ささゆり~7.来光編~ | 呑みながら話そうか

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徒然作家保志泉の小さなおはなし

山形公演の発売日は81日、完売は8月中。今田裕美子の活躍を待ちわびるお客さんが、あっという間に集客率の心配を吹き飛ばしてくれたのだった。それどころかチケットを手にできなかった多くの方々が涙をのんだという話をいくつも聞いた。

そんなにまで楽しみにしてくれている人たちにワタクシは、いや私たちはどれだけのものを伝えることが出来るのだろうか。

チケット即完売とは、私たちの宿題の大きさを示すもでもあったのだ。


席に着いたお客様は皆、開演を待つ間パンフレットをじっくりと読み込んでいる。礼子さんが作ってくれたパンフレットはカラーも美しく、女性らしい繊細な雰囲気でとてもきれいで読みやすい。彼女は今まさに、会場整理に懸命に働きまわっている。「あなたの作品が今、お客様の目に映っていますよ。」とワタクシは心の中でつぶやいた。


会場に流れる音楽がいったん高まり、静かに落ちる。

今ちゃんが舞台に上がると大きな拍手。拍手が静まると入れ違いに吹雪の音が流れ始める。


激しく吹き付ける吹雪の音で『足あと』は始まるのだ。

山形の大井沢、山奥の寒村で、へき地医療に生涯を捧げた女医、志田周子さんをモデルにした物語である。

今ちゃんはかつて、10年にわたって彼女をモデルにした一人芝居を演じ続けてきた。

この作品は、その実話を私がもう一度調べ直し、私なりのテーマと物語を見出して書いたものである。


その次はゲストの熊谷藤子を招き入れ『シュークリーム』。

想い出の味をめぐって、2人の女性の心模様を描き出している。

キレのある2人の女優の掛け合いは、さすがに長年の経験と友情の表れであろうと思われた。


今度は東京組のゲストと今ちゃんの3人舞台『はっぴいえんど』。

今回唯一のコメディー作品であり、ワタクシが一番苦しんだ物語である。

ワタクシはコメディーが得意ではない。しかし会場は笑いに包まれ、舞台上で美しくアオザイをまとった3三人の女優が語る「ちょっとおかしなももたろう」は大成功であった。

ありがとう、キングギドラ…。


そして今村和代が『帰り道』という詩を語り上げると、舞台袖からはヴァイオリンを奏でながら駒込綾が登場。舞台上が立体的な郷愁感に包まれたところに、ドレスをまとった大野ちかが現れヴァイオリンと共に『世界の約束』を美声で歌い上げる。「世界の約束」は谷川俊太郎さんの詩を歌ったもので、大きな優しさにあふれた歌曲である。


そして最後の演目は『小窓の風景』

今公演で1番長い作品でワタクシ渾身の作品である。

綾ちゃんのヴァイオリンが歌いいざない、今田裕美子がひとりで読み上げる一人称小説の世界。

朗読する側も大変な力が必要なのだが、その間お客様もじっと耳と澄ませ、雑音の一つもしない。ものすごい集中力だ。

おかげでワタクシが描きたかった大切な風景の物語が、見ているワタクシの脳裏にもはっきりと鮮やかに投影させることが出来たのだ。


本当に素晴らしい舞台だった。

朗読という表現方法が、あらゆる意味で最小限の演出に抑えながらも、豊かに、立体的に語りかけることが出来るとても素晴らしいものであるということをしっかりと証明することも出来たと思っている。


朗読とは、演劇や映画とは違う。

会場に集って下さったお客様と一緒に作り上げる共同作業と言っても過言ではないと思う。

お客様の数だけスクリーンがあり、受け取る人それぞれの想いの中で物語は一人一人の心の中に投影される。

今回の主題は「ふるさと」であった。

今田裕美子は10年前に故郷に帰った。しかし彼女は、東京で追い続けたその志をそのまま故郷に持ち帰り、今も孤軍奮闘役者として立ち続けているのだ。

自分にはふるさとがない、帰るところがない。

と、ずっと思っていたワタクシは、彼女に出会うことによって多くのことを考えさせられた。

誰しも心の中に自分だけのふるさとを探しているのだ。

そしてふるさとは、求めることをやまない人々の心に、いつでもそっと語りかけてくれるのではないだろうか。

かたわらにたたずみ寄り添ってくれるのではないだろうか。


舞台を閉じるにあたってワタクシがお客様にお願いしたことがあった。

皆様の心のスクリーンに映った物語と共に、皆様の心にあるふるさとへの想いを重ね思い出しながら帰っていただければ幸いに思います、と。




☆おわりに☆



東京公演、山形公演と、この『ささゆり』の舞台に携わる中で、私が得た光はとても大きく暖かく明るいものでした。

出会いという言葉では表現できない。

学びという言葉では語りきれない。

感謝という言葉ではあがないきれない。

希望という言葉では照らしきれない。

私は今大きな光に照らされて明日を見つめています。

そして私は映し出したいのです、私の物語を、私だけのスクリーンに。

来光のように、来迎のように。


制作、演出、出演、協力してくれたすべての友人たちに、そしてたくさんの拍手と頷きを下さったすべてのお客様、応援して下さった方々に、深くお礼を申し上げます。


そして、この一連の作品を書くきっかけになった大切な作品『足あと』について。

この作品を

偉大な医師、志田周子先生

私の心の師、鳴海静子先生

のお二人に捧げます。



☆☆☆☆☆☆☆



以上で長らく続いた連載を閉じさせて頂きますが、番外編的なエピソードは、今後のブログにちょくちょく書くかも知れませんね。