ウッズの奇跡を期待して

32年前のオーガスタを思う

 

 マスターズが日本時間の4月11日、開幕する。

 毎年、この時期になると、目覚ましを金曜日の早朝の放送開始に合わせ、寝不足の日が月曜日まで続く。

 今年は、というより今年も、松山英樹より誰より、タイガー・ウッズに注目したい。48歳、26回目の出場。本人は「すべてがうまくいけば、もう1回勝てるよ」と大会前の記者会見で話しているが、5年ぶり6度目の優勝の可能性を一体どれだけの人が信じているか。

 年齢、コンディション、何をどうとってもタイガーの時代は終わっている。それでも何かが起こるのではないか、という奇跡への期待が心の隅にうずく。それだからこそのスーパースター。今年の早起きは、その奇跡を目撃するための時間と念じて、テレビ中継のテーマソング「オーガスタ」を聴く。

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 ここまでマスターズに特別な思い入れを感じるようになったのは1992年、現地での取材を経験できたことが大きい。

 関西国際空港がまだ開港していなかった当時、伊丹から成田に飛び、アトランタ空港直行のデルタ航空機に乗った。12時間以上かかったと思う。到着予定が夕刻だったため、空港近くのホテルに1泊し、翌朝レンタカーを運転して会場であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブのあるジョージア州オーガスタを目指すことになっていた。

 頼る人のまったくいないひとり旅。いま思い出そうとしても、ネットなど存在しない時代に頼みの電話一本、どうやってホテルやレンタカーを予約したのか思い出すことができない。

 レンタカーの運転席に座ったときは、初めて運転する左ハンドル車、右側通行への不安より先に、ここまでこぎつけることができた安堵感を先に感じた。アトランタ空港からオーガスタまでは、ほとんど高速道路でのドライブでおよそ300㌔。経験者である先輩からは高速道路の降り口と、宿舎となるモーターインへの大まかな道筋を書いたメモ用紙1枚を与えられ「降りるインターさえ間違えなければ大丈夫」と気休めにもならないアドバイスを受けていた。

 そんな状態で走り出した初めてのドライブだったが、すぐにそんな不安を忘れてしまうような体験が待っていた。山影ひとつ見えない平坦な低木林を縫って走るハイウェイの景色の新鮮さ、スイッチを入れたラジオから奇跡的なタイミングで流れてきた「Georgia on my mind(わが心のジョージア)」のメロディ。心はいっぺんにアメリカに溶け込んだ。

 先輩のメモは決して間違ってはおらず、4時間後には無事モーターインの駐車場に車を入れ、部屋に荷物を置くことができた。休む間もなく取材登録のため、オーガスタ・ナショナルGCのプレスセンターへ。

 いよいよ聖地の門をくぐる。生涯の思い出となったマスターズ取材の第一歩だった。