ある方のブログで体が不自由な子を持つ親の話が書かれてた。
体が不自由ということは、それだけ大きなハンデを背負って生きているということ。
一般の人にはないくらいの強い精神力を持って。
そして、自分たちは彼らから学ばなければならないことが多くあるはず。
この世が学びの場だとしたら、自分もだけど、楽をしてる人はそれだけ遠回りな
人生を送っていると思う。人それぞれ生まれてくる時のテーマは違うのだけど。
ただ、そんな人を障がい者扱いをしたり、必要以上な手助けは成長を妨げるという
ことも肝に銘じておかなければいけないと思う。
それがたとえ、障がいをもっていなかったとしても、子を愛するがゆえの過保護な
家庭にならないようにしたいもの。
体の不自由な人が哀れなのではない。また、それに気づかない過保護な親が
哀れなわけでもない。
自分自身の人生の「学び」がそこにもあるんじゃないかな。
それはきっと、同じ目線に立たなければ見えてこない気がする。
人は「自分の劣っている部分」はなかなか認めたくないもの。ましてや、それが
体に障がいをもつ人に対してとなると尚更。
そこに気づき、相手を尊重できるようになれば・・・