先日、ふいに卒論の話になって、もちろんずいぶん前の話なんだけれど、当時感じていたことや、あのときの切迫感でしか書けなかったことを何だか残しておきたくなったので。

(卒論入ってるの15年前のフロッピーディスクだし)

 

卒論のテーマは「トルーマン・カポーティ『叶えられた祈り』における無垢とその喪失」。

そのおわりの文章。

彼は生きることのすべてが原因で死んだ。そうなんだろうな。

 

文章はこなれたんだろうけど、我ながら全然変わってないや。

 

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「もう何も怖がったりしないわ」

彼女は言った。

「それに、いったい、わたし、何を怖がっていたのかしら」

「でも、またこの次も、同じことを怖がるだろうな」

オライリーは静かにいった。

「それがマスター・ミザリーの本質なんだ。誰も彼の正体を知らない――子どもでもね」

(『夢を売る女』より)

 

 一体、私たちは何に怯え、何を怖れて人生を過ごしているのだろう。この恐ろしい不安と淋しさと孤独は生まれたときからのもので、逃れ、癒されることなどできはしない。これは現代という時代に特有の、全員に共通する病のような宿命で、目を背ければ背けるほど追いかけてくる、生きている限り永遠の悪夢なのだろう。

 例えば家族や故郷や愛情や信頼といった本来、在るべきもの、心の底からなくてはならないもの、なければとても生きてはいかれないものが、生まれた瞬間、既に、失われている――これ以上の不条理がありえるだろうか? どうしてこんなことになってしまったのか?

 アメリカという日本とよく似た病を抱える国の歴史から、そこに生きた一人の作家の、完成することの遂に叶わなかった遺作から、私は知りたかった。そして、その『叶えられた祈り』は本当に叶えられない祈りなのか、どうしても絶対に不可能なのか、私は考えたかった。

 

 カポーティは人生を一つのイメージに例えている。

 

 燃えるようなガラスの目をした石膏の女の子が自転車に乗って猛烈なスピードでペダルを踏んでいる。車輪のスポークが、催眠術をかけられたように回っているにもかかわらず、もちろん自転車は全く動かない。こんなに一生懸命にこいでいるのに、この可哀そうな女の子はどこへも行けない。

(『夢を売る女』より)

 

 この『夢を売る女』という短編はニューヨークという大都市の孤独を描いたもので、私が一番はじめに読み、忘れることができなくなったカポーティの作品である。

 カポーティはその人生をかけて、一生懸命にペダルをこいで、この言いようのない不条理からの救済を求めようとした。『叶えられた祈り』が完成されていれば、カポーティは天才となり芸術家となって、私達の決定づけられた“喪失”の運命から抜け出すことができたのだろうか。『叶えられた祈り』が未完の作品である以上、それは永遠にわからない。

 しかし、一つだけ間違いなく言えることは、カポーティを読む限り、作者と同様に読者もまた、“愛すれど心淋しく”永遠の“喪失”と祈りを抱えて、それでも共に闘っているのである。

 

 作者の作品への自己同化、事実の虚構への没入という点から考えれば、『叶えられた祈り』はたしかに叶えられない祈りである。けれども、私たちが、自分のぎりぎりの“喪失”から作品を生み出していながらも、回帰よりも救済よりも、自己が切り捨てられていく作品のその虚構性を美しいと感じ、魅せられていくのもまた、一つの性質である。

 カポーティが没して二十年近い年月が流れようとしているが『叶えられた祈り』を巡る“無垢”と“喪失”のテーマは終わることがないだろう。

 

 私たちが現代という時代に生き、耐えがたい不安と孤独に悩まされ、人生を呪うとき、もう一度だけ考えたい。故郷を失い、家族を失い、ニューヨークという夢に破れ、破滅していった一人の作家の悲愴な努力、そしてその『叶えられた祈り』が翻訳され、出版されている以上、私たちは絶望を共有できるのだという、その可能性について。

 

お久しぶりです。

無事に出産しましたー。無痛分娩て全然無痛じゃないねとか、子ども大変だけどかわいいわとかいろいろあるけど、何とかかんとかやっています。
以前は、結婚はどーにかしても子どもを持つとかとても無理なことのように思えてたので、こうやってどうにかこうにか社会にしがみついてやっていけるのも、たとえばこんなふうに書いてることとか、会えた人たちとか、仕事とか、仕事でお世話になってる人たちとか、そういうものが土台になっているんだなと日々ありがたく思っています。

久しぶりの更新は何かあれだけど(笑)


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サイコロステーキ、野菜添え
ツナとキャベツのコールスロー
ライス
卵スープ
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写真は肉。子どもは日々増量し、仕事復帰もすぐなので、精をつけて頑張りますー。
心臓にカルピスを流し込む
原液のまま 薄めないで だよ?

肥大し傷ついた自我に
沁みわたる 悪い優しさ