していてまだまだわたしが経験したことがないものがたくさんあるでしょうが、自分としては、国内一人旅、海外一人旅をしたあたりから、結構お腹いっぱい感が出始めていました。ん~たとえて言うなら、独身時代を謳歌した男性が、「よし、もう遊び尽くしたし、そろそろ身を固めるか。」的な。笑なんかそれっぽく言ってみたけれど、実際にわたしが遊び尽くしたのは、一人遊び。笑でもそんなかんじです。一人の楽しみを十分知って、もっと言えば、ちょっと飽きてきた。以上のような理由です。彼と一緒にいたら一生飽きない自信がわりとあるかも。カップラーメンを一緒に食べていても楽しいし、スーパーに食材を買いに行くだけでも楽しい。これってなかなかすごいことですよね。一人カップラーメンも美味しかったけれど、二人カップラーメンは美味しいだけじゃなく楽しい。何回食べても楽しい。わたしにとって「飽きない」ということはかなり重要なことで、・・・・ってあ、今思い出してしまった。飽きる瞬間が一つだけありました。彼に構ってもらえないとき。笑てへ。すいまてん。というわけで、一人が気楽、恋愛は面倒、自分に恋愛なんて必要ないと思っている方も、へ~意外と恋愛って楽しいのかもしれないな、一人が二人になるとそんなことが起こりえるんだ~なんて興味を持ってみたら、人生変わるかも?結果的に一人の方がいいという結論に至ったとしても、一人と二人、両方経験してみてから自分の生き方には一人と二人、どちらがいいのか決めた方が絶対お得だと今なら思います!ちなみにわたしがこれだけ日々楽しさを享受できているのは、彼という人間そのものが魅力的でおもしろい、素材がいいというのも大きい理由ではありますが。(←彼に言ったら超上から!って怒られたよ。笑)でもそんな彼もわたしをおもしろいと言ってくれます。へんてこりんな二人は、出会うべくして出会ったのかもしれません。笑ではでは、今回もお付き合いいただきありがとうございました。こんな恋愛初心者0ベース恋愛女子を応援してくださる方は、ぜひぜひ、親指でも人差し指でも中指でも薬指でも小指でもどの指でもいいので(足の指じゃなければ笑)、ポチッとしてくださると嬉しいです。いつもどなたかわからないけれど、ポチッとしてくださって本当にありがとうございます。0ベース恋愛女子あゆにほんブログ村人気ブログランキングへ

  • 27Nov
    • 彼氏に守られたい女、彼氏に愛されたい女のお話

      今回は、彼氏に守られたい女、彼氏に愛されたい女のお話。わたしは多分わりと、今の彼とお付き合いする前から、 本能的に性分的に好きな人には自分のことを守ってもらいたい、とか超絶愛してほしい、 とか思うタイプだったように思います。きっと最初は「女子だもの。男子に守られたい!」 という特に深い意味を持たない乙女観念から来ていたと思いますが 。大人になってからは、 やはり人間誰かに守られることによる安心感を得たいというある程 度明確な意識を持ってそう思っています。そしてわたしの中には「守られる=愛される」 の等式が矛盾無く成り立っています。なぜなら、人は愛するもの、 大切にしたいものは自然と守りたいと思うものだと思うから。でも、最近「守られたい、愛されたい」と思うものの、「 守られてる」「愛されてる」 って一体どういう状態のことをいうんだろう?ってふと思ったんです。考えてみたら結構漠然とした表現だな、と。正確には、「守られたい=『守られている』と感じたい」、「 愛されたい=『愛されている』と感じたい」 だと解釈できる気がする。そしてそう感じる状態は人によってまちまちだとは思いますが、 わたしの場合、思いつくものを挙げてみました。(重要度が高い順)・ぎゅっと抱きしめてもらう(頻度高め、時間長め)・おはよう、おやすみ、行ってきます、お帰りなさいのチュッ・手をつなぐ、握る・目が合ったら微笑み返ししてくれる・自分が抱えている課題を解決しようと協力してくれる・考えを尊重したり理解しようとしてくれる・体調を心配してくれる・食器を洗ってくれる・重い荷物を持ってくれる・車道側を歩いてくれるなどなど。大きく分けると、スキンシップ系、メンタル支え系、 家事手伝い系のものがあることが判明。おいおい、メンタル支え系よりスキンシップ系が上なのかい! とツッコミが入りそうですが、そう、わたしもよ~くよ~く考えてみたんですが、特に抱きしめてもらうことがかなり重要だと気が付きました。笑んなバカな!と思われる方もいるかもしれません。でもそれも致し方ない。 だってわたしだって彼とお付き合いするまでハグの重要性を知らな かったんだから!(なんならイチャコラカップルを結構白い目で見てたし。笑)が、今や、ハグが苦手な人、 長時間わたしを抱きしめることを拒否する人とはお付き合いできる 気がしません。笑というかわたしがハグ好きに気が付いたというよりは、 彼が超絶癒やしパワーの持ち主で、 彼のハグ能力が異常に高いのかもしれない。いずれにせよ、彼とお付き合いすることによって、 自分にとってのスキンシップの重要性がかなり高いことを認識しま した。価値観が大事!とかよく言いますが、価値観には金銭的なもの、 仕事やプライベートなどのライフスタイル的なこと以外にも、スキンシップの重要性に対する認識まで意外と細かいことまでいろいろあるんだな~ ふむふむと妙に感心したものです。( まともに誰かと付き合ってみて初めてわかった。)そして、驚くべきことは、守られたい女、 愛されたい女だったわたしが、彼とお付き合いするようになって、彼に守られるだけじゃなくて、 自分も彼を守りたいと思うようになったこと。これは青天の霹靂!大革命!いや、なんかほんともう精神はSA・MU・RA・I。恋愛において誰かを「守りたい」 なんて感覚は今まで抱いたことがなかったのだから。それが、彼を傷つけるものからは彼を守りたいし、 彼の幸せを守りたい、 と自然と当たり前のように思うようになっている現在。それで確信したのは、「守られたい、愛されたい」の真意は、「 自分が相手を守りたい、大切にしたいと思うのと同じ重さで、相手も自分に対して同じ感情を抱き、 かつそれをわたしにはっきりと分かるように行動で示してほしい」 ということなんだと。はぁ~すっきりした。ふう。(ここまで長かった・・・。)ということで、 せっかく恋愛初心者0ベース恋愛女子が長い道のりをせっせと歩き 、「守られたい、愛されたい」願望の正体を突き止めた記念?に、改めて彼に決意表明してみましたわたし:「わたしも○○(彼の名前)を全力で守るから、○○ もわたしのこと全力で守ってほしい。○○に守られたい。」( どきどき)彼:「うん、守るよ。」(即答)わたし:「ほんと?わたしはいつも○○ のこと守ってるよ。」(・・・よっしゃ即答だった)彼:「ありがとう。俺もあゆのこと守ってるよ。(^^)」わたし:「・・・・・・ポッ・・・え~ そうかなそうかな?てへ」(ふふふ・・・)彼:「そうだよ。(^^)」わたし:「え、え、じゃあさじゃあさ、 具体的にどんな風に守ってるの?教えて教えて」( わくわく♪)←なにこの質問。笑彼:「ん~?(^^)俺はい~っつもあゆのこと守ってるよ。」わたし:「うんうん。」彼:「不規則な生活から。(^^)」わたし:ヽ(´∀`*)ヽ ・・・(ノ・ω・)ノ・・・( ゚-゚)・・・( ゚ロ゚)へ?彼:「 あゆは放っとくとお風呂入らずに寝落ちしそうになったり夜更かし したりするけど、俺がいつも早くお風呂に入らせたり、早く眠らせたりしてるでしょ? 俺はあゆを不規則な生活から守ってるんだよ。(^^)」わたし:・・・・・およよ。彼:「ん?(^^)」わたし:(う~ん・・・なんか思ってたのと違うけど・・・。 でもたしかに彼と過ごすようになってから眠くてもがんばってお風 呂に入ってるし、彼が早寝タイプ、 しかも電気消さないと寝れないから必然的にわたしも早く寝てるな 。ん?そういえばあんまり意識してなかったけど、 なんか今までより疲れにくくなったし肌の調子も良い気がするな・ ・・。)←心の声彼:「あゆどうしたの?(^^)」わたし:「・・・ううん!なんかちょっと思ってたのと違うけど、 たしかにそうかも!いやそうだよね!ありがとう!ハハ」彼:「うん(^^)」わたし:「これからも守ってね!よろしく!ハハ」うん。 きっとわたしの健康と美容と元気は彼によって守られているのだ。夜更かし大魔王のわたしは、 早寝なんて彼がいなければ一生実現しなかったことだと思うし、 そういう意味ではとても意味のあることだ。意味がありすぎるくらいだ。たしかにわたしは規則的な生活という生命に直結する部分で彼に全力で守られているこ とになる。目から鱗!守られる、愛されるということは、 必ずしも自分が想定していたり期待している形ではないのかもしれ ないけれど、思わぬところに潜んでいるのかもしれない。ということに気がつけたわたしは幸運ではないか!彼のおかげで、この日からお風呂や睡眠など今まで日常生活の中で垂れ流しだった行動までもが、 とても幸せな時間になりました。彼にもっと守ってもらいたい、愛してもらいたい! と思っているみなさんも、 もしかしたら想定外のところで守られている、かもよ?ふふう〜む。恋愛は深いな深いな。というわけで、こんな常に悩める恋愛初心者0ベース恋愛女子をポチッと応援してくれたらうれしいです。(何も考えてなさそうなポケ〜っとした顔してるけど、これでも結構考えてるんです!笑)今日もお付き合いいただきありがとうございました。にほんブログ村 人気ブログランキングへ

  • 20Nov
    • 彼氏が喧嘩や話し合いでだんまりした時の対処法の話。

      今日は、このブログのタイトル「ねえねえ彼女とだんまり彼氏」とも大いに関係してくるだんまり彼氏についてのお話。付き合い始めの頃、わたしは本当に喧嘩や話し合いの時にだんまりする彼氏に困り果てていました。男性とまともにお付き合いしたことのないわたしは、当然彼氏と喧嘩した経験なんてありません。喧嘩する度に口を固く閉ざし、表情をこわばらせ、目を合わせず、貝や石になってしまう彼氏は、まるでモンスターでした。・この人はなぜ黙りこくっているのだろう・不満があるなら話せばいいのに・黙っていたら何を考えているのかわからないし、解決の糸口も見つからない・黙り込むなんて卑怯!不満をぶつけてくれれば、こちらも言い返すなり応戦可能ですが、別に攻撃(口撃)を仕掛けられているわけではないので、反撃することができない。仮にこちらから何か仕掛けようと言葉をかけ続けてみるものの一切反応は返ってこないため、効果は皆無。逆に反応してもらえないというストレスを受ける。そう。「だんまり」は、最終兵器なのである。攻撃なくして相手に最大のダメージを与える恐ろしい技であり、こちらのあらゆる切り札を一瞬にして崩す最大の武器である。とわたしは思っています。。。はあ、前置きが長すぎました。。。そんな喧嘩の度にだんまりする彼に対してわたしがとっていた行動は、・「ねえねえ。」と話しかける。・「ねえねえ。」と袖を引っ張ってみる。・「ねえねえ。」と腕をツンツンしてみる。・「ねえねえ。」と正面に回って彼の顔を覗き込んで目を合わせようとしてみる。・「ねえねえ、なんかしゃべってよ〜。」と言う。・・・お察しの通り、効果なし。それどころか彼はますます頑なになり、わたしとの接触を避けるべく彼の持つすべてのシャッターを閉め切ったように見えました。でも、わたしはとにかく喧嘩したままその場で彼と別れ、彼を家に帰すということに耐えられませんでした。本当に自分勝手かもしれませんが、一時でも彼と喧嘩別れするのが嫌だったのです。そのため、「もう今日は一人になりたいから帰る」と言う彼の腕を無理やりぐいぐい引っ張り、わたしの家に強制的に連れ帰っていました。←側から見たら超あやしい。もちろん連れ帰ったはいいですが、それで解決するわけもなく、その後も彼はずっと無言。ですが、必ずと言っていいほど彼は一晩寝ると翌日には普段の彼に戻っているのです。「おはよう。」と声をかけてみると「・・・おはよう。」「昨日は、ごめんね。」と言うと、「俺もごめんね。」まあ一晩寝ればリセットしてくれて、話もきちんとできるのであれば時々はだんまりされたっていっか・・・・と思うかもしれません。がわたしは思えませんでした。笑恋愛初心者0ベース恋愛女子にとっては、「だんまり現象」はあまりに摩訶不思議すぎでした。(だって物理的に返事くらいできるような気がするから!)だから、わたしは普通に彼と仲良く会話している時に言ってみたのです。わたし:「ねえねえ、なんで〇〇(彼の名前)は、喧嘩するとすぐだんまりするの?」彼:「そういう時は話す気にならないんだよ。」わたし:「でもわたしは嫌だよ。だんまりされるの嫌。」彼:「人間そういう時だってあるよ。」わたし:「でも嫌。だんまり一番嫌いだもん。呼びかけたら返事くらいできるじゃん。」彼:「嫌って言われても・・・それはあゆの都合でしょ。一旦クールダウンするためだよ。」わたし:「でもだんまり悲しい。これからはがんばって返事してみよ?」彼:「そんな単純に出来たら苦労しないよ。」わたし:「ちょっとがんばってみようよ?」彼:「う〜ん・・・。その時になってみないとわからないよ・・・」わたし:「返事するって決めればいいんだよ。呼びかけられたら答えるって最初から決めとくの。ね?」彼:「う〜ん・・・」わたし:「わたしが、〇〇(彼の名前)って言ったら、『はい。』って答えればいいんだよ。ね、簡単でしょ?たった2文字だよ?」彼:「う〜ん・・・」わたし:「でも本当にだんまりが一番悲しいの。〇〇とな〜んにもコミュニケーション取れなくなっちゃうんだもん。そんなのわたし、嫌だよ。お話したいよ。」彼:「・・・・・。」おい!と彼ではなくわたしにツッコミが入りそうですが。笑ははは(⌒-⌒; )でも本当に彼とコミュニケーションが断絶してしまうことは、言い合いになるより悲しいとわたしは思っていました。当たり前ですが、人間そう簡単に変わることなどできませんし、彼には彼の都合があるのですが、こんな会話をして以来、徐々に徐々に、彼のだんまり頻度と程度が下がってきたような気がします・・・!不穏な空気の時でも呼びかけてみると、決して決して乗り気ではなさそうですが、「ん・・・・・。」と超か細い声で返事をしてくれたり。笑応答してるかしてないかのギリギリラインで返事をしてくれます。笑わたしのしつこさもさながら、変化してくれる彼もすごいですよね。(*'-'*)そして、わたしの方も徐々に徐々に学習しまして、無理強いしすぎも良くない、彼には彼のペースがあるのだろうと理解し始め、どうしても彼が言葉を発することが難しそうな場合は、黙ってそっと手を握ってみたり、抱きついてロックオンしてみたりしています。だってやっぱり、彼とコミュニケーションが断絶してしまうのは、悲しいから。(⌒-⌒; )言語のコミュニケーションが取れないなら、スキンシップを図るしかない!じゃない?彼がどう思っているかわかりませんが、これは意外とオススメかもしれません。喧嘩やちょっとした小競り合いの時に言葉を発してしまうと、つい余計なことを言ってしまい火に油を注いでしまいがちですが、スキンシップならそんな心配もない。言葉はないけど、本当は寄り添いたいんだよっていうことを伝えられる、気がします。それに、これだったら、しゃべりたくない彼、そして彼とコミュニケーションを断絶したくないわたし、双方の希望も叶えられてるわけだし。手を振り払われたらどうしよう、とか気にしてしまうかもしれないけれど、大丈夫。わたしも何度も振り払われましたから。笑でも果敢にトライし続けました。(傷付くけどね。その場合、この記事を読んでみてください。笑)最近はあんまり振り払われない、かも!(彼も慣れてきたのかも。笑)というわけで、わたしが彼のだんまりに関して学んだことは、・無理に口を割らせようとしてもいい結果は望めない。・返事くらいできるでしょ!と思っても、彼は彼なりにだんまりすることで頭の中を整理したりクールダウンしようとしていたり、いろいろ女子には理解しにくい複雑な事情がある。かといって、そのまま放置しておくなんて、できない!ので、彼氏が喧嘩や話し合いでだんまりした時の対処法は、言語のコミュニケーションがとれないなら、スキンシップで。コミュニケーションの方法って、言葉だけじゃないですもんね。もし彼のだんまりに悩まされて困り果てている人がいたら、黙ってそっと彼の手を握ったり寄り添ったりしてみては・・・?Let's try!し、失敗しても責任はとれませんが。笑そうそう!今更説明するまでもなくタイトルの由来はなんとなくお気づきかと思いますが、一応。彼と軽い小競り合いになった時に、わたし:「すぐだんまりする。〇〇のだんまり〜」彼:「あゆはすぐねえねえ言うじゃん。」わたし:「〇〇のだんまり男。」彼:「あゆはねえねえ女だよ。ねえねえうるさいもん。」わたし:「もう〇〇のことブログに書いてやる〜。愚痴ってやる〜。」彼:「別にいいよ。」わたし:「タイトルは、『だんまり男』。」彼:「違うよ。『ねえねえ女とだんまり男』だよ。笑」わたし:「・・・」彼:「ねえねえ女とだんまり男・・・う〜ん、なんか違うな・・・ねえねえ彼女とだんまり彼氏・・・。」わたし:「え!『ねえねえ彼女とだんまり彼氏』ってなんかかわいいね。」←単純彼:「なんか本のタイトルっぽくない?笑」わたし:「じゃあそれでブログ書くね。笑」彼:「好きにしたら。」というわけ。どうかアホなカップルだと思わないでください。笑アホだと思ったら、えいっと下のとぼけた顔のバナーを押してみてください。笑にほんブログ村人気ブログランキングへこれからも恋愛初心者の視点でわたしの体験談を綴っていきたいと思いますので、どうぞ懲りずにお付きあいいただけたら嬉しいです。ではでは、また更新します。0ベース恋愛女子あゆ

  • 03Nov
    • 恋愛できないのは自信がないせい?臆病を克服する方法

      今回は、ちゃんと恋愛できないのは自信がないせいなのか?彼にきちんと自分の本音や本心を素直に伝え、自分に自信を持てるようになるにはどうしたらいいのか?臆病を克服するためにはどうしたらいいのか?そんなことについて書いてみます。わたしが今の彼とお付き合いするまでまともに恋愛できなかったのは、周囲の環境以上に自分自身にいろいろと原因があったと思いますが、自分に自信がないというのが一番の原因だと思っていました。自分に自信がないから、・素の自分や本心、本音をさらけ出すのが怖い・弱さを見せられない・相手ときちんと向き合えずごまかしてしまうとにかく自分に自信を持つことが大切だ!ということが恋愛指南書なんかでもよく謳われていて、う〜ん・・・なるほどね、たしかに自信を持てたらいいだろうなと思う一方で、まあでもその自信を持つことが一番難しいから苦労してるんだよね、と思っていました。でも、彼とお付き合いして、自信なんて持てなくてもいいんだ恋愛に自信は絶対必要というわけではないんだと知りました。わたしはお付き合い当初、自分の本音や不安を彼に話すことができずにいました。言いたいことがあっても、なんだそんなこと〜と呆れて笑い飛ばされてしまうのではないか、嫌われてしまうのではないか、と思って言えなかったのです。いい歳した大人が中高生か!と痛々しく思われてしまうかもしれませんが、当時のわたしはまるで中高生そのものでした。そんなある日、わたしの様子がおかしいことに気が付いた彼が、「何か言いたいことあるんじゃない?」と聞いてきたのです。わたしは何でもないと答えました。でも彼は、何でもなくないでしょ、と食い下がってきます。わたしは何とかその場をやり過ごそうと思いましたが、想像以上に彼は粘り強かった・・・。「話すまで終わらないよ。」・・・・・・!しばらくごねたりごまかしたり沈黙したりが続きましたが、彼は一歩も引く様子はありません。この人に対してごまかしは通用しない・・・。吐くまでどこへも行かせないぞ!的空気に、わたしは観念して話すしかないと思いました。「・・・なんかね、・・・・・。」ようやく絞り出した一言だったけれど、後に言葉が続かない。代わりに出てきたのは、涙。思いが言葉になるより先に、涙になって流れてしまった。あ〜やっちゃった。すぐに泣く女は嫌われるし面倒くさいって何かで読んだっけ。でももう遅い。後から後から涙がこぼれ落ちてくる。うざい女認定、確実。けれど、そんなわたしに彼はあきれたりせず、「なんか・・・何?」と優しく聞き返してくれたのです。一語発する度に言葉を詰まらせていたので(ほんと情けない)、全部話し切るのに30分以上かかったと思います・・・。だけど不思議・・・話し切った後には何とも言えない清々しさが・・・。もちろん優しく聞いてくれた彼のおかげなのですが、図らずとも、これがわたしのおそらく人生初めて自分の心の奥の奥を打ち明けられた経験となったのです。この日を境に、徐々にではありますが、わたしは自分の本音や本心をしっかりと彼に伝えられるようになってきました。自分が期待していた彼からの優しさを受けることができる時もあれば、時には期待に反する反応が返ってきてそれはそれは深く傷付いたこともありました。一回傷付くと、言わなければよかったと後悔したり、傷付くくらいならやっぱり伝えない方がいいかもと伝えることを躊躇したりすることももちろんありました。そして、それを繰り返しているうちに恋愛初心者0ベース恋愛女子は気が付いた。臆病を克服するために必要なのは、自信なんかじゃない。必要なのは、自分の本心を伝えることへの慣れと傷付く勇気なのだと。本心を伝えることも、キャッチボールと一緒で練習が必要ってこと。どんな球が返ってくるかわからないけれど、ドキドキ不安になりながらも投げ続けてみるしかない。そして、傷付く勇気というか覚悟を持つ。そうすると変な表現だけど、傷付くことがだんだん怖くなくなってくる。自分が思っていることを言おうとする時、よし、今から傷付くかもしれない。でも、伝えてみよう、ぶつかってみようと自然に思えるように。むしろ、よし、ちゃんと傷付きに行こうと思えるように。経験あるのみですね。わたしはこれまで傷付くことを恐れて傷付くことをしてこなかったから、傷付くことを知らなかったし、傷付くことに慣れていなかった。臆病を克服するただひとつの方法は、ちゃんとぶつかってちゃんと傷付く経験を繰り返すこと。中途半端じゃなくて、ひとつエイっと自分の壁をぶち破って、身をもって傷付くことを知る。転んで擦りむくと痛くて泣けてきちゃうけど、痛みってこういうものなのかとわかったり、痛みにだんだん慣れてきたり、転ぶのがだんだん上手になったりするのと似ているのかもしれないなあ。今回は、彼の荒療治的な(よく言えば根気強い笑)、取り調べ的な(本当にわたしが吐くまで続いた笑)方法によって、わたしは自分の本心をさらけ出すことができたわけですが、わたしみたいな臆病な人間には、こんな荒療治くらいがちょうどいいのかななんて思いました。今では、思っていること、不安、不満なんかを以前に比べたらきちんと口に出して言えるようになったと思います。これって簡単にできる人には当たり前かもしれないけれど、わたしにとってはとてもとても大きな出来事で、大げさなんかじゃなく結構世界が変わった。そして彼とも付き合い始めの頃よりずっとずっと深くコミュニケーションが取れるようになったことをうれしく思っています。繰り返しますが、恋愛における臆病を克服する0ベース恋愛女子的ただひとつの方法は、ちゃんと傷付くこと。ぶつかって、傷付いて、痛みをちゃんと知って・・・を繰り返すと、耐性がついてくるはず。一番のハードルは、傷付くの覚悟でトライする最初の1回目なんですが、それを越えるための魔法の呪文は、とりあえずズタボロに傷付いたとしても死にはしない。ははは(´∀`)何をいい加減なことを!と怒らないでください。m(_ _ )m大真面目です!何か困難なことがある時、「死にゃあしない」と彼もよく言ってるんですが、その通りでたとえ傷付いたとしても、とりあえずその時点で命まで奪われるわけじゃない。そう思うと大抵のことはなんとかなると思えます。そして逆にトライしないことがなんだかもったいないことのように思えてきます。できれば失敗なんてしたくないし傷付きたくもないと思ってしまいがちだけど、逆に、あえて傷付くこと前提で傷付くことへの恐怖を克服すれば、ぐっと行動の範囲も、得られる可能性も増えるんだと。彼のおかげで、恋愛だけに留まらず傷付く勇気、折れないハートを持つことができるようになりました。もし、本当に言いたいことが言えなくて、傷付く恐怖に怯えている人、臆病に悩んでいる人がいたら、どうかどうか壁を一枚ぶち破ってみてほしいなあと思います。その先に、誰かと本当に深いところでコミュニケーションを取れるという素晴らしい体験が待っているから。ぜひわたしが体験した、自分が生まれ変わったみたいな、世界が変わったような感覚を体感してみてください。0ベース恋愛女子に共感してくださったらポチッとお願いします。にほんブログ村人気ブログランキングへ