さて、一体何が言いたいのでしょうか?

弱い人を責めるのは止めよう。それはわかるのですが、遊んでいるようで最善の努力とはどういう事でしょうか?

子どもが学校に行かずに遊んでいることの正当化なのでしょうか?

子どもは遊ぶものですから遊べばいいです。が、やるべき事をやらずに遊び呆けていれば、その結果を受け入れるのも又自分です。
自分で蒔いた種は自分で刈らなければならないのです。

ならば、気にすることはないのでは?今までも気にならない風を装っていたのですから。