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父の背中

父は
作家ですから

いつも
部屋に篭って
書いていました

家には
いましたけど

子供のころ
父親に相手してもらった
記憶なんてありませんよ

雨の日は
外じゃ無理だから
家で遊ぶでしょ?

まあ
男の兄弟ですからね

うるさくて
書けなかったんでしょう

父は
鬼の形相で
僕たちの部屋に入ってくると

ウルサイ
静かにしろ!

こっぴどく
叱られたもんです

そのくらいかな

子供のころの
父親との関わりというのは


でも

それは

大人になっても──


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なんてね

置手紙

東京の足立区に
住んでいた頃だから
もう二十年以上も前の話である

マンションとは名ばかりの
鉄筋三階建ての建物は
オートロックなどという洒落た物はなく
部屋の前までなら誰でも入ることができた

ある日
いつものように
夜遅く帰宅すると
小さく折りたたんだ紙片が
玄関ドアに挟まっていた

正確な文面は覚えていないが
紙片を開くと

母さんは
今日も来たし
これまで何度も訪ねてきたのに
なぜお前は会ってくれないのだ

というような
走り書きがされていた。

はて、
九州から母が
上京するという話は聞かない

そもそも
私と母親の間に確執はないし

東京に遊びにくるなら
電話の一本も入れてくるはずである

首をかしげて
先を読み続けると
あて名は私ではなく
見知らぬ女性の名前であった

どうやら
娘は親と仲たがいか何かして
家を飛び出したようだ

親の意にそぐわない男と
カケオチ同然に家を出たのか

親には無謀としか思えない
夢を追いもとめて
家を出たかは知らない

ひょっとして
問題があるのは娘ではなく
親のほうかもしれないが

いずれにせよ
あとに続く文章だけでなく
字面からも
娘を案ずる母親の心情が伺えた

だが
生憎と部屋が違う
勘違いの
お門違いである

その母親には
気の毒だが
一人暮らしのサラリーマン宅を
昼間に尋ねても誰も出て来やしない

なぜ会ってくれないのだと言われても
誰もいないのだから
それは仕方がないというものだ

というより
誰か出てきて
応対していたら
私が怖い

そうは
いうものの
この母親が尋ねてきたという娘が
どの部屋の住人なのかは
気になるところである

ひと月ほど前に
階下から男の欲求を拒む
若い女性の悲鳴が聞こえたが
娘とはその住人のことであろうか──

置手紙のウラを見ると
娘の居場所を書いた地図があった。

筆跡が違うから
誰かに書いてもらったようである

母親は
心配のあまり
私立探偵でも頼んで
娘の居場所を探してもらったのだろうか

それとも
娘の友達を片っ端からあたって
無理やり聞き出したか──

そんなこと
分かる筈もないが

その地図に
書かれていた部屋番号が
私の部屋の番号と同じだったのである

娘というのは
前の借主なのかもしれぬ

地図を書いた人物が
部屋の番号を誤って書いた可能性もあるが

いずれにせよ
この日だけでなく
何日かにわたって

母親は
私の部屋のチャイムを
鳴らし続けたんだろう

娘に会いたい一心で
必死でドアを叩いたかもしれない

とすれば

傍からすれば
私が借金取りか何かに
追われているようにも見え
少々迷惑な気もする

だが
近隣からの
苦情もないから

置手紙そのものが
何かの悪戯なのかもしれない

もう一度
地図に目をやった

地図は
簡潔で分かりやすい

ん?

あれ?

これって

娘の居場所は
ここから北へ
2ブロックほど行ったところ
ではなかろうか

そういえば
あちらにも
似たようなマンションがあった

となれば
娘はそちらのマンションの
私と同じ部屋番号の住人
ということになる

『話を聞かない男
 地図を読めない女』

という本が出るのは
これから十年以上先のことだが
母親は地図を読めなかったか──

そもそも
このあたりは
田舎のあぜ道みたいに
道がくねくねしてて分かりにくい

互いのマンションは
同じ通りに面してはいるが
裏通りである

環七方面から来る途中に
道を一本間違えたのだろう

何度
地図を見ても
どう見てもそうだ

そうに違いない

必死に
娘に会いに来たというのに
なんともまあ
お気の毒に

その母親は
これが娘がいる
マンションだと思い込んだら
あとはもう疑うことも
地図を見返すこともなかったのだろう

母親は
一階にある郵便受けを
見なかったのだろうか

あ…

イカン

先日
郵便屋さんに

このシールに名前書いて
郵便受けに貼って置いておいて下さい
そうでないと配達に支障が出て困ります

と、
注意書きを入れられていたとおり
郵便受けの名前は空欄のままだった

ひょっとして

この母親は
今度の週末にも
やって来るのだろうか

そうしたら
玄関先に出た私の顔を見て
何と言うのだろう?

娘を騙した悪い男だと
私を罵倒するのだろうか

思いをめぐらしたが

残念ながら
いや幸い

その母親らしき人物は
現れなかった

その後
置手紙らしきものが
ドアに挟まっていることもなく
それっきり

その母親が
娘に会えたか
どうかは知るよしもない

だが
見知らぬ人間の部屋に
置手紙を残したことに気づいたとき
赤ら顔はしただろう

私は、
郵便屋さんがくれた
シールに名前を書き
郵便受けに貼りつけた

<<おしまい>>

ハロウィン


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